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青少年は悩みの塊13 「ごめん。ホント……」



 四時限までの授業を終え、ホームルームを済ますと放課後になった。

 芝居の練習が始まるまでの間に、昼食をとらないといけないワケだけど……


「……」


 ホームルーム終わりのチャイムが鳴ると同時に、手早く荷物をまとめた陸奥が立ち上がる。


「おい陸奥、飯ぃ」


「また中庭でいいか?」


 相模とオレとで声をかけると、陸奥はちらりと横目で離れた席の三河を見た。


「いい。僕、今日は一人で食べる」


「おいおい、そんなこと言うなって」


 相模の言葉を振り切って、陸奥は鞄を持って教室を出て行ってしまう。どうしようかと相模と顔を見合わせていると、同じく鞄を手にした伊達に肩を叩かれた。


「……陸奥のことは自分が。二人は三河を頼む」


「お、おう」


 言うが早いか、伊達は陸奥の後を追った。ならばと、今度は三河の席へ向かう。


「三河~、昼飯行こうぜー」


 何事もなかったかのように相模が間延びした声をかけると、三河は少しだけホッとしたような顔をした。


「あ、うん。伊達君と……陸奥君は?」


「えぇっと」


 言葉に詰まると、相模が身を乗り出して三河の肩に腕を回す。


「たまには二人っきりでイチャつきてぇってよ。だから俺らは俺らで仲良くランチしようぜ?」


 三河は一瞬びっくりした顔をしてから苦笑する。


「またそんなこと言って~……うん、支度するよ」


 そういうワケで、三人で中庭に行くことになった。



       ◇  ◇  ◇



「でもさぁ~……あの態度はないと思うんだよねぇ」


 三河はクリームパンをかじりながら、ほぅっと息をつく。

 最初は黙っていた三河だったが、気まずくならないよう相模とオレがバカ話ばっかしてたのに気が引けたのか、ぽつぽつと話し始めた。


「ん~……他に好きな子でもいるんじゃねぇの?」


 相模が言うと、三河は首を振る。


「そんな素振り全然ないよね? それに、だからって他の子になにしてもいいってことにはならないよ」


「まぁ……そりゃそうだけど。伊達が言ってたように、なんか事情があるんじゃね?」


 そこまで言うと三河がじろりとこっちを見たので、慌てて言葉を繋ぐ。


「あ、勿論、だからってぞんざいな扱いしてもイイことにはなんねーけど」


「……でしょ?」


 三河はますます深いため息を吐く。ベンチに座り投げ出した足を、子供のようにゆらゆら揺らす。

 伊達の元カノの一件の時にも思ったけど、こういうことに対する感覚って本当に十人十色だ。

 男同士つるむ分には無関係の感覚だから、いくら仲間内でもその感覚は見事にバラバラ。


 それに、男同士の付き合い方は女子のそれと多分少し違っていて、基本的にお互いの恋愛事情に干渉しない。

 目に余るだらしなさだったりすれば口を出すけど、それで改善されないからといってどうということもない。その部分に極力触れなくなるだけだ。

 言ってしまえば、自分に直接害が及ばなければいいというスタンス。

 けれど三河はそうじゃないらしい。というより、手紙の子と杏ちゃんを重ねてしまっているのかもしれない。

 こっそり相模と顔を見合わせる。

 そう、あの時と同じ。

 こういう感覚ばっかりは、第三者がなにを言ってもどうしようもないんだ。

 あるいは、陸奥が抱える事情が分かれば、三河の怒りも解けるかもしれないけど……


 その時、オレの携帯が鳴った。ポケットから取り出して画面を見る。


「……あれ、栗沢姉妹・妹だ」


「誰~?」


「小道具班の班長。ちょっとゴメン」


 断ってから通話ボタンを押す。


「もしもし?」


『あっ、ブタカン! すぐ来て、()く来て、ちょっと来て! 大変なのぉ!』


 途端に焦った栗沢妹の声がする。後ろではなにやらガタガタいう音と、言い争うような声がする。


「どしたの? なんかモメてるみたいだけど……」


『あのねっ、昨日借りた備品や衣装を少しずつ持って帰って作業しようと思って、職員室に保管庫の鍵借りにいったらもう借りられちゃっててねっ!』


「なら、別の演目の人達が今保管庫にいるんじゃないかな。終わるの待つか、直接行ってみたら?」


『違うのっ、そうなのっ! それで来てみたら、二年生の先輩達がいて、衣装とか持ち出そうとしててっ』


 要領を得ない。相当テンパっているようだ。


「先輩達がそれを借りたってことじゃ?」


『あーもー違うったら! 借りたのはあたし達っ! あたし達が昨日借りたのっ! それを運び出そうと……んにゃあぁっ! ちょっと、やめてくだ……っ』


 そこで通話が途切れた。

 まずい。まさか備品の横取りか?!

