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青少年は悩みの塊7 「総大将」



 気を取り直して、やって来たのは第一多目的室。大道具班が陣取っている部屋だ。

 部屋の前までやって来ると、どこかから戻ってきたらしい大道具班班長の神宮寺(じんぐうじ)と鉢合わせた。

 神宮寺はオレの顔を見るなり、のすのすと歩み寄ってくる。


「お疲れ様ッス、ジャンさんっ!」


「お……おおお疲れ様、神宮寺……」


 ヤバい。恐いっ!

 神宮寺は相模と同じくらいの長身とガタイのよさをしていて、オマケに……顔がとっても恐い。

 ギロリとつり上がる三白眼に、額からこめかみに走る大きな傷痕。頭にはすっぽりと白いタオルを巻いている。どう見ても番長。長ランにバンカラとかが似合いそうな男だ。

 そんな男が、オレに向かって折り目正しく頭を下げる。


「わわっ! ちょっ、なに、いいって!」


「ジャンさんはブタカンッスから」


 そう言って顔を上げた神宮寺を見上げて、思わず呟く。


「はぁ~……『がっしょうき』ぃ……」


 相模の地元の言葉で、いわゆるゴリマッチョな男を指す言葉を口にする。

 すると神宮寺が反応した。


「ジャンさん、その言葉をどこで?」


「え? あぁ、えっと……」


 この前相模の地元である神奈川県北西部に遊びに行ったこと、そこでこの言葉を聞いたことを言うと、神宮寺はあぁと頷いた。


「あの釣り場はいい所スよね」


「知ってんの?」


「知ってるもなにも、地元スから」


 聞けば、神宮寺は相模の中学の隣の学区出身だった。神宮寺も小学生の時から剣道をやっていて、相模とは顔馴染み……というより犬猿の仲らしい。

 神奈川県北西部は、ガタイのいい男の産地なのか?


「あの野郎、力だけは強いんスけどね。頭が足りねぇんスよ。ちょっとフェイントかけりゃすぐ引っ掛かる。

 野郎との勝負は三勝三敗、いつか決着つけてやろうと思ってんス」


 ……恐えぇぇっ。

 二人が白熱の打ち合いを繰り広げるところを想像しただけで、またチビりそうになる。

 パンツの無事を確保するため、別の話を振ることにした。


「えぇっと……とりあえず『さん』付けと、ですます調やめない? タメなんだし……」


 恐る恐る言ってみると、神宮寺は首を振った。


「自分はこんな顔なんで、よく怖がられるんス。なんで、言葉遣いだけでもと。よっぽど打ち解けた相手じゃないと、タメ語で話せないんスよ」


 むしろそれが仁侠映画に出てくる方々とか、ヤンキーの舎弟を思わせて恐いんだけど。

 なんてツッコめるはずがない。ひきつりそうな顔になんとか笑顔を作る。


「そ、そっか、苦労してんだなぁ。神宮寺にタメ語で話しかけてもらえるよう頑張るわ……でも、せめて『さん』付けだけでもやめてもらえないかな? オレの方が緊張しちゃうよ」


 そう言うと、神宮寺は鋭いつり目をさらに細めた。

 ひいいぃっ! なんかお気に障りましたかっ!


