青少年は悩みの塊8 「花びらばかりが」
「お疲れー、ジャン。なんかあったの?」
「お疲れ……相模と揉めていたようだが」
近づいていくと、心配そうに眉を寄せた陸奥と伊達に声をかけられた。
「あぁ、んー……ま、くだらないことだよ」
言葉を濁すと、二人は顔を見合わせる。
すると、代わりに神宮寺が答えた。
「あの野郎と揉めてたのは自分スよ」
「えぇっと……誰だっけ?」
「……確か、大道具班の……」
二人ともオレとは違って、神宮寺の外見に臆することもなく首を傾げる。
オレだけか、ビビりなのはオレだけか。
なんとなくしょんぼりしつつ、神宮寺が大道具班班長であること、それに相模と知り合い……と言うか、腐れ縁らしいということを話した。
「二人の大事な足場を作ってくれる大道具さんってワケ」
「そうなんだ、ヨロシクね」
「……宜しく」
二人は揃って頭を下げた。
「そうだ、オレ音響班の夏休みの日程表を取りに来たんだ」
「……東海林さんなら……」
伊達は目線で、ピアノの前に座る彼女を示した。
人目を引くドレッドヘアに、片耳の五連ピアス。オリーブ色のカラコンを入れた派手な彼女が、音響班班長の東海林さんだ。
その隣に立って三味線を抱えているのは、確か望月さん。真っ黒な髪を前も後ろも潔くぱつんと切りそろえていて、さながら市松人形のようだ。
外見が全く対照的な彼女達は、ピアノの上に置いたポータブルDVDに熱心に見入っていた。
「お疲れ様でーす……」
「ンー? あぁブタカン、お疲れサン」
控えめに声をかけると、東海林さんは女子にしては低くしゃがれた声で返事をした。望月さんも隣で会釈してくれる。
「お取り込み中ごめん。夏休みの日程表を取りに来たんだけど……なに観てんの?」
「イイモノ~。ちょっと観てみ?」
東海林さんの後ろに回って小さな画面をのぞくと、歌舞伎の『勧進帳』が流れていた。
勧進帳の中でも有名な、
『旅の衣は 篠懸の……』
という義太夫節が流れてくる。
この歌詞は、天狗達が歌う歌詞にそのまま引用されている。
「勧進帳観てたんだ」
「ウン、二人が歌う曲つけないといけないから、参考にしようと思ってサ」
「え、東海林さんが作曲すんの?」
驚くと、彼女は苦笑する。
「違うよォ、アタシにそんな能力ないって。耳コピして、アレンジして使おうかと思ってサ」
「耳コピに、アレンジ?」
いやいや、充分すぎる能力じゃないかと思っていると、横で神宮寺が頷いた。
「東海林はこう見えて、小せぇ時からずっとピアノ習ってるんス。中学の時からはジャズピアノも」
「あれ、神宮寺の知り合いって東海林さん?」
首を捻ると、神宮寺はこともなげに頷く。
「知り合いっつーか、自分のツレっすから」
「ツレ……?」
意味が分からずきょとんとしていると、ピアノの向こう側で話を聞いていた伊達が、こっそりと小指を立てて見せる。
……あぁ、そういうことスか。
ていうか伊達クンよ。君、そんなアレな仕草もすんのネ。いや、ヒジョーに分かり易かったけども。
「そうなんだ。なぁんだ、神宮寺やるなぁ」
このこのぉ、なんて肘で脇腹をつっついてみる。
強面すぎる神宮寺と、派手な姐さんっぽい東海林さん。並んでみるとお似合い……というか、同じ高校生のカップルだなんて思えない。街で出くわしたら、進んで道を開けてしまう自信がある。
「そんなコトわざわざ言ってんじゃないよ神宮寺ィ。用がないなら邪魔だよ、アッチ行ってな」
東海林さんは、さっき神宮寺が相模にしたように、シッシッと手を振る。神宮寺は肩を竦めると、気を悪くした風でもなくレッスン室を後にした。
