青少年は悩みの塊12 「お前は舞台の上で、オレは舞台の裏で」
「相模は……オレが裏方だって、認めたくないワケ?」
そう切り出すと、相模は息を吐きながら壁に背中を預けた。開いて立てた膝に腕をもたせかけ、脱力したように宙を仰ぐ。
つられて空を見上げると、雲一つない青空が広がっていた。燦々と降り注ぐ強い日差しに、剥き出しの腕がジリジリする。
「……認めたく、ねぇ」
相模はぼそっと吐き捨てた。
「なんでだよ? オレ、これでも結構頑張ってるつもりなんだけど」
「そうじゃねぇ……認められるワケねぇよ。お前が役もらえなかったの、俺のせいだもんよ」
呟く相模の言葉の隙間を、鳴く蝉の声が埋めていく。思えば、今年最初に聞く蝉の声かもしれない。
相模がなにを考えているのかと思うと落ち着かないけど、頭の隅に妙に冷静な自分がいた。相模が話し終えるまで、この状態でいられるといいんだけど。祈りながら、どこか遠くを見つめる相模の横顔を見やる。
「なんでだよ。相模がオレの配役希望表に、激戦必至の『義経』って書いたからか? 違うだろ。役落ちしたのは、あくまでオレの実力不足で……」
相模は力なく首を振ってうなだれた。
「違う……それは違う」
「違わねーよ」
「違う」
「なにが違う?」
相模は俯いたまま、また深く息をつく。
「……お前はブタカンやってみて、ブタカンって仕事がどんなに大変な役目か分かってんだろ?」
「え? うん、まぁ一応」
「そんな大事なポジションを、役落ちで裏方に回っただけのヤツに回すか? 回さねぇだろ、どう考えたって……お前は引っ張られたんだよ、天野に」
あれ。
昨日の陸奥や三河と同じようなことを言う。その路線で説得しようと思ってたのに、相模の考えはもうそこまで達している。
「……じゃあ、なにがどうして相模の責任になんだよ?」
本気で分からず顔をのぞき込もうとするけど、膝と腕に阻まれてその表情を知ることはできない。
相模は苦い薬を噛みしめているかのように言葉を吐き出す。
「俺が……お前が天野に気に入られるようなこと言っちまったから……」
「へ? なにソレ」
相模は顔を上げて、察しの悪いヤツだと言いたげにオレを見る。
「ほら……俺が弁慶のオーディションから戻ってきたとき言ったろ? 天野に『役作りをするとき、誰かに相談しましたか』って、妙なこと聞かれたってよ」
「あぁ、アレか」
「『アレか』じゃねぇよ。俺がジャンの名前を挙げたから……それで天野のヤツ、ジャンのこと気に入ったんだ。
演出とブタカンはツーカーじゃなくちゃいけねぇ。ジャンなら自分の感覚に近いって……そう思ったんだろ。俺がお前のアドバイス通り演って、弁慶に選ばれたのがその証拠だ」
そういうことか。
ようやく相模がここまで気に病む理由が分かった。
伊達が感じたという負い目よりもさらに直接的な……天野にオレを役から外させる決定打を、自分が打ってしまったと思い込んでいたのか。
「だからなんだよ。お前はオレのためによかれと思って、自分が不利になるかもしれねーのに口割ってくれたんじゃん」
フォローしたくてなんてことない風に言うと、相模は苦しげに眉をキツく寄せ、硬い髪をくしゃりとかき上げる。
「けど……けどよぉっ。結局丸きり正反対の結果になっちまったじゃねぇかっ! ジャンに演ってもらいたくて答えたのに、そのせいで……!
