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青少年は悩みの塊9 「だって備品だもの」



「で、『ブタカンとしてのジャン』の悩みはなにかある?」


 迷いの晴れたオレに、ななちゃんは改めて尋ねた。

 ブタカンとしてか……考え込み、思わず口がへの字に歪む。


「んー……やっぱ、予算かなぁ」


 衣装も普段着で済み、セットも特に不要な現代劇ならいざ知らず、時代物はなにからなにまで調達しなきゃならないので、八万五千円という予算じゃ厳しすぎる。

 オレは去年、劇高祭を見学した時に観たある芝居を思い出した。


「去年さぁ、三年生が……一期生が時代物を()ってたじゃん? 源頼光(みなもとのらいこう)の……予算、どう工面したんだろう」


 その演目は、源頼光による鬼の頭目・酒呑童子(しゅてんどうじ)討伐を題材にした活劇だった。

 主人公の頼光は勿論、その部下たる四天王や、敵の酒呑童子一味にいたるまで、かなり凝った衣装を身につけていた。

 あれじゃあ衣装だけで予算が飛ぶ。大道具や小道具の費用はどう捻出したのか。


「あら、あんた観に来てたの。熱心ね。

 そうねぇ……あの演目だけじゃないけど。予算が足りない場合は皆、カンパか持ち出ししてるみたいね」


「カンパ?」


「そ。演目の参加者全員から、ちょっとずつ徴収するの。今回の演目が約一〇〇人だから、一人一千円でトータル一〇万、みたいにね」


「あぁ……」


 思わず額を押さえた。

 やっぱり予算内で納めることは難しいのか。カンパも個人の持ち出しも、オレとしてはなるべくやりたくない。金が絡むとどうしても無用な不平不満が出る。

 芝居をよりよくするために、という気概は誰でも持っているだろうけど、その気概を金銭で示せと言うのは憚られる。甘いと言われるかもしれないけど。

 でも現実的に見て、予算は確実に足りないワケで……

 ふと思いついて顔を上げる。


「ねぇ、ななちゃん。予算内で工面した衣装や小道具って、劇高祭のあとどうすんの?」


 ななちゃんは小首を傾げ、頬に手を当てる。


「予算は学校から出るものだから、それで用意したものは大道具だろうと端材だろうと、全部学校の『備品』として管理されるけど?」


「えっ! ……その備品って、借りたりすることできないのかな?」


 ダメ元で聞いてみると、ななちゃんはあっさりと頷いた。


「できるわよー。ただ、それにカンパで賄ってアレンジ施したとしても、返却してもらうことになるけど」


「できんのーっ?」


 オレは両手でバンっとテーブルを叩いて腰を浮かす。ななちゃんは目を丸くして小刻みに何度も頷く。


「だ、だって備品だもの」


「なんでソレ早く言ってくんないのー! 借りるにはどうしたらいい?」


「えぇと、教員立ち会いのもとで、借りたいものにタグつけて、職員室に保管してある備品管理簿に記入して……」


「他の演目と使いたい物が被った場合はっ?」


「早いもの勝ち」


「なんでソレ早く言ってくんないのーっ!」


 二度目の言葉を叫んで、オレは慌ただしくポケットの携帯を取り出した。音響の東海林さん以外の各班長に、一斉送信メールを打つ。


『お疲れ様です。

 大至急! 各班長、職員室前に集合!』


 未だかつてないほどの速さで打ち終わると、ななちゃんに向き直る。


「施設利用申請はあとあと! 今班長に集合かけたから、ななちゃん、備品庫に案内して!」


「え?」


「ホラ早く! 管理簿とかいうヤツ取ってきて! 早いモン勝ちなんでしょっ?」


「わ、分かったわよ」


 オレの勢いに気圧されて、ななちゃんはカップもそのままに応接スペースを飛び出していく。

 ……なんてこった、もっと早く気付けばよかった。

 学校から出た予算なんだから、上演終了後に各人が貰ったり破棄したりなんてしないはずだ。


 去年の例の酒呑童子討伐の演目は、平安時代の話だった。

 オマケに主人公・頼光達は、酒呑童子の目を欺くため山伏に変装して、一味のアジトに乗り込んだんだ。

 時代的にも今回の演目と近い。そして山伏。衣装の一つでも残っていたら万々歳だ。

 ななちゃんが備品保管庫の鍵と管理簿を持って戻ってくると、カップを片付けてから職員室を出た。


「ブタカン、大至急ってなんなのぉー?」


「ジャン、どうしたんスか」


 すぐに方々から各班長が走ってやって来る。それを見てもななちゃんは、「廊下を走るな」なんて言わない。だから好きだ。

 事情を説明しながら、ななちゃんの案内で備品保管庫に向かった。