きっと、こんなつれない反応をされることは分かっていたんだろうに、それでもカノジョの顔をわざわざ一目見に来るなんて。神宮寺ったら、見かけによらず可愛いトコあるじゃんか。
……皆、オトナだなぁ……オレなんて、オレなんて……へへ。
「日程表だっけ? ちょっと役者陣の日程表見せてくンない?」
「あ、うん」
東海林さんの言葉で我に返ると、言われるまま役者陣の表を渡した。
「できれば、八月中には各歌に曲つけちゃって、後半から二人と合わせに入れるようにしたいンだよねェ」
「アレンジって、そんなにすぐできるものなんだ?」
「いくつかのフレーズを、転調したりテンポ変えたりして使い回そうと思ってンだよ。で、もっちーが三味線弾けるっていうから、キーボードと三味線のナマで伴奏つける予定」
「はぁ……よく分かんないけど、凄いなぁ」
音楽の教養なんて、中学の教科書止まりのオレにはサッパリだけど、ともかく凄いってことだけは分かった。
東海林さんが役者陣の日程表とにらめっこしている間、望月さんに話を振ってみる。
「望月さん、だったよね? 三味線弾けるなんて凄いね。習ってんの?」
望月さんは横目でオレを見て、すぐに視線を落とした。
「……習ってるっていうか。私の祖母が長唄の先生をやってるから、物心ついた時から三味線はそばにあったの」
彼女は下を向きながらぽつりぽつりと呟く。人見知りなのかな?
「へぇ、長唄の先生なんて凄いね! お婆さんカッコいいじゃん!」
なんとか話を繋げようと大袈裟に驚いて見せると、望月さんは首を振った。
「別に……凄くなんてないわ。スタッフ希望表の特技欄に三味線なんて書いたから、音響班に回されて……」
不本意そうな言い方にピンときて、おずおずと尋ねてみる。
「……望月さんって……その」
そこまで言うと、望月さんがまた横目でオレを見た。
「演出科生よ……特技なんて、書かなきゃよかったわ」
「あ……」
その言葉に、今度はオレが俯いてしまう。
彼女は多分人見知りなんじゃない。
演出科生ということは、彼女も当然舞台監督を狙っていたはずなんだ。だから俳優科生で、しかも『役落ち』のクセに舞台監督になったオレが目障りなんだろう。
各班の班長は全員裏方科生だから、友好的に接してくれたけど……その下についている班員の中には、もちろん演出科生もいる。
望月さんも、その一人なんだ……
言葉に詰まっていると、東海林さんが顔を上げた。
「そんなこと言わないでよ、もっちー。アタシはもっちーが音響班に来てくれて助かってンのよ? 三味線なんてできる子そうそういないし、今回の舞台にぴったりだしサ」
「……ありがとう、ショージ」
コクンと頷く彼女に、なんて言えばいいか分からない。いや、もしかしたらオレなんかに言葉をかけられたくないかもしれない。
鉛を飲んだように胸が重くなる。
そんなオレに、東海林さんは日程表を差し出した。
「じゃあ、音響班の日程はコレで」
「うん……」
そうだ。仕事、しなきゃ。
ブタカンの……
「……希望する部屋はある?」
「んー、そうねェ。伊達っちとむっちーもちょこちょこ借りなきゃいけないし。俳優陣がここでやるなら、ピアノもあるしこの部屋かな」
「伊達っち? むっちー?」
伊達と陸奥のことらしい。あだ名がさらに別のあだ名になっている。
「分かった、じゃあコレで申請上げるよ」
「宜しくネ」
オレはなるべく望月さんの方を見ないように踵を返して、レッスン室を出た。
ななちゃんが居るはずの職員室を目指して、一人長い廊下を歩く。
──重い。
胸も肩も足取りも、なにもかもが重かった。
顔を伏せた望月さんの横顔。
しっかりしてくださいよと細められた神宮寺の目。
葛原に借りたファイルの厚み。
視線を合わそうとしない相模の態度。
脳裏を掠めては胸を押し潰す。