 食べかけの弁当を急いで片付け始めると、二人が首を捻る。


「どうした?」


「なにかモメごと?」


「なんか保管庫で先輩達とモメてるらしい。備品が危ない、オレちょっと保管庫行ってくる!」


「待てよ、そんなら俺も! モメてんなら人数多い方がいいだろ?」


「ぼくも行くよっ」


 二人も慌てて片付けて、ついて来てくれることになった。

 鞄を担ぎ大急ぎで保管庫へ向かう。内履き専用の渡り廊下を迂回する手間を却下して、土足のまま飛び越えようとすると、誰かとぶつかりそうになった。


「わっ! ちょっと、危ないじゃないか!」


 陸奥だ。

 当然その横には伊達もいる。

 三河的にはどうか分からないけど、オレとしてはナイスタイミングだ。

 万が一力押しのモメごとに発展したときのことを考えると、伊達の長身と今朝見せた身のこなしは、相模に引けをとらないほど頼もしい。


「二人とも、ちょっと一緒に来てくれ!」


「え?」


「『え?』じゃない、備品が他の演目の先輩に持ち出されそうなんだよ!」


 手短に昨日備品を確保した経緯を話すと、二人も内履きのまま中庭へ飛び出した。

 先導して走りながらチラリと振り返ると、陸奥と三河はまだお互いにそっぽ向いたままだ。それでも、芝居のこととなると一致団結してくれるんだから有り難い。


 中庭から一階端にある保管庫に回り込むと、保管庫の扉の前に集まった衣装班・小道具班の女子数人と、見覚えのある衣装を抱えた男の先輩達が、押し問答の真っ最中だった。

 靴を脱ぐのももどかしく、慌てて駆け寄る。


「ちょっと、ちょっと待ってください! それは昨日オレ達が借り入れた物です!」


「あっ! 皆来たコレ!」


 栗沢姉妹が振り向いて、安堵したような声をあげた。

 班員達を突破してきた先輩の前に立ち塞がる。今まで女子ばかりだったところに男が五人も現れ驚いたのか、先輩達は足を止めた。


「なんだよお前」


「彼女達と同じ、一年生の演目『鬼弁慶』の舞台監督です」


「ブタカンかよ……」


 オレ達より一年多く経験を積んだ先輩達は、オレなんかより余程舞台監督の重責を知っているらしい。思いのほか怯んでくれたので、さらに続ける。


「監督の先生立ち会いのもと、きちんと手順を踏んでお借りしました。先輩方の監督の先生はどこですか?」


 庫内を見回すと、先生の姿はない。先輩が四人いるだけだ。

 借りたい物の下見に来たら、時代物で使えそうなめぼしい物は殆どオレ達が借り済みだったので、こっそり持ち出してしまおうという魂胆らしかった。


「タグがついていませんでしたか? 桜色の……付いていたはずなんですけど」


「そうよ、ちゃんと付けたわよ!」


 加勢を得た栗沢姉妹が、オレの後ろから声を張り上げる。途端に先輩達がぎろりと姉妹を睨みつけた。相模が見かねて、こっそり耳打ちする。


「ここは俺らに任せな。女子はななちゃん呼んできてくれ」


「りょ、了解ッ! 行こう皆!」


 睨まれ気圧された姉妹は、他の女子を引き連れて転がるように駆け出した。


「タグ? そんなモン付いてたか?」


「いやぁ? ないぜ、ホラ」


 先輩達は手にした衣装を掲げて見せる。ことごとくタグは取られてしまっていた。

 でも見間違えるはずがない。間違いなく昨日栗沢姉妹がタグ付けしたはずの衣装だ。

 なるべく怒気がこもらないよう、平静を装って口を開く。


「先輩、監督の先生はどこですか? 備品の借り受けは、監督教員立ち会いのもとで行うのが決まりですよね?」


「おれらの監督教員は、二人とも普通科目の演劇に興味ない先生なんだよ。勝手に借りてくれってさ」


