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青少年は悩みの塊14 「三毛猫のオス」


 相模の話によると、結局二人は夕方になるまで戻らなかったようだ。

 天野には、陸奥の具合が悪くて伊達が付き添っていると伝えていたから、特に混乱は起きなかった。

 オレはななちゃんに呼び出され、あの場に居合わせた栗沢姉妹と共に事情を聞かれた。

 武士の情けで黙っていようかとも思ったけど、すでに栗沢姉妹の口からおおよそのことが語られていたので、管理簿を見れば一目瞭然だと言ったら大人しく退いてくれたことだけを話した。


「まったく……困ったものね。

 まぁ、こういう事態に備えて、職員室で管理簿を保管してるんだけど。保管庫の鍵の貸出し、もっと管理を徹底しないとね」


 ななちゃんは溜め息混じりにボヤいていた。

 そのななちゃんから夏休み中の施設利用申請の返答を受け取ったオレは、陸奥のことが気になりつつも、そのまま図書室のPCブースに向かった。

 予定表の決定稿をエクセルに入力していく。けれど頭がいっぱいで、なかなか処理が進まなかった。


「……どうなってんだよ」


 そんな呟きが思わず口をついて出る。

 すると、携帯に天野から着信が入った。


「もしもし?」


 小声で応答すると、


『ジャン君こちらに戻ってこられませんか? もう施錠一五分前なので、そろそろ締めたいのですが』


「げっ! もう?」


 焦って時計を見ると、確かにそんな時間だった。すぐに戻ると伝えて電話を切り、机の上に散らかした書類をまとめる。

 予定表は、最悪修業式の日までに間に合えばいい。そう割り切って、図書室をあとにした。



 第三レッスン室に戻ると、もう天野が締めの言葉に入っていた。その言葉に聞き入る役者陣の中に、陸奥の姿を探す。

 いた。

 どうやら今日も音響班と行動していたらしく、ピアノにもたれ掛かるようにして天野の話を聞いている。その顔は、未だ紙のように白いままだった。

 天野に促されて号令をかけると、皆三々五々に帰り始めた。


「ジャン、お疲れっ」


「お疲れ様~」


「おー、お疲れ」


 相模と三河がやってきて、一緒に荷物をまとめだす。


「相模、今日はちゃんと()ったんだろうな?」 


「そりゃあもうっ!」


「ね~、天野君も驚いてたよね~! 二人が仲直りしてくれてよかったよ!」


 とりとめのない会話を交わす。誰もあのことに触れようとはしなかった。

 陸奥にどう声をかけていいか分からず、話しながらなるべくゆっくりと荷造りをする。


「……あ、のさ……」


 すると、陸奥の方から近づいてきて声をかけられた。今にも倒れそうにフラついている。顔色もますます悪くなっていた。伊達は陸奥を支えるよう、そっと横に寄り添っている。


「……今日は、木曜日だけど……少し、時間貰えない、かな」


 オレ達の答えは決まっている。相模が一番に口火を切る。


「当然。なんなら泊まりで付き合うぜ?」


「オレも」


「なら、場所はぼくの部屋でいい?」


 三河の言葉に、床の上を彷徨っていた陸奥の視線が止まる。おずおずと三河の顔を見やった。


「いいの……? 僕が行っても……」


 頼りない問いかけに、三河は力いっぱい頷いて、陸奥の手を両手で握りしめた。


「当たり前だよ、陸奥君はぼくの親友だもの! 

 ……さっきは、恐かったよね。でも陸奥君エラかったよ。あんな状況だったのに、裏方の子達のことちゃんと気にかけて……あんなおっきな先輩に怯まずに向かって行って。ホントに、エラかったよ」


「三河……」


 三河の言うとおりだった。

 オレなんてその場を収めることしか頭になくて、栗沢姉妹始め班員の子達がどれだけ不安な思いをしたか、そこまで気が回らなかった。あの場で、立ち去った彼女達への配慮を口にしたのは陸奥だけだ。