ブタカンの肩書きが、両肩にのし掛かる。
重くて堪らなくて、枷をはめられたように足が重い。
気がつけば、天井の蛍光灯を仰いでため息をついていた。
◇ ◇ ◇
重い足を引きずるように、職員室へやってきた。入口でクラスと名前を告げ中に入る。
放課後になってしばらく経つからか、先生達の姿はまばらだった。
「ななちゃん、夏休みの各班の日程表できたよ」
デスクで書き物をしていたななちゃんは、顔を上げてオレを睨む。
「あんたね、せめて職員室では『先生』をつけなさいよ、『先生』を」
「あ、ごめん……なさい。ななちゃん『センセ』」
素直に応じたオレの顔をしげしげ眺めると、ななちゃんは睨むのをやめて不思議そうに言う。
「なぁに? あんた、元気なくない?」
「え? あ、いや別に?」
笑って誤魔化すと、ななちゃんはふーんと軽い返事をした。各班の表を渡すと、ぺらりとめくり目を通す。
「ふーん、やるじゃない。仕事が早いわね。どう? ブタカンの仕事は」
ななちゃんが、頭のてっぺんのお団子を揺らして首を傾げる。
どうって、言われても。
今まさにそれで悩んでいたワケで。
咄嗟に無難な返事を探せずにいると、ななちゃんは立ち上がりオレを手招いた。
「立ちっぱなしじゃなんだから。ゆっくり見たいし、いらっしゃい」
そう言って案内されたのは、職員室の一角に、パーテーションで区切られた応接スペースだった。
普段生徒が入れる場所じゃないので、黒革のソファに落ち着かない気持ちで座っていると、ななちゃんは二つのカップを手にぷりぷりしながら戻ってきた。
「もー誰よ、最後にコーヒーメーカー使った先生は! お砂糖もミルクも切れてたわ、ブラックでも平気?」
「あ、うん……じゃなかった。ハイ、アリガトウゴザイマス」
カップを受け取り、コーヒーに口をつける。苦い。飲めないワケじゃないけど、やっぱりブラックは苦かった。それでも、折角のご好意なので頑張って喉に流し込む。
「えっと、日程表から施設利用申請書を起こすんだよね? 作り方教えて欲しいんだけど……」
言い終わる前に、ななちゃんはひらひらと手を振った。
「あぁ、いいわよいいわよ。これを元にあたしの方からあげとくわ」
「え、でも悪い……」
「いいのよ。どうせアンタ達が解散したあとで鍵締めなきゃなんないから、七時まで暇だもの」
「……聞いていい? 那須センセは?」
那須先生は、ななちゃんと一緒にオレ達の演目の監督をしてくれる化学の男性教師だ。
ななちゃんは肩を竦めた。
「那須先生は、成績付けに忙しいから。それに元々あまり演劇に興味のない方だし……天野はどうして、那須先生とあたしを監督に指名したのかしら」
「え? 監督教員って、演出が指名できんの?」
初めて耳にする事実に、思わず身を乗り出す。ななちゃんは小さく頷いた。
「今はもう卒業しちゃった一期生の時に、監督教員と演出の生徒が大揉めして、本番の上演が危うくなったことがあってね。
それ以来、必ず希望が通るわけじゃないけど、指名できるようになったの。監督教員が演目内容にノータッチになったのも、その一件からなのよ」
「へぇ」
意外な過去の歴史に驚いていると、ななちゃんはロングスカートの裾を捌いて足を組んだ。
「で? ジャンはなに悩んでるの?」
「う」
……バレてたか。
「役、もらえなかったこと?」
「そうじゃ、ないけど……」
コーヒーの湯気に鼻先をくすぐらせながら、口にしようかすまいか躊躇する。
他の誰にも……アイツらにだって言える話でもなし、素直に打ち明けることにした。
「……役は……そりゃ、演りたかったけど。どうして天野はオレをブタカンに指名したんだろう。ななちゃん、なんか聞いてる?」