俺の余計な一言のせいでお前は役を外されたのに、俺はお前のアドバイスのお陰でのうのうと主役もらって……堪ンねぇんだよっ!」
手負いの獣のように、犬歯を剥き出して痛ましい咆哮をあげる。獣と違うのは、その牙が自分自身に向いていることだ。
初めてだった。
相模が本気で悲しんだり、苛立ったりする姿を見るのは。
日頃沸点が低いのはオレの方だ。相模は好戦的な顔を見せはするものの、気持ちには常に余裕を持っていて、激情のまま声を荒げることはなかった。
その胸に怒りを湛えても、無用な諍いを良しとせず、オレや陸奥を諫めてくれた。
そんな相模があげる心火と悲壮とがない交ぜになった声に、戸惑いながらも言い募る。
「いや、待ってくれよ。それなら陸奥と伊達も同じこと答えただろ?」
「あの二人は、歌はすげぇけど演劇の経験はねぇだろ? その二人にアドバイスしたのと俺にしたのとじゃ、意味が違うじゃねぇか」
「いや、そりゃ考えすぎだって……」
「考えすぎなもんかよ! ならなんだってジャンが天野の目に止まるんだ。お前自分のオーディションのときに、天野になんか言ったのか?」
言われて思わず首を捻る。
オレが聞かれたことといえば、『君が義経なら、山に帰りますか?』なんていう、よく分からない質問だけだ。
それにオレは『帰りません』と答えた。それが天野の心を動かしたとは考えづらい。
「……特に、ねーけど……」
相模はホラなと頭を抱える。
「やっぱ俺のせいだ……すまねぇ、ジャン……」
再び深くうなだれてしまった相模の横顔に、思わずため息が出た。
……なんてヤツだよ。
そんなことを気にして、あんなに喜んでた弁慶役に打ち込めないっていうのか。
天野に厳しい言葉を投げられ、鞍干には舌打ちされて、挙げ句他の役者三六人全員に迷惑をかけて、それでもなお割り切ることができないっていうのか。
たった一人のオレに気兼ねして。
「……バカだな……」
どうしようもない大バカ野郎だ。
プライベートと芝居を切り離せないなんて、とんでもない三流役者だ。
でもそんな相模だからこそ思う。
「お前はあの芝居の『弁慶』にぴったりだよ」
薄く笑ったオレを、相模は怪訝そうに見つめてくる。でもその意味を説明してやる必要はないと思った。
同時に、そんな相模弁慶と同じ舞台に立てないことを、心底口惜しく思った。
だけど、どうすればいいんだろう。
なんて言葉をかければ、相模を自責の念から解放できるだろう。
まだ天野にオレをブタカンにした理由は聞けていないけど、適当にそれらしいことを言ってしまおうか。
……ダメだ。今の相模はいつもより敏感になっている気がする。ヘタにウソついてバレようもんなら余計に拗れる。
どうしたもんか……膝を抱えて途方に暮れた。
そんなオレに、相模が涙混じりの声で呟く。
「俺……俺は、ジャンの義経と演りたかったよ……」
息が詰まった。
その一言で頭のヒューズがぶっ飛んだ。頭の隅で俯瞰的に見ていた自分も、木っ端微塵に砕け散る。
突き上げる衝動のまま、うなだれる相模の胸倉を掴んだ。驚きに見開かれるその眦は濡れていた。
「……っざけんな。フザケんなよお前ッ! そんなん誰よりもオレが一番演りたかったに決まってんじゃねーかっ!」
「じゃ、ジャン……」
相模の瞳が狼狽えるように揺れる。お構いなしに掴んだシャツをガシガシ揺さぶった。
「でもコレばっかりは仕方ねぇだろ! 演出の決定は絶対だ、今更うだうだ言ったところで変わんねーんだよ! いつまでもツマンネーこと言ってんじゃねぇっ!」
「ツマンネーことってなんだよ」
相模はムッとしたようにオレの手を払いのける。それでも再び胸倉を掴む。
「ツマンネーよっ、今更覆せねぇこと言ったってムダだろうが! 弁慶演れることに欠片でもオレに恩を感じてるってんなら、舞台の上に立てねぇオレの分までしっかり演りやがれっ!」
「……ジャンの分まで……」
「あぁそうだよ。それにオレだけじゃねーぞ。一体何人が弁慶を演りたかったと思ってんだ! そいつらの分までビッと気張ろうとは思わねぇのかっ!」
手を離すと、相模はぐっと奥歯を噛みしめる。
「…………ンなこたぁ、分かってる」
「分かってねぇよ、全然! なら昨日の読み合わせ、ありゃなんだ? 腑抜けた芝居しやがって!」
「それは、」
「オレがいたからなんて言わせねーぞ? いつもこうだって、天野に確認済みだからな!」
言い切って身体ごと背けた。
あぁ、イライラする。イライラする!
なんのかんのと言ったところで、所詮オレは『役落ち』だ。
その役に、あるいは役そのものにありつきたくても叶わなかった人間にとって、役を貰えたにも関わらずダラダラ演ってる人間を見るのは、本当に不愉快だ。
言い方を変えれば、役の枠一つをソイツに奪われたようなモンなんだから。例えどんな理由があろうと、自分から演じる機会を奪っておいてコレじゃあ報われない。
オレに気兼ねしてんだか堪ンねぇんだか知らないが、気にかける方向が完全に間違ってる。
オレが黙り込むと、しばらくして相模が動く気配がした。
「……悪かった、ジャン」
どうやらこっちに向き直ったらしい。すぐ後ろで掠れがちな声がする。それでもまだ顔を見たくなかった。
「…………」
「ごめん」
「…………」
「もうあんなだらしねぇ芝居はしねぇ」
「……ったり前だろ。『ブタカン』としても『役者』としても許せねぇよ」
「…………だよな」
「…………」
また黙ると、相模は深く息を吐いた。
「……一蓮托生っつったのに俺だけ……しかも、お前のアドバイスのお陰で弁慶演らせて貰えることになってよ……
なのにお前は、俺の余計な一言のせいで裏方に……そう思うと、お前の前でどんな顔すりゃいいのか……弁慶も、どう演じたらいいか、分かんなくなっちまってよ……」
「…………」
相模の言葉に胸が締めつけられた。
合同授業の終わりに、講堂の舞台で相模と交わした約束が頭を掠める。
『五人で戻ってこようぜ、ここへ』
それはオレ一人のせいで叶わなかった。
他のみんなは、ちゃんと舞台に上がる権利を掴み取ったのに。
だけど……
「……同じ舞台の上に立てなきゃ、一蓮托生じゃねーのかよ……」
「え?」
「舞台の上には、立てないけどさ……お前は舞台の上、オレは舞台の裏で……一つの芝居作ることに変わりねーだろ?