 備品保管庫へ入るなり、オレ達は圧倒された。

 教室三つ分くらいの広さの部屋の中には、衣装や大道具、照明のセロファンや小道具、それにつけ爪やウィッグに至るまで、細かく分類されて並んでいた。

 今までに劇高祭で上演された全二〇演目分の芝居道具達が、埃っぽい倉庫の中静かに鎮座している。

 先輩達が残してくれた演劇の遺産だ。


「うわぁ……ここにあるものなら、なんでも借りてもいいの?」


「いいわよ。タグがついていないものならね」


 そう言って、ななちゃんは傍らのドレスの袖を手に取った。見れば、値札ほどの黄色いタグがついていて、演目名とキープした日付、記入者名とそのクラスまでが記入されている。

 演目毎にタグの色が別れているらしく、ななちゃんはオレ達に桜色のタグを配った。


「どこから見ればいいのか迷っちゃうわね、お姉サマ!」


「うはぁ、この衣装クオリティ高っ! おにょれ、負けてなるものかーっ!」


 大興奮の栗沢姉妹をよそに、オレはタグのついたものをざっとチェックしていく。

 今のところついているタグは二色。どちらも三年生の演目だった。キープされた道具類から推測するに、中世ヨーロッパ、そして現代日本を舞台にした演目のようだ。ホッと胸を撫で下ろす。


「ジャン、これなんてどうスかね」


 神宮寺に呼ばれて行くと、森の中を思わせる大きなカキワリがあった。

 カキワリといっても、それは木々が立体的に作られていて、枝が前後左右に飛び出している。


「あぁ、これならカキワリ嫌いな天野にもウケるかも」


「ッスよね。安宅(あたか)の関あとの森のシーンにうってつけだと思うんス」


「あら、決まった?」


 ななちゃんは備品に貼られた管理コードのシールを見て、管理簿に記入していく。神宮寺もタグを書いて、枝に結びつける。神宮寺らしく角張って男らしい字だった。


「うわぁ、参ったねぇ。セロファン類は軒並みタグついちまってるよぉ」


 向こうで葛原が嘆く。

 色セロファンは、照明に取り付けて光に色をつけるためのものだ。基本原色が多く、いくつかの色づけした光を組み合わせ、出したい色を作る。

 ななちゃんは大丈夫よと声をかける。


「セロファンなら被っても大丈夫。全演目講堂の舞台で順番に()るわけだから、同時上演はないから使い回せるの。他の道具類と違って、差し替えもスムーズに済むからね」


「ははぁ、確かに。ならコレとコレと……あ、スポット用もある。コレもコレも……」


「待って待って、早すぎるわよ!」


 ななちゃんは管理簿にペンを走らせながら悲鳴をあげる。

 その脇を抜け、栗沢姉妹に声をかける。


「どう? 使えそうなものなにかあった?」


「あったなんてモンじゃないわよブタカン!」


 二人は手にした篠懸(すずかけ)と模造刀を手に手に振り返る。

 篠懸は山伏の法衣のことだ。


「おっ、去年の残ってたんだ、よかったぁ!」


「これならちょっと手を加えるだけで使えるわ。相当時間もコストも削れるっ!」


「数珠や錫杖まである! 大感激!」


「ななちゃーん、そっちが終わったらこっちもお願ーい」


「ひえぇ、アンタ達アタシを腱鞘炎にする気っ?」


 ぶつくさ零すななちゃんをなんとか宥めつつ、次々に借りたいものをキープしていく。

 他に時代物を()るチームがあるかもしれないので、とりあえず気になる物は片っ端からタグをつけた。使わなければあとでキャンセルすればいい。

 ふと見ると、片隅に小さな和太鼓があった。膝くらいの高さに組まれた木枠に、顔の大きさほどの小太鼓が据えられている。

 随分古そうだけど、先輩達はこんなものをどこから調達したんだろう。

 バチが一緒に置いてあったので、手に取って叩いてみる。なんだか夏祭りを思い出させる音がした。


「ななちゃん、コレも借りられんの?」


「いーわよー」


 まだせわしなくペンを走らせているななちゃんは、顔を上げずに答えた。

 思えば、今のところ音響班が考えているのはキーボードと三味線の生演奏で、打楽器がない。とりあえずキープしておいて、東海林姐さんに相談してみよう。


「じゃあコレもー」


「管理コード読みあげてー!」


「03ハ、音11、和太鼓ー」


「はいはーい」


 オレもタグを記入して、木枠に結びつけた。

 各班収穫アリで、保管庫をあとにする時には全員ほくほく顔だった。疲労困憊のななちゃんを除いて。

 これでカンパなしでイケるかもしれない。

 オレは意気揚々と第三レッスン室へ引きあげた。





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