ななちゃんはコーヒーを一口啜って、両手でカップを包み込む。黒い水面に目を落とした。
「そうねぇ……少しだけ」
「天野、なんだって?」
「それは、天野から直接聞いた方が納得できるんじゃないかしら。本人にはもう聞いてみたの?」
黙って首を振る。
「そう……なら聞いてみるといいわ。話してくれないことないわよ」
「そっかな……」
教えてくれないななちゃんに焦れて、つい本音が口をついて出る。
「だって……オレ、俳優科生なんだよ? 他にも相応しい演出科生はいるのに、なんでオレが……やりづらいよ」
「…………」
ななちゃんはなにも言わない。黙ってオレの言葉の続きを待っている。
沈黙が落ちる。
こうなったら、もう全部吐き出してしまえ。
「それにさ。ブタカンの仕事は……っつっても、まだ就任して三日目で……確かにやり甲斐あると思うんだけど。
なんか、『誰のために頑張ってんだろ』って、ふと感じることがあって……」
キャスティング発表の日は、予想だにしない役職にただ驚いてばかりだった。
次の日は、迫るタイムリミットに追われて、ひたすら目の前の仕事をこなした。それにオレがヘコんでいたら、皆が気まずくなる。仲間内で唯一役落ちしてしまったオレに、皆が気を遣わなくて済むよう明るく頑張ろうと思った。
そして今日は、自分の力不足を痛いほど思い知り、個性的すぎる裏方さん達との付き合い方に悩んだりもして、それでも神宮寺の『総大将』という言葉の重みに気を引き締めた。
だけど、それじゃあオレの気持ちは?
やりたくてついた役職じゃない。
大事な仕事で責任もあるブタカンを、やりたくてもできなかった子の分まで精一杯努めなきゃならないのも分かる。
でも周りの目が気になって、取り繕おうとしてばかりで、自分の感情が追いついていかない。
自分でやり甲斐を見いだして頑張ろうとする前に、皆の反応が気になって、重くて、しんどくて……役落ちに嘆く暇すらない。
つっかえつっかえしながらそんなことを話すと、ななちゃんはため息をついた。
「あんたって、案外気ぃ遣いさんだものね」
「そんなこと……」
「あるわよ。今に胃薬を常備するようになるわよ」
そう言ってななちゃんはニヤニヤと唇を歪める。
「そんな予言いらないよ」
「二学期は学級委員かしら」
「いやだよ、やらないよ」
ななちゃんのからかいにため息が出た。
組んだ足の上に頬杖をついて、ななちゃんもまたため息を吐く。
「まぁねぇ……あんた達五人のうち、 一人だけ裏方だものね……それに皆は結構いい役で。そりゃ、ヘコむなって言う方が無理よね」
吐息混じりの言葉に奥歯を噛む。
見事大役を射止めたアイツらに抱いているのは、正直、祝福の気持ちだけじゃない。
胸の底深く深くに沈めた黒々とした澱の名は、嫉妬や妬み、そしてアイツらと肩を並べることができない自分への苛立ちだった。自分だけが役にあぶれてもなお、手放しで仲間の成功を喜べるほど、まだ人間できちゃいない。
でもこれは誰にも……特にアイツらには、絶対に悟られてはいけない。
ともすると煮立ちそうになるそれらを必死に押し殺して、噛みしめた歯の間から漏らすように呟く。
「……ホント、皆すごいよ……
相模は主役、陸奥と伊達はストーリーの案内役、三河は出番こそ少ないけど重要な役で……
五人まとめて『はみ出し組』なんて言われてたけど、ホントの落ちこぼれはオレだけだ」
すると、ななちゃんに表の束で頭をひっぱたかれた。
「なにすんの、体罰ハンターイ」
「おだまりっ。あたしはそうは思ってないわよ。
うちのクラスで『はみ出し組』なんて呼ばれてたあんた達が、推薦組すら押しのけて、全員が大役を掴んだのよ? 凄くない?
