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役者達の課題1 「けっぱって頑張っぺ」



 台本を一通り通し終わったところで施錠時間になった。

 途中何度も止め、各々の動きを確認しながらだったので、二時間弱の芝居を通すのにたっぷり半日費やしてしまった。

 締めの挨拶の際に夏休みの日程表を配り、これから練習前に全員でアップをすること、そのリーダーを鞍干(くらほし)に頼むことなどを連絡事項として伝えたけれど、予想通り特に反論は上がらなかった。


 解散して、集まっているいつもの四人の元へ向かうと……


「…………」


「……」


 暗い。

 珍しく暗い。どんよりとした空気に覆われていた。


「なんだよ、皆どーしたよ?」


 ワザと明るく声をかけると、どんよりオーラを引きずって重そうに相模が振り向く。


「なんだよ、じゃねぇよ。見たかよ……」


「……皆すごいね~……初回の立ち稽古から、すっかり演技してて……」


 相模(さがみ)の言葉に、意気消沈しながら頷く三河(みかわ)。二人とも経験者だからこそ、同じ舞台上で肌で感じるものがあったようだ。

 じゃあ初心者の二人はどうだろう。

 伊達(だて)は少し疲れたような顔で言う。


「自分は舞台前方にいて、見てこそいなかったが……背中に飛んでくる声の大きさ、張りが全く違った。それにアドリブ……ごく自然で、そんな台詞(セリフ)があったかと、おもわず台本の中に探してしまった」


 台詞だけじゃなく動作も自然だったんだろうなと呟く伊達に、相模と三河は大きく頷いた。

 陸奥(むつ)は頬に掛かる黒髪の一筋を指先で弄りながら溜め息をつく。


「ホント凄かったね……僕は休憩中ジャンに言われるまで、振り返って皆の様子を見ちゃってたんだけどさ。

 推薦組の子達は、動作の一つ一つにも無理がないって言うか……ちゃんと『役』として動いてた。なんでそう動くのか、ちゃんと目的も理由も明確で……無意味に動いてる子なんていなかった。それでいてボーッと突っ立ってる子なんていなくて……

 前にジャンが言ってた、台詞にない部分でも役作りが大切って意味が、ようやく分かった気がするよ」


 一つ一つ噛みしめるように言われた言葉に、各々が頷き、また息を吐く。

 その時施錠にななちゃんが回ってきて、早く帰るよう促された。慌てて荷物をまとめ校舎を後にする。

 七時とはいえ夏の盛りだ、外はまだいくらか明るかった。昼の熱気の残滓がアスファルトからむっと立ち上り、落ち込んだ雰囲気に拍車をかける。

 カラカラと、引いて歩く自転車の車輪の音だけを立てながら門を潜ったところで、陸奥が不意に足を止めた。一斉にその顔を振り返る。


「これが、『初心者の壁』なんだね」


 ジワジワと鳴く蝉の声にもかき消されることなく、呟きが耳に届く。

 陸奥の推察通りだ。しっかりと頷いて応える。


「そう、自分の台詞がない間の演技。ト書きにもない行間の演技。そこをいかに『役のまま居るか』が難しいんだ」


 表現力がある人なら、例え芝居初心者でも台詞にはそれなりに感情を乗せることができる。

 どこのクラスにも一人二人くらいは、演劇部でも放送部でもないのに、国語の授業の朗読が上手い人がいたんじゃないだろうか。

 台詞にせよト書きの動作指示にせよ、そこには『役の感情』や『表現したい心の動き』などがある。それさえ掴める感受性と表現する力があればこなすことができるだろう。

 けれど、その行間や間を表現することはなかなか難しい。なにせ指示がないんだから。


「ドラマや映画だとカメラワークで台詞がない間フレームアウトすることもあるけど、舞台は違う。他の役者が喋っているとき、観客の目はその役者に集中するだろうけど、ライトの当たった舞台の上にいる限り、他の役者も視界から消えることは絶対にないんだ。

 だからこそ舞台の上にいる間はずっとその『役』で居続ける必要があるんだよ」


 四人の顔が、傾いた陽に橙色に染められている。どの顔も真剣そのものだ。

 再び陸奥が口を開く。


「こんなとき、どんな練習をしたらいいのかな。ジャンならどうする? そういえば合同授業のときに相模、マイム上手かったよね。やっぱり役を作り込んだらいいのかな?」


 その言葉に自然と口角が上がる。他でもない、今まで誰よりも芝居に関して淡白だった陸奥から、そんな言葉が聞けたことが嬉しかった。

 相模と顔を見合わせる。

 確かに陸奥の言うように、あの時相模が見せた無言劇は上手かった。それがなければあの芝居の冒頭は成り立たなかったんだ。

 それに弁慶は悪役じゃないかという話をしてから、オーディションまでの短時間で弁慶という役を作り込み、見事勝ち取った力がある。ただ今回それを発揮できなかったのは、ひとえに踏んできた場数の少なさなんだろう。