 やっぱり陸奥は、冷淡一辺倒の人間じゃないんだ。今朝のこともよほどの事情があるに違いない。

 そういうことで、各々家族や同居人に連絡をして、三河の部屋に泊まり込むことになった。



       ◇  ◇  ◇



 陸奥の具合が本気で悪そうだったので、外食するのを却下して、テイクアウトで夕飯を買い込んだ。

 三河の部屋に着くも、当たり前のように誰も手を伸ばそうとはしない。


 陸奥はソファに深く沈み込み、膝を抱えてしばらく物思いに耽っていた。その横では、伊達が気遣わしげな様子で見守っている。

 オレ達三人はカーペットの上に座り、黙って陸奥の言葉を待った。

 随分時間が経ってから、陸奥は突然顔を上げ、気合いを入れるように自分の膝を叩いた。


「よしっ、話す」


 その顔は相変わらずの顔色だけど、さっきまでの消え入りそうな様子はない。毅然と顔を上げ、オレ達の顔を交互に見回した。


美紀(ミキ)……本当にいいのか?」


 伊達が躊躇いがちに声をかけると、陸奥はしっかりと頷く。


「いいんだ。こんな形でバレるくらいなら、もっと早く話せばよかったんだ……」


 陸奥は束の間唇を噛むと、三河を手招いた。


「おいで、三河」


「なぁに?」


 三河が膝立ちでにじり寄ると、陸奥はその右手を掴んだ。そしておもむろに自分の胸にあてがう。


「…………!」


 三河は驚いて、声も出せずに急いで手を引っ込めた。


「次、ジャン」


 同じように呼ばれて、同じように胸に触れさせられた。やっぱりオレも慌てて手を引っ込める。

 ……だって、本当に先輩が言った通りだったから。

 女の子の胸触ったことなんて残念ながらないけど、その……服の上からじゃ分からないくらい小さいけど……明らかに男の自分とは違う感触が、確かにした。


「はい、相模おいで」


 相模が寄ると、陸奥はその手をとり軽く睨んだ。


「お前には先に言っておく。揉むなよ?」


 言い置いてから、相模の武骨な手を胸に押し当てる。


「…………はっ? ちょっ、ええぇ!」


 テンパった相模は、あろうことか両手でその胸を鷲掴みにした。間髪入れず、陸奥の掌底(しょうてい)がアゴに、伊達のゲンコツが脳天に炸裂する。


「いってぇ~っっ!」


「揉むなって言っただろっ! お約束だなお前はっ!」


「は……いや、だって……久しぶりの感触だったから、つい」


 言い訳する相模の頭に、二発目のゲンコツが落ちた。


「あいででで……なんで伊達がそんなに怒ンだよ……」


 ひとしきり呻いてから、相模が躊躇いがちに口を開く。


「えっと……? その、つまり……なんだ。陸奥は『女』だったのか?」


 オレも、そして三河もそう思っただろう疑問に対して、陸奥はあっさり首を振った。


「違う。そんな『女子だけど男装して男子校に忍び込んじゃいましたミャハ☆』みたいな、ラノベ的展開はないから安心して」


 ラノベ的って……お前な。

 アレな答えに思わず肩の力が抜ける。


「えっと……じゃあ、その胸は?」


「実はニューハーフでシリコン入れましたー……とか?」


 陸奥はまた首を振る。


「違う。僕の気持ちは『男』だよ」


 気持ちはってなんだ?

 じゃあ身体は? やっぱ『女』なのか?


「……じゃあ、その……前にロン毛の先生が出てくるドラマに出てきた……なんつったっけ……性同一性障害ってやつ?」


 うろ覚えの単語を出すと、陸奥はまたしても首を振る。


「違う」


「じゃあ、一体……?」


 戸惑っているオレ達に、陸奥は一つ一つの音を区切るように言う。


「僕の身体は『男』でも『女』でもない」


「?」


「インターセックスってヤツ」


 聞き慣れない単語に、思わず相模と顔を見合わせる。三河は心当たりがあったようで、ハッとして顔をあげた。


「……前に、ドラマでやってたの見たことあるかも……」


「あぁ、そんなのもあったね」


 陸奥は額に手を当てて頷いた。

 三河はなんとなく分かったみたいだけど、オレと相模はさっぱりだった。

 ……えっと……つまり?

 相模がつっかえつっかえ疑問を口にする。


「えぇっと……つまり、なんだ? その……アレな言い方でホント悪ぃけど、他に言葉が思いつかねぇ、許せ。その……いわゆる『フタナリ』ってヤツ?」


 陸奥は気を悪くした風もなくまた首を振る。


「それとも違う。下着の中は一〇〇%男だよ。なんなら脱ごうか?」


「いいっ! いいっ!」


「止せ馬鹿やめろっ!」


「誰も疑わないよ陸奥君っ!」


「そう」


 陸奥はまた深くソファに背を預けた。

 ……いや、待て待て。パンツの中が完全に『男』なのに、『男』でも『女』でもないってどういうことだ?