なのに、そんな寂しいこと、言うな」
振り絞る声が震える。
相模が息を飲む音がする。
ダメだ。泣くな。泣くな。
「……ジャン。こっち向けよ」
「やだ」
「向けって……恨んでるか、俺のこと」
「違うっ」
酸っぱさがこみ上げる喉を精一杯動かす。
「恨んだりするもんか……例え本当に相模の言うとおりだったとしても、恨んだりなんかしない」
「けどよ……」
「……自分が不利になるかもしれないのに、オレのこと考えて天野の質問に答えたって聞いたとき……オレは、嬉しかったよ。お前の気持ちが。あのときは怒っちまったけど……
だからそのことで、そんな風に自分を責めて欲しくない」
「……ッ!」
次の瞬間、背中に強い衝撃を受けた。一瞬息が止まりかける。
なんだと思ったら、相模の腕に抱きすくめられた。
「おい、ちょ……」
抗議の声をあげかけて気付く。相模はオレの肩に額を押しつけ、声を殺して泣いていた。
「……悪ぃ……ホント俺、馬鹿で……ごめん。ごめんな、ジャン……ッ」
背中から相模の震えが伝わってくる。
かすかな嗚咽に混じって、蝉の声が再び耳に届き始める。
……あぁ、大丈夫。もう落ち着いた。
苦笑いして、回された腕をポンポン叩く。
「やめろよ、あちぃんだよ」
「…………」
「やめろって、お前自分が人一倍暑苦しいって知らねーの?」
「……ンだよ、そんな言い方ねぇだろ? 男同士のアツい友情じゃねぇか」
相模の反論にも苦笑が混じる。どうやら相模もいつもの相模に戻ったらしい。
「んー……アツい友情ってか、端から見たら熊の補食シーンかと」
「うっわ酷くね? 俺そんなに毛深くなくね?」
「毛深さはともかく、お前オレのシャツで鼻水拭いてんじゃねーだろうな?」
「ばっか、鼻水なんか出てねぇし!」
ホントかぁ? と振り向いて相模の顔を見やる。
「うっわ、出てる出てる、ちょー出てる」
「出てねぇしっ」
「しかも両方から」
「うおっ、マジでか!」
相模は慌てて腕を離すと、出てもいない鼻を必死で拭う素振りをする。可笑しくて、思わず吹き出した。
顔を見合わせてひとしきり笑ったあと、その目の前に拳を突き出す。
「お前は舞台の上で、オレは舞台の裏で。立つ場所は違うけど、いい芝居にしようぜ」
オレの拳に、ゴツゴツした相模の拳がかち合わされる。
「おうよッ」
相模は白い歯を見せて笑った。
すると、カーテンが開いて伊達が顔をのぞかせた。
「……話は済んだか? もう一時限目が始まるが……」
「え、はあぁっ? ホームルームは!」
「終わった」
「ちょっ! それじゃ俺ら遅刻扱いじゃねぇか!」
「マジでか! チャイム鳴ったの気付かなかった!」
口々に喚くオレ達を見て、伊達は色々と察したようだ。鍵を解き、カラカラと窓を開けてくれる。
「……大丈夫だ。菜々子先生にはちゃんと話しておいた……二人がここに居ることも、窓からそっと確認してもらった」
見られてたのか! どこを? なにを!
「は、話しておいたって、なにをどう話したんだよ?」
恐る恐る尋ねると、伊達はうっすら笑って首を傾げた。
「『男同士のアツい友情確認中です』、と」
「はああああぁぁ?」
「おい、フザケろよマジでーっ!」
「……菜々子先生は話が分かる人で助かる」
飄々と言ってのけて逃げる伊達を、相模が鬼の形相で追い回す。オレもそれに続いて教室に入った。
とうとう相模に捕獲された伊達は、首をホールドされて少し苦しそうにしながら、教室内に視線を走らせる。
「っ……ともかく、これで……あとは陸奥と三河だな……」
オレもつられて二人の姿を探す。
二人はそれぞれ自分の席で、左右対称に同じポーズで頬杖をつき、ふてくされたようにそっぽを向いている。
あっちはどうしたモンか……
ちびっこコンビを交互に見比べて、三人同時にため息をついた。