劇高祭の舞台でどんな大暴れをしてくれるのか……大きな声じゃ言えないけど、あたし、今からわくわくしてるの」
「……だから、オレは役から漏れたし、あの舞台には立てないんだって」
「おだまりっ、ブタカンなめんなぁ!」
そう言ってまた叩かれた。
なんなんだよ、どこが違うんだよ。
頭を押さえて恨めしげに見やると、ななちゃんは真剣な顔をした。
「あたしの言った『大役』には、あんたの『ブタカン』って役職も含まれてんのっ。舞台ってのはね、役者だけで作れるモンじゃないのよ」
「それは分かってるけど……」
「ジャンは、桜の花びらがどうして薄紅色をしてるか知ってる?」
「え……」
いきなりそんなことを聞かれて、よく分からず首を振った。
「あの色はね、花びらだけの色じゃないの。
桜染めの生地を見たことがある? 桜の花びらよりも濃い薄紅色をしてるの。
それはなにで染めるかって言うと、桜の木の皮や枝なのよ」
「皮や枝……」
「そうよ。花びらだけじゃとても染まらない。木そのものにこそ、あの桜色が詰まってるの。
花は春のひととき人の目を楽しませてくれるけど、本当は、桜は全身を使って、一年かけてあの色を作り出しているのよ。花びらはそれがほんの少し表に出ただけなのね」
「…………」
「言うなれば、役者は花弁。
本番の一時、お客さんを楽しませて魅せる花。お客さんの目には、彼らしか映らないかもしれない。
でもね。その花をいかに綺麗に咲かせられるかは、幹や根っこたる裏方次第なのよ。勿論、役者本人の努力も不可欠だけどね。
舞台監督は、言うなれば花の一片から枝、幹、根まで、木の全身にくまなく水を運ぶ大切なパイプみたいなものよ。
花びらばかりが『桜』じゃないわ」
それを聞いて、オレはあることを思い出した。
前に五人でそれぞれの夢を語り合った時、オレは『演者』になりたいと言った。
オレが尊敬する小劇団の座長さんの、ある言葉が好きだったから。
──人にものを伝える手段に演技を用いているだけで、役者とは決して特別な存在ではありません。
自身が表現したいことではなく、芝居全体を通して観客に伝えたい一つのテーマを尊重しなさい。
そのためには、精悍な若者にも、井戸端のおばさんにも、冴えないオヤジにもなりなさい。時には別の人を照らすスポットライトにも、大道具の一部にもなりなさい。
自分だけがライトを浴びて立つだけの役者になってはいけません。
どんな形であれ、一本の芝居を通して観る人にメッセージを届けられる演者になりなさい──
オレはその言葉を、乱暴な言い方をすれば『どんな端役を回されても腐らず演れ』という風に捉えていた。ライトや大道具は比喩なんだと。
もしかしたら、そうじゃなかったのかもしれない。
『どんな形であれ』
そうだ、どんな形であれ……例え舞台の上にいなくても、一本の芝居を通して観る人になにかを伝えられたなら、それも『演者』なのかもしれない。
オレは今どんな顔をしているんだろう。ななちゃんはオレを見て、にこやかに小首を傾げる。
「……なんか、視界開けちゃった?」
「開けちゃった」
「それはよかった。やり甲斐なんてがむしゃらやってりゃ、あとからついて来るわよ」
「んーん、それもなんか、見っかった」
「あら、それはおめでとう」
「……ありがとう、ななちゃん『センセ』」
ぬるまったコーヒーを一気に呷る。苦味にひきつりそうな頬を、両手でバチッと叩いて気合いを入れた。
後ろ暗い感情が消えたワケじゃないけど、消せないなら新たな気持ちで上書きすればいい。
そんなオレの様子を、ななちゃんは目を細めて見ていた。その笑顔に、心の中でもう一度頭を下げた。