 確かに胸があるのは、今実際に確認いたしてしまったワケだけど……


「えっと……戸籍は? 『男』なんだろ?」


 尋ねると、陸奥はコクリと頷く。


「日本に『中性』なんて性別の選択肢はないからね。

 それに、僕が生まれた時には誰もなんの疑問も持たず『男』で届けを出したよ。僕自身当然そう思ってた。だってイチモツ持ってるし、穴なんてないんだからね。

 ……でも、本当は違うんだって気付いたのは、中学二年の終わり頃。自分が『男』であることになんの疑問も抱いてなかったのに……声変わりする代わりに、胸が出てきた」


 そう言って、陸奥は自分の胸を押さえた。声音に段々と苦しそうな色が混じってくる。

 回らない頭で、もし自分がそんな目にあったらと想像してみようとする……具体的に想像するまでもなく、ゾッとした。そんなことになってはしゃげるのは、あくまでアニメや漫画の中の『お話』だけだ。


「ど、どうしてそんなことに……」


 口許を覆った三河が声を震わせると、陸奥は横目で伊達を見上げた。


「詳しいことは貴久(たかひさ)の方が……伊達の方が上手く話せると思うから」


 伊達に視線を移す。それまで黙って視線を落としていた伊達は小さく息を吐くと、膝の上に肘をつき、両手の指を組んだ。


「…………言うなれば……陸奥は『三毛猫のオス』なんだ」


「『三毛猫のオス』?」


 また思わぬ単語が出てきて、三人で顔を見合わせる。

 脆弱なシナプスをフル稼働して、その単語に関する知識を掘り起こす。


「『三毛猫のオス』って言えば……確か、凄い稀少なんだよな? 数が少なくて……幸運のお守りって言われて、高値で取り引きされてて……それに……」


 続きはどうしても口にできなかった。オレが『三毛猫のオス』に関して知っていた最後の一つは……生殖能力がないということだったから。

 伊達はオレが飲み込んだ言葉を察したのか、そこには触れずに別の質問をしてくる。


「……なら、何故『三毛猫のオス』の個体数が少ないか、わかるか?」


 三人とも首を振る。


「……少し、難しい話をする」


 伊達の前置きに、脳筋の相模がうっと低く呻く。


「大事な話だ……ついて来きてくれ」


「お、おう」


 相模は居住まいを正した。


「……三毛猫は毛並みに、白色の他に茶色と黒色が混ざっているだろう? その茶と黒の色の情報は、性別を決める性染色体の『X』にしか乗らない……

 だから『XY』染色体を持つオスは、茶か黒いずれかの色しか持つことができず、三色の三毛猫になることができないんだ」


 案の定相模が首を捻っているので、小声でそっと補足する。


「あのな。理科だか保健体育だかでやっただろ?