 相模は片手で自転車を支えつつ、うーんとアゴをさする。


「そうねぇ……俺もそんな上手いワケじゃねぇけど……やっぱ役作りしかねぇんじゃねぇかな。なぁ?」


 相模に同意を求められ頷いた。


「具体的にどうするのさ?」


「知りたい知りた~い!」


 三河も身を乗り出す。その後ろで、伊達も「同じく」と言いたげに頷いた。


「え? 具体的に、たって、こー頭ン中で……」


 言葉に詰まる相模を


「頭の中で~?」


 と三河が追い立て、


「こう……フィーリングでよぉ」


「ふぃ~りんぐぅ? それのどこが具体的なのさ、抽象的すぎだよ!」


 更に陸奥がツッコむ。困り果てた相模はしばらく考え込み、


「……お、そうだ!」


 ガバッと顔を上げた。


「明日イイモン持ってきてやるよ!」


「イイモン?」


 その言葉に一斉に首を捻る。けれど焦る陸奥は更に食い下がり、


「明日って、それがないとダメなの? 今日からできるなにかはないの?」


「まぁまぁ待ちたまえよ陸奥クン、今夜は自分なりに台本読み込んだりとか……親に成績表見せたりとか……色々あんだろ? な? まず落ち着けって」


 言葉の中盤ボソリと声のトーンを落として、相模は詰め寄る陸奥の頭をぽんぽんと叩く。


「子供扱いするなっ」


 振り払って喧嘩腰になる陸奥との間に、慌てて割って入る。


「いやでも、今日の所は帰ってゆっくり休んだ方がいいって。明日から鞍干センセによるしごきが待ってんだぞ? 一流校のトレーニングがどんだけのモンか分かんないんだからさ。な?」


 そう言うと、陸奥は鞍干の名前を聞くや苦い顔をした。それでも強豪校のレッスンには興味があるらしく、「そうだね」と応じて引き下がる。

 相模がどんなモノを持ってくるのかオレもワクワクしてきた。そんな気持ちを代弁するように、目をきらきらさせた三河が手を握りしめ叫ぶ。


「ぃよぉ~しっ、なんだか燃えてきた~! 落ち込んでる場合じゃないよねっ、明日からまた皆で頑張ろまいっ!」


「『頑張ろまい』?」


 おー、と応じかけて、聞き慣れない言葉に四人で振り上げ損ねた拳をさまよわせる。


「あ~、頑張ろまい、は『頑張ろー!』って三河弁だよ。使い慣れた言葉の方が力が入る気がして~」


「あー、んだの(そうだよね)。まだ明日から気張って行ぐど~!」


「おうっ、けっぱってこーぜぃ!」


 照れ笑いする三河に、陸奥も相模もそれぞれ地元の言葉で威勢良く応じる。


「えーっと……あぁっ、横浜にもなんかあったらよかったのにっ。こういうときやたらカッコいいよな方言! あ、仙台ではなんて……あれ?」


 振り返ると、盛り上がってきたオレ達をよそに、伊達は静かに自転車を引き立ち去ろうとしていた。すかさず相模が追いかけ、がっしりと肩を組む。


「おいお~い伊達クン、クール気取りたいお年頃ですかぁ? 仙台弁でこういうときなんてぇのよ? ん?」


 伊達はギクリとしたように、わずかに眉を跳ね上げる。


「いや……特に、ない……」


「ないこたぁねぇべ。若者が使ってなくても、なんかあんだろー? ほれ、恥ずかしがらずに言ってみ?」


「……いや……」


「僕も気になるなぁ、仙台の言葉」


「オレも知りたい!」


「いや……」


 囲まれても、伊達は頑なに言おうとしない。よほどインパクトのある言葉なんだろうか。そう踏んでついニヤけてしまう。首を横に振り続ける伊達に、三河の天然砲が炸裂する。


「いいじゃんお國言葉、郷土の誇りだよ~。全然恥ずかしくないよ~、ね?」


 にっこり無邪気に放たれた正論に、遂に伊達が重い口を開いた。


「………………………………頑張っぺ」


「……ぺ?」


 端正な顔から飛び出したそのフレーズは、確かにインパクトが……色んな意味で破壊力満点だった。その場の時が停止する。


「……お、おぉ~……出たぞイケメン様の口から『ぺ』が」


「仙台って『ぺ』なんだなぁ……」


「う、うん、別に変じゃないよ? うん。伊達君の口から出たからびっくりしただけで~……ねぇ陸奥君?」


「三河、それフォローになってないよ」


「…………絶対に茶化されると思ったから、言いたくなかったんだ」


 ぼそりと言って頭を抱える伊達。


「いやいや、いいだろ仙台弁。味があんだろ。無味無臭っぽい伊達から飛び出た味わい深い仙台弁、そのギャップもまた味だ! おしっ、明日からまたけっぱって頑張っぺ~!」


 地元言葉フューチャリング仙台弁で気合いを入れると、相模はじと目で睨む伊達をするりと避け、自転車に跨がる。


「うんうん、頑張ろまいで頑張っぺ~!」


「気張って頑張っぺー、頑張っぺ役作りー!」


「頑張って頑張っぺー、頑張っぺ練習ー!」


「頑張っぺ鞍干センセのしごきぃ」


「う、しんどそうだけど頑張っぺ~」


「頑張っぺー立ち稽古ー!」


「頑張っぺーはみ出し組ー!」 


「頑張っぺー東北ー!」


「頑張っぺー!」


「…………お前らな」


「うおっ、伊達が怒った! 頑張って逃げっぺー解散っ!」


「…………」


 そんなこんなで、それぞれ家路に着いた。



 ──翌日、例によってお父さんセレクトの文字Tで練習に臨んだ伊達の背には、達筆な筆文字で『がんばっぺ仙台!』と書かれていた。

 吹っ切れた男の胆力に度肝を抜かれつつ、ひっそりと北の地の復興を願った。




【用語補足】

・マイム…パントマイムの略です。



「がんばっぺ!仙台」や「けっぱれ!岩手」など、ヘルメットにその土地のお國言葉でメッセージを書いていた自衛隊員さん方のエピソードは有名ですよね。

気安く「頑張れ」なんて言えないけれど。

「がんばっぺ!」「けっぱれ!」素敵な言葉ですね。

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