「そうスか……ジャンさんがそう言うなら、ジャンで」


「お、おー、ありがと」


 怒ったワケじゃないらしいと分かりホッとする。

 ……オレ、本当に裏方班の皆と上手くやっていけんのかな……へへ。へへへ。

 白目剥きそうなオレに、神宮寺が首を捻る。


「で、ジャンさんは……いえ、ジャンは大道具班になにか用スか?」


「あっ、そうそう! 夏休みの日程表を……」


「それなら中ッス。どうぞ」


 神宮寺は多目的室のドアを開けるなり、中に向かって呼びかける。


「おぉい、ブタカンのお越しだぞ! アイサツだアイサツ!」


「お疲れ様ーすっ!」


 神宮寺の轟くような号令で、班員達はそれに劣らぬ大声を一斉に張りあげる。威勢がよすぎる体育会系のあいさつに、文化部育ちのヤワなハートと足が震える。


「ちょ、ちょっとちょっと神宮寺っ! なにもそんな、大袈裟だって」


 思わず言うと、神宮寺は重々しく首を振る。


「ブタカン……舞台監督と言えば、裏方班の総大将スから」


「そ、総大将?」


 仰々しい言葉に目が丸くなる。けれど神宮寺は茶化すでもなく、当然のように頷いた。


「自分ら班長が各班をまとめる大将なら、舞台監督であるジャンは、各将を率いて一つの舞台を作る総大将ッス。

 芝居全体を考えるのは演出の天野さんスが、自分ら裏方の陣頭指揮とんのは舞台監督ッスから。

 ブタカンに上手いこと軍配振ってもらわねぇと、大掛かりな舞台を作ることなんざ出来ねぇスよ」


「……は、はぁ」


 舞台監督の役割は、一応心得ているつもりでいた。

 裏方を指揮するといっても、実際に細かい部分を考えたり作ったりするのは各班なので、それと天野、役者陣との橋渡し……言ってしまえば、こうやってあちこち駆けずり回る連絡・調整係くらいに思ってしまっていた。

 もっと言えば、こうやって事務的な作業を担当する雑用みたいなモンだとさえ。

 神宮寺の言葉に、自分が置かれた立場の重さを改めて思い知らされる。

 裏方の総大将──オレが、裏方のことなんてなんにも学んじゃいない俳優科生のオレなんかが、本当に就いていい役職だったんだろうか。


 黙り込んでしまったオレの背中を、神宮寺が軽く叩いた。

 ……それでも、ちょっと痛いんだけど。


「大丈夫スよ。ジャンが俳優科で不慣れな部分があることは、班長全員心得てるッス。それでもブタカンに就いたってことは、なにかしら天野さんの意図があるんスよ」


 意図なんて、あるのかな。

 伊達も同じように言ってくれたけど、それでもオレは『役者希望』でこの演目にエントリーしたんだ。所詮役にあぶれた『役落ち』にすぎない。

 なのに……

 鬱々としていると、今度は大きい手のひらが肩に置かれた。


「大丈夫、大丈夫スよ。裏方班一同、全力でバックアップしていく所存スから」


 力強いその言葉に、目頭が熱くなる。

 そうだよな。『上手くやっていけんのかな』、なんて弱気になってる場合じゃない。『上手くやっていかなきゃいけない』んだ。

 泣きそうになるのをなんとか堪え、神宮寺から予定表を受け取る。


「ジャンはこれからどちらへ?」


「音響班と役者陣がいる第三レッスン室に」


「なら、天野さんもそこにいるッスね。ちょうど確認したいことがあるんで、お供するッス」


 神宮寺は班員から図面らしき紙を受け取ると、一緒に部屋を後にした。

 道中、オレは早速神宮寺と『タメ口をきいてもらえる関係』を築くべく、ビクビクしつつも色々なことを話しかけた。




 神宮寺と一緒に第三レッスン室の前へやって来ると、中から色んな音が聞こえてきた。

 台本の読み合わせをする役者陣の緊迫した掛け合いに、音響班が叩くピアノの音。それに合わせて口ずさむ陸奥と伊達のハミング。それから……三味線?


「これ、三味線の音だよな?」


「ッスね」


 読み合わせの流れを止めないよう、後ろのドアを静かに開けて中に入った。

 まず目に入ったのは、床の上に車座になって台本を広げる役者陣。そして、その傍らにパイプイスと折りたたみテーブルを出して座る天野。

 集中している役者陣は、誰もオレ達に気付かない。振り向いた天野と目が合ったので、軽い会釈を交わす。

 その奥のピアノのところには、音響班数人と陸奥、伊達がいた。三味線を構えた女子の姿も見える。

 役者陣の気を散らさないよう、二人してそっと天野に近寄る。


「お疲れ様です」


「お疲れっ。神宮寺が、大道具のことで話があるんだって」


「そうですか……」


 小声で話しかけると、天野は腕時計に目を落とした。


「……ちょうど読み合わせのキリもいいですし、少し休憩にしましょう」


 そういうと、天野は読み合わせが場面転換を挟むところで手を打った。台本の世界に没頭していた役者陣の肩がビクッと跳ねる。


「一旦ここまでにしましょう。一五分の休憩をとります」


 天野の言葉に、口々から安堵したようなため息が漏れる。

 まだ座ったままの読み合わせの段階なのに、随分気を張っているようだ。

 神宮寺が天野の机の上に図面を広げていると、それに気付いた相模がやってきた。ポケットに手を突っ込んだままツカツカと神宮寺に歩み寄る。相模の姿を認めた途端、神宮寺の眉間にもシワが寄った。


「おう、神宮寺。ここは今役者陣と音響サンが使ってんだ、大道具のお前が一体なんの用だよ?」


 相模は好戦的に犬歯を剥き出し、ニヤリと笑う。本気で不快だというワケじゃなく、神宮寺を見ると難癖つけて絡まずにはいられないようだ。

 神宮寺はムッとしたまま、


「安心しろ、オメェに用はねぇ」


 短く答え、相模をぎろりと睨み据える。

 ……こ、恐えええぇぇ!