「そうそう、察してくれよ。証拠にこうして、ちゃんと保管庫の鍵借りてきてるワケだし」


 そう言って、一人がポケットから保管庫の鍵を取り出して見せる。けれどその手に管理簿はない。出まかせなのは明白だった。


「それはお気の毒です。でも、先輩方の演出さんが指名した先生でしょう? なにより、他の演目で借り済みの物を持ち出そうとするなんて、いくら先輩とはいえルール違反ですよ」


 すると一番背の高い先輩が歩み寄ってきて、胸倉を掴まれた。


「一年のクセにごちゃごちゃうるさいんだよ。大体、そのタグがどこにあるって言うんだ?」


 上から射抜くように見下ろされ、思わず怯みそうになる。その先輩の右肩を、相模の大きな手が叩いた。


「いやいやセンパ~イ、落ち着いてくださいよぉ。平和的にイキましょうや」


 すぐに伊達が左側に回り込んで、同じように肩に手をかける。


「……暴力はまずいんじゃないですか? お互い、上演中止なんて憂き目は見たくないでしょう?」


「それでもまぁ、センパイが『どーしても!』ってんなら……」


 相模は屈み込み、先輩の目の前でニヤリと犬歯を剥き出す。

 オレより大きな先輩でも伊達に少し劣るくらい、相模には到底かなう体格じゃない。先輩は怯んだように一歩後退った。

 虎の威を借る狐みたいでなんとも情けないけど、そんなことに構っちゃいられない。芝居を守るためなら、虎だろうが狼だろうが、借りれるものはなんだって借りてやるっ。


「そ、それなら証拠のタグを出せよ」


「タグはおおかた、先輩達が取ってしまったんでしょう?」


「そんな証拠がどこにあるっ」


 すると陸奥があっと声をあげて、先輩達の脇をすり抜け庫内に駆け込んだ。すぐになにかを拾い上げ戻ってくる。


「これ、うちの演目のタグじゃない?」


 陸奥が握った手を開くと、千切られた桜色の紙の破片があった。辛うじて『栗沢』の文字が読み取れる。先輩達の誰かが舌打ちした。


「一年坊主のクセに、使えそうな物根こそぎ持って行きやがって……」


「……証拠、これでいいですよね? それに、職員室の管理簿を見てもらえれば、ちゃんとこちらが借りた物だと確認できるはずです」


 先輩達がぐっと言葉に詰まる。

 この辺りが落としどころか。口調を和らげ、へりくだって言う。


「確かに、こちらはなにぶん経験が乏しいので、余裕を持って借りすぎてしまったかもしれません。

 使わなかった分は先輩達の演目にお譲りしますから、どうか今日のところはそれを置いていってもらえませんか?」


 予算が厳しいのはどの演目とて同じこと。その苦しみは身を持って体感済みだ。

 先輩達のとった行動は許されるものじゃないけど、そこまで追い詰められる気持ちも分からないでもない。ましてや、劇高祭に初めて挑む一年ごときに先を越されたとあってはなおのこと。

 備品の貸し出し制度に気付くのがあと一日遅ければ、立場は逆転していたはずだ。


「……チッ」


 相模と伊達に挟まれた先輩が、手にした衣装をオレの胸に押しつけてきた。それをきっかけに他の先輩達も、三河に押しつけたり床に放り出したりと、全員衣装を手放した。

 ホッとしたのも束の間、そのまま立ち去ろうとする先輩達に陸奥が噛みついた。


「ちょっと、いくら先輩だからって酷くない? 男らしく一言詫び入れたらどうなんだよっ!」


「馬鹿、陸奥よせっ!」


「本当なら恐い思いさせたあの子達に謝って欲しいトコだけど、せめてうちのブタカンに謝ってから行きなよ!」


 折角収まりかけてたのに!

 いや、気持ちは分かる! 分かるけれどもっ! ここで義憤を爆発させないでくれ!