 両親からもらった性染色体が『XY』の組み合わせなら『男』、『XX』なら『女』になるって」


「お、おう。やった気がする」


「気がする、じゃねーよ。ともかくそうなのっ」


「そ、そっか……だから『X』を一つしか持たねぇオスは、白にプラスして茶か黒のどっちかの色にしかなれねぇってことだな? てこたぁ、二色が限界っつーことだよな?」


 そういうことだと、伊達は小さく頷いた。


「いや、待ってくれよ。だったら『三毛猫のオス』は、どうして三色の毛並みを持ってんだ?」


 その問いに、伊達はかすかに眉を寄せる。


「……答えは、『X』の染色体を二本持っているからだ」


「え? だってオスなら『XY』なんだろ?」


 相模もオレも首を捻る。三河は口許を覆ったまま、口を噤んで伊達の言葉を待っている。


「……三毛猫のオスは『XXY』……つまり、通常二本しか持たないはずの性染色体を三本持って生まれてくる。だから個体数が少ないんだ……

 『X』が二本だから茶と黒の毛色を同時に持つことができ、『Y』があるから身体の基本的な構造は『オス』になる。

 ……けれど、仔猫から成猫に成長する過程では『メス』に似た身体の変化をする」


「えぇっと……つまり?」


「……人間で言うなら、『男』としての二次性徴は迎えず、女性的な二次性徴を遂げるということだ」


 呆気にとられて停止しそうになる脳を叱咤して、必死に話についていく。

 『男』としての二次性徴がないってことは、声変わりもしないし、筋肉がついたりヒゲが生えたりもしないってことだよな……精子作ったりもできないワケで……

 逆に女性的な二次性徴を……ってことは、胸が膨らんだり、身体のラインが曲線的になったりするってことで……


 そっと陸奥をうかがうと、陸奥は気怠げに片足を投げ出して、立てた片膝に肘をつき、その手で額を押さえていた。手の影に隠れその目許は見えない。

 けれど、うっすらと開いた唇で呼吸を繰り返していることが分かる。当然本人にとっては辛い話に違いない。伊達の口を借りた告白に、懸命に耐えているようだった。


「……つまり、陸奥もその『XXY』だってことか?」


 伊達は一瞬陸奥を見やる。それから深く頷いた。


「……『クラインフェルター症候群』という。

 『三毛猫のオス』に比べると、人間の『男』がそれである確率はずっと高い……五百人から一千人に一人の割合で生まれると言われている」


 その数字に相模が目を剥く。


「五百人に一人!?

 ……ってことはなんだ、ゲキ高の一学年が大体二八〇人だろ? その半分が野郎だとして……三学年で四二〇人……ってことは、学校に一人いても不思議はねぇてことか? 六学年の小学校だったら、確実に一人はいることになるじゃねぇか!」


「そういうことだ……決してそう珍しいことじゃない」


「っつっても、初めて聞いたぜ、俺ぁ……」


 それもそうだろう。

 例え自分がそうだったとして、わざわざ周りに公言するだろうか?

 しない。

 オレならしない。できない。

 『三毛猫のオス』みたいに物珍しがられ、好奇の目で見られるなんてまっぴらだ。

 それでも陸奥は、オレ達にその秘密を打ち明けてくれている。そのことの重大さに、背筋を伸ばした。


「オレ達は、陸奥は『男』だって認識でいていいんだよな? 胸はあっても、陸奥の気持ちは『男』なんだもんな?」


 オレの言葉に、伊達はしっかりと頷いた。けれど、その隣で陸奥が自嘲気味に低く笑った。


「胸だけじゃない……腰だってくびれてるし、筋肉もない。声だってこんなに高い……治療して、一度は声変わりしたけどね。

 僕があんなに高い音で歌えるのは、才能でも努力の成果でもなんでもない。こんな不出来な身体故のチートってワケさ」


「そんな言い方をするな」


 言われるまで気付かなかったけど、確かに改めて見ると陸奥の喉には尖りがない。二次性徴後の男なら多少は隆起しているはずの喉仏がなかった。

 伊達に強く窘められても、陸奥は更に言い募る。


「こんな身体だからっ……こんな身体だから、人から好意を向けられるのがどうしようもなく怖いんだ……

 僕の見た目や声につられて寄ってきたって、こんな身体だって知ったら絶対に嫌な顔されるに決まってる。それで僕から離れてく……それが怖くて堪らないんだよっ。

 子供だって作れないし……それにそもそも、こんな『女』の出来損ないみたいな身体を見せるのかと思うと、女の子を抱きたいとも思わない……絶対に。そんなの耐えられない!

 今だって……知ったお前らがどんな顔してるのかと思うと……っ!」


 悲痛な声をあげて、陸奥は震える両手で顔を覆った。痛々しいその姿に、いつも陸奥に満ち溢れている自信や勝ち気さは欠片もない。

 儚げに泣き崩れる『彼』は、オレ達が知ってる陸奥とは別人だ。

 あれこれ聞いたあとだけど、やっぱりオレにとって陸奥は『彼』だった。


「だから……こっちに来ても親しい友達なんて作りたくなかった。いつかバレたら……そう思うと、怖くて……

 なのにお前らときたら、どんなにワガママに振る舞っても冷たくあしらっても、ズカズカ土足で距離つめて来やがって……っ!