 立ち位置的に二人の間に挟まれたオレの目に、頭上で火花を散らす視線の幻覚が見える。


「なんだよ、ジャンと随分仲良くしてるみてぇだな」


「ジャンがここへ来るって言うからお供してきた」


「ハッ! ジャンだぁ~? なぁんでお前がジャンのこと呼び捨てにしてんだよ、お前基本『さん』付けだろうが。俺のダチに対して頭が高ぇんだよっ」


「あ、それはオレがっ! そうしてくれって神宮寺に頼んだんだよ!」


 段々ヒートアップしてガルガルと牙を剥く相模を、慌てて宥めに入る。

 ……ホント仲悪いんだな。

 けれどオレの言葉も虚しく、神宮寺が挑発的な声を出す。


「ジャンはブタカン、自分は大道具班班長。仲良くやっていけねぇでどうするよ」


「だからってお前が呼び捨てにすんじゃねぇよ。お前らしくもっとヘコヘコしてやがれっ」


「でもジャンは自分にタメ口きいて欲しいってよ」


「あぁ? 俺のダチだっつってんだろ!」


「なんだオメェ、小三の女子か? 『トイレに一緒に行かなきゃ友達じゃな~い、あの子とは口聞いちゃダメ~』ってか? ガキ臭ぇ」


「ンだと!」


 なんなんだこの不毛なやりとりはっ!

 相模が本気で怒り出すより早く、苛立ったオレが口を挟む。


「あぁもーっ、ホント子供みてぇなコト言ってんなよ相模! 裏方同士上手くやってかなきゃなんねーっつってんじゃん。誰のダチとか関係ねーんだよ、オレの仕事なのっ!」


「ジャン」


 怒り出したオレに相模がたじろぐ。

 オレだってオレなりに頑張ろうとしてんのに、神宮寺に因縁つけるためにオレを引き合いに出すなっ。これで神宮寺と気まずくなったらどうしてくれんだ!


「そういうことだ」


 シッシッと神宮寺が追っ払うように手を振る。

 オレが言うのもなんだけど、神宮寺も神宮寺で、もうちょいソフトにあしらえないかな……いや、完全に今のは相模が悪いんだけど。

 すると天野が口を開いた。


「相模君、邪魔です。今から()()の打ち合わせをしますので、どうぞ余所で休んでいてください」


 邪魔って言ったー!

 ダメだ、なんだかんだ言って天野が一番手厳しいじゃないかっ!

 慌てて相模になにかフォローしようと思ったけど、相模は舌打ち一つすると立ち去ってしまった。

 でも、お前もその態度ないだろ相模。舌打ちはマズいって……

 なんとも気まずい雰囲気なってしまったと思ったら、そう感じているのはオレだけだったようで、天野と神宮寺は早速図面をのぞき込む。


「陸奥右近と伊達左近の足場なんスけど、天野さんがイメージする『枝の上』っぽく作るのは、計算すると強度的に厳しいスね」


「そうでしょうね。あくまで仮のイメージとして挙げただけですから、構いませんよ」


 あれ? オレだけ? 二人とも気になんないのかな、相模のこと。

 神宮寺は多分、相模とはいつもこんな調子だろうから気にならないんだろうけど。

 天野があの舌打ちを気にしないでいてくれるのはよかったけど、ちょっとドライ過ぎやしないか? あの言い方といい……

 仕方ない、後でフォローしに行くか。


「…………ン君? ジャン君? 聞いていますか?」


「はっ! え、と?」


 いかん、考え事に没頭してて聞いてなかった!


「ごめんごめん、なんだっけ?」


 尋ねると、神宮寺の目が細くなる。


「ジャン、しっかりして下さいよ? 裏方のことは全部ブタカンが把握してる必要があるんスから」


「ご、ごめん」


 ひいいぃ、恐ぇーっ!