「あ?」


 案の定、先輩達が足を止める。


「返すもんは返したんだ、文句ないだろ」


 詰め寄る陸奥の胸を、先輩は乱暴な手つきで押しのけた。小柄な陸奥は堪らず床に倒れ込む。


「陸奥!」


「陸奥君っ!」


 三河は抱えた衣装を放り出し、真っ先に陸奥に駆け寄った。


「大丈夫、陸奥君!?」


 朝の喧嘩も忘れ、夢中で陸奥を抱き起こす。


「だ、大丈夫……」


 ところが、先輩の様子がおかしかった。

 陸奥を押しやった手を見つめて、その手を握ったり開いたりしている。


「…………なんだお前。女?」


「……は?」


 思いがけない言葉に、その場の時が停止する。


「いや、だってコイツ胸あったぜ? 女みてぇな顔しやがってと思ったら女じゃねぇか。だったら大人しくしてればいいものを」


 ……なんだって?

 突然のことに頭がついていかない。

 陸奥を見やれば、陸奥は床に座り込んだまま、両腕で自分の身体を抱きしめ蒼白になっている。

 それに気を取られている間に、伊達がその先輩に歩み寄っていた。顔を寄せ、至近距離で睨み据える。


「……いくら先輩でも、やっていいことと悪いことがありますよ」


 その迫力に圧倒されて、先輩ががむしゃらに腕を振り回す。


「う、うるせぇな! ソイツが先に絡んで来たんだろうがっ!」


 その腕が伊達の顔に当たり、眼鏡が音を立てて床に落ちた。

 それを見下ろしてから再び顔を上げた伊達は、さっきとは比べものにならないほど怒り狂った形相で、荒々しく先輩の胸倉を掴む。

 ……やべぇ、伊達のリミッターが外れちまった!


「相模ッ!」


「おうっ!」


 オレが言葉にするより早く、相模は拳を繰り出しかけた伊達を、寸でのところで羽交い締めにする。


「離せ相模!」


「馬鹿よせっ。手ぇ出しちまったら、ホントに上演中止になっちまわぁ!」


「離せ! コイツだけは許さない!」


「落ち着けって頼むから!」


 闘志どころか殺気すら感じさせる勢いで、伊達は相模の腕を振り解こうと足掻く。その眼差しは射殺しそうな鋭さで先輩を睨み続けていた。

 ……ヤバいヤバい、あの調子じゃ相模がどれだけもつか……!

 咄嗟に衣装を床に置き、先輩達に駆け寄る。


「今のうちに早く行ってください! さもないと先輩方のやったこと、全部先生に報告します!」


 先輩達は顔を見合わせると、足早に立ち去っていく。


「待て! この……ッ!」


「待つのはお前だ馬鹿野郎っ! 本気で芝居壊す気か!」


 相模の強烈なヘッドバットが伊達の脳天を直撃する。ガツッと鈍い音がした。堪らずよろめく伊達の身体を解放して、相模は素早く眼鏡を拾って渡す。

 伊達は片手で頭を押さえつつ眼鏡をかけ直すと、チロチロと炎が混じっていそうな息を吐いた。


「…………すまない。取り乱した……」


 ……よかった、とりあえずいつもの伊達に戻った。

 でも一番の問題はまだ残っている。

 視線を巡らせると、陸奥は未だに床に座り込んだままガタガタと震えていた。もともと白い顔は、血の気が失せて青ざめている。


「……陸奥?」


 相模が控えめに声をかけると、陸奥は三河に手を解かせてゆらりと立ち上がった。その様子は陽炎のような頼りなさで、青白い顔と相まってそのままふっと消えてしまいそうに見える。


「…………ごめん。ホント……あとで、ちゃんと、話すから……しばらく一人にして……」


 そう言い残し、内履きのまま外へ出て行こうとする。

 その儚げな後ろ姿は、そのまま屋上に行って飛び降りてしまいそうな予感さえさせた。


「……伊達、陸奥についててやってくれよ。お前、なんか知ってんだろ?」


 伊達を仰いで言うと、伊達は少し躊躇う仕草をした。


「今それをここで言えとは言わねーよ。とにかく、今は陸奥を」


「……すまない」


 辛そうに眉を寄せると、伊達は陸奥を追って駆けだした。


「…………」


「…………」


 残った三人で顔を見合わせる。

 誰もなにも言わない。いや、言えなかった。

 ふと気付けば、練習開始時間が迫っている。床に散らばった衣装を、誰からともなく片付け始めた。




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