 でもそんなお前らだから、いつかは自分から言わなきゃいけないって、そう、思ってた……なのに……

 こんな形でバレるくらいなら、もっと早く、ちゃんと言っておけばよかったんだ。騙してて、ホントごめん……」


「騙してただなんて……」


 呟きながら、頭の中でバラバラだったパズルのピースが次々にハマっていくような感覚を覚えた。

 保管庫で裏方の子達を思い義憤に駆られた陸奥と、今朝淡々と手紙を処分した陸奥。

 本当の陸奥は、前者の方なんだ。

 手紙で向けられた好意が怖くて堪らなくて、それでもオレと相模がいたからそれを悟られるワケにもいかず、あんなに素っ気なく振る舞うことしかできなかったんだ。

 あの時に言った、


『例えどんないい子だったって、僕はその気持ちに応えられないから』


 という言葉の意味も、あの寂しげな表情の理由も、今なら分かる。

 分かるけど……そんなの、寂しすぎる。

 強気な陸奥の意外で重大な悩みに触れ、思わず横の相模と顔を見合わせた。

 陸奥が懸念しているような嫌悪感なんてない。騙されたなんて思っていない。

 身体の構造はどうあれ、陸奥は陸奥だ。相模の表情からもそれが窺える。

 ただ、陸奥が抱えたどうすることもできない理不尽な悲しみと寂しさを前に、どう言葉をかけていいか分からなかった。

 そんなオレ達をよそに、今まで黙っていた三河が立ち上がった。そしてそのまま陸奥に歩み寄り、倒れ込むように抱きしめた。


「……三河?」


 陸奥は顔を覆っていた手を離し、戸惑ったように視線を揺らす。三河は構わず腕に力を込めた。


「……ごめん、陸奥君っ。ぼく、そんなこと知らないで、今朝は酷いことを……本当にごめんなさい!」


「三河……ううん、当然だよ。例え知ってたとしたって、僕のとった行動は酷すぎたから……ごめんね」


 三河は陸奥の濡れた頬に、自分の頬を擦り付けるように首を振る。


「陸奥君がそんな風に悩んでたなんて、ちっとも気付かなくて……!

 でもバカだよ、陸奥君バカだよっ! それを知ったからって、ぼくらが陸奥君のこと嫌いになるワケないじゃないか!

 こんな大事なこと話してくれるくらい信用してくれてるんでしょ? だったらちゃんと信じてよ! そんな悲しいことで悩まないでよっ!」


「……三河……本当に?」


 陸奥の目が探るようにオレと相模に向けられた。瞬時に相模と目配せし合う。

 おバカなオレ達は、三河が大体言いたいことを言ってくれたし……それになんだか気恥ずかしくて、真っ当な返事ができそうもなかった。

 相模は盛大に息を吐き出して、伸ばしっぱなしだった背筋を緩めた。


「そうそう、三河の言うとおりだぜ? 別に俺らとしてはどうってことねぇよ。ちっこい胸があろうがなんだろうが、陸奥は陸奥だ。

 いやいやそれにしても……俺らに好かれたくなくてツンツンしてたなんて……なぁ、ジャン君よ?」


 ニヤニヤと唇を歪めて、相模がオレを見やる。オレも同じように笑って足を崩す。


「なぁ? 嫌われるのが怖くて、なんて……オレら大分好かれてんなぁ相模君よ。いや~参った参ったっ」


「ジャン君よ、これが噂のツンデレってヤツですかー」


「相模君よ、間違いなくツンデレってヤツですなー。デレたトコ見たことねーけどー」


 アホなやりとりをしていると、陸奥が顔を真っ赤にして口をパクパクさせる。


「なっ……! おま……な……っ!」


「ホラ、照れてる」


「照れなさんな照れなさんなー。こっちまで照れちまわぁ」


「あらヤダ相模君よ、陸奥君は男ですわよ」


「あらヤダ、俺そんな趣味あったかしらん」


「な……なっ、なにバカなこと言ってんだお前らっ! バカバカ! くそバカ! このバカコンビ!」


 耳まで真っ赤になった陸奥は、そばにあるクッションを手当たり次第に投げつけてくる。


「あでっ! いてっ!」


「ちょ、クッションだって本気で投げたら痛いだろーっ!」


「うるっさい! 地獄に落ちろバカっ!」


 腕を解いた三河は、クッションが宙を舞うのを微笑ましげに眺めている。伊達もうっすらと目を細めていた。

 手玉が尽きて肩で息をする陸奥に、三河がにっこり笑って言う。


「ね? 皆いつも通りだよ。なにも変わらないよ」


 三河の屈託のない微笑みに照れ臭くなったのか、陸奥は大袈裟に頭を抱えた。


「……もう……あの二人がバカすぎて頭痛い。寝る」


「陸奥君ご飯は?」


「いらない」


「なら、今夜はぼくのベッド使って? ゆっくり休んだらいいよ」


 そう言うと、三河は陸奥の手を引いて別室へ連れて行った。

 ちびっ子コンビが部屋をあとにすると、残されたオレ達は誰からともなく息をついた。




【注釈】

『三毛猫のオス』が誕生する原因は、クラインフェルター症候群だけではありません。他の理由で産まれることの方が多いそうです。

伊達がそれを知らないはずはないのですが、混乱を避けるために触れませんでした。


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