 ……いかんいかん。相模のことも気になるけど、今は打ち合わせ中だ。集中しないと……


「今話をしているのは、伊達左近と陸奥右近の立ち位置についてです。

 二人は義経を連れ帰って、また一行の所へ戻ってくる間を除いてほぼ出続けですから……できれば、わたしとしては二人の立ち位置を二ヶ所は欲しいと神宮寺君に伝えてあったんです。変化をつけるために」


「うんうん」


「そこで……わたしが足場を設置したい場所の一つがここです」


 天野は、神宮寺が持って来た図面を指差した。

 その図面は、本番で使用する講堂の舞台を、客席側から見た見取り図だった。

 天野は左手前方の舞台下を示す。


「舞台下? 緞帳(どんちょう)が降りても、舞台の外だから出っぱなしになるけど……」


「それが狙いです」


 天野は、客席に歌詞をより明確に伝える目的があること。そして、客入りの際に二人にそこで歌わせたいのだと言う。

 芝居を見に行くと、緞帳どんちょうが上がって芝居が始まる前に、観客の期待を高めるためBGMを流すことがよくある。

 この芝居では既存のBGMには極力頼らずに行きたいので、そこでも二人に歌わせたいということだった。


「なるほどな。なら緞帳の外にセット組むしかないか。でもお客さんからよく見えるように、それなりの高さが必要なんじゃね?」


 そう言うと、神宮寺が頷く。


「ッスね。タッパも幅も大物になるスよ。

 それに、長時間そこにいるワケッスから、立ったり座ったり、少しは動けるようにしたいんスよね。演技のメリハリにもなるでしょうし」


 神宮寺はきちんと、役者の挙動まで視野に入れて考えてくれている。ありがたいなぁ、なんて思っていると、そのセットのラフ画を取り出した。

 一枚はゴツゴツとして苔むした大岩を模したもの。もう一枚は、それなりの高さの幹を残し朽ち折れた巨木の切り株だった。


「これ、神宮寺が描いたのか?」


 尋ねると、神宮寺は首を振る。大道具班で意見を出し合い、絵の上手い班員が描いたものだという。仕事も早い。

 それを見比べ、天野が頬を掻く。


「そうですね……足場の安定感から、大岩の方でしょうか」


「大道具班としても大岩推しッスね。巨木の方は、舞台奥に設置するのも手かと」


「ではそれでお願いします。見積もりをジャン君に提出してください」


「ただ、どちらも作るとなると結構コストが……」


 神宮寺がオレを見下ろした。

 コストか……衣装班も結構かかりそうだし、そうなると正直厳しい。


「うーん……天野、カキワリはどうすんの?」


 『カキワリ』とは、木枠や布に背景を描いて、舞台に設置する大道具の1つだ。


「わたしはカキワリはあまり好きではありません……ですので、できればカキワリを廃して、その分の予算をこちらへ回したいです」


「了解ス」


 神宮寺は慇懃に天野に頭を下げた。確認は済んだらしい。

 日曜大工なんて高尚な趣味はオレにはないので、正直どの位かかるのか見当もつかない。神宮寺達の見積もり待ちだ。


「オレ、音響班のトコに予定表もらいに行ってくる」


「ジャン君」


 机から離れようとすると、天野に呼び止められた。


「相模君と、なにかありましたか?」


「え?」


 思いも寄らないことを尋ねられ、首を捻る。


「別に……今日はなんか虫の居所でも悪いのか、ちょっとヘンだけど……よそよそしいっていうか」


 休み時間のことを思い出しながら答える。

 そう言えば、オレが図書室で予定表組んでる時も、相模だけは来なかった。相模のことを聞いた後、三人の間に一瞬微妙な空気が流れたことも思い出す。

 おかしいのは昨日からか? オレ、なんかしたっけか。一昨日はどうだったっけ?

 天野はしきりに頬からアゴを撫でる。


「……そう、ですか。まさかそっちに出ようとは……」


「え?」


 そっちってなんだ?

 訝しんでいると、天野はオレの視線を振り切るように首を振った。


「いえ、別に……神宮寺君は、相模君と仲良くやってくださいね。同じ芝居を作るチームですから」


「……ッス」


 神宮寺は天野に一礼すると、ピアノの所にいる音響班の許へ向かうオレの後をついて来る。


「え、どした神宮寺?」


「いえ……音響班に知り合いがいるんで」


 そう言いながら、神宮寺はあらぬ方を見やってニヤリと笑った。

 その視線の先を追っていくと、窓にもたれて飲み物を呷る相模がいる。横目で神宮寺を睨んでいた。

 ……ホント、仲悪いなぁ。

 神宮寺、今天野に釘刺されたばっかなのに。


 ていうか相模、アイツホントなんなんだ。

 さっきはフォローしなきゃと思ったけど、それよりもあの微妙なよそよそしさをなんとかしなきゃならないかもしれない。

 でもひとまず仕事だ。ピアノのそばに歩み寄る。陸奥と伊達が気遣わしげにこちらを見ていた。




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