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青少年は悩みの塊6 「大丈夫かな、オレ」

腐女子さん達が萌えトークを展開します。苦手な方はご注意ください。



 三組の教室のドアの前で、オレは軽く息を吸った。午前中に天野のクラスで味わったアウェー感が頭を過ぎる。もう放課後で、中にいるのは同じ演目の仲間なことも分かってるけど、科が違うこともあってなんとなく緊張してしまう。

 ちなみに、全学年ともに、一、二組は通称・演出科と呼ばれる脚本演出科。三、四組が裏方科こと舞台総合芸術科。五組から七組までが俳優科のクラスになっている。

 照明班は、班長のクラスである三組に集まっているんだ。

 意を決して、ドアを開ける。


「お疲れ様でーす、鮎川でーす。夏休みの予定表回収しに来ましたー!」


 すると、教卓の周りに集まっていた面々が振り向いた。


「お疲れ様でーす」


「お疲れーっす!」


 皆にこやかに受け入れてくれてホッとした。

 近づいていくと、唐獅子模様の派手な和柄シャツを着た葛原(くずはら)が、ニコニコと手招く。


「オツカレサマ、ジャンくーん。日程表出来てるよーん」


 やっぱりここでもジャンなのか。

 まぁ、特徴的だから覚えて貰いやすいっちゃやすいけど。

 班長である葛原の手から表を受け取る。


「夏休みの前半は、あんま予定ナシか……大丈夫?」


 バツ印の多い予定表に心配になって聞くと、葛原はヘーキヘーキとぱたぱた手を振る。


「アタシら照明班は、大道具班が舞台設備案を出して、役者陣が立ち稽古に入ってからじゃないと、細かい段取りが組めないモンでねぇ」


 『アタシ』とは言うものの、葛原は男だ。

 かといって、オネェというワケでもない。

 ひょろりとした細面の男で、いつも目を細めて笑っている。だから両目がちゃんと開いたところをまだ見たことがない。絵に描いたキツネのような、糸のような目。

 人懐こいけど、どことなく洒脱で飄々としている。


「そっか、それもそうだよな。了解、じゃあコレ預からせて貰うよ。あ、活動希望場所は?」


「ンー、基本的には役者陣か大道具班と一緒になるだろうから、特に照明班としてはないねぇ。

 ジャンくんが用事がある時は、都度メールくれたら飛んでくよン」


「分かった」


 ふと皆が囲んでいる卓の上を見ると、台本から抜き出した照明のタイムテーブルがある。台本に書かれている暗転あんてん明転めいてんなんかを拾ったものだ。

 『暗転』は、舞台の照明を落として真っ暗にすること。

 『明転』はその逆、照明をつけることだ。


「スポットライト、何台くらい要りそう? 分かってる分があるなら、一緒に使用申請出しておくけど」


 葛原はウーンと首を捻る。


「講堂には元々設置されてるスポットもあるンよ。だから可動式のスポットが要るかどうかは、大道具さん方の舞台の組み方にもよるねぇ」


「あ、そっか」


 葛原の言葉ではたと気付く。

 中学の演劇部では……というか、なんの設備もない体育館の舞台で上演する時は、スポットライトを使いたければ、キャスター付きの可動式のスポットライトを借りて使うしかなかった。

 けれど、ここは演劇高校。

 そして上演場所である講堂は、県立高校のイチ施設としては不釣合いなほど、演劇上演に特化した設備を備えている。

 市の文化会館の大ホールなどで、側面の壁や花道の上辺りに、壁に埋め込まれたライトやスピーカーがあるのを見たことがあるだろうか。それらと同等なものが、既に揃っているんだ。


「……思えばオレ、講堂の設備の詳細、なんにも知らないんだよなぁ」


 一人ごちると、葛原はあぁと頷いた。


「ジャン君は俳優科生だモンねぇ。アタシら裏方科は、実技の授業で講堂をよく使うから知ってるだけさ。気にするコトないない」


「うーん」


 これまでの無知っぷりは仕方ないにしても、ブタカンとして、これからもそれじゃいけない。

 そんなオレの考えを見取ってか、葛原は自分の机からファイルを取ってきた。


「よかったらコレ、見るかい? 裏方科の実技ン時に配られた、講堂の設備説明のレジュメなんだけど」


「え、見たい見たい!」


 二つ返事でファイルを受け取ると、結構な分厚さだった。あまりの量だったのでコピーを取って返す約束をすると、他の班員達が大変だねと笑った。


「俳優科生のブタカンだもんなぁ」


「ね。覚えること沢山あって、一苦労よね~」


 しまった。こんなオレがブタカンで、不安にさせてしまっただろうか。ひやりとして見やると、皆「頑張れ」と口々に励ましてくれた。

 ううぅ……しょっぱなから不甲斐ないところを見せてしまった。

 ヘコんでいると、葛原に肩を叩かれる。


「まぁ、これからさね。あ、そうそう。話戻るけど、少なくとも伊達だて左近と陸奥むつ右近は、他の皆と離れたトコで歌うようになるやね?」


 そうだ、落ち込んでる場合じゃない。芝居の話、芝居の話。

 芝居をやっていると、こうやって役者の名前と役名をひとつなぎにして呼ぶことがよくある。

 裏方班は常に役者陣と行動をともにするワケじゃないので、役者の名前と配役、それに顔までをすぐに全部把握するのは至難の業だ。

 だから言葉のやりとりで誤解を防ぐ意味もあって、こんな呼び方をしたりする。


「多分。舞台上が暗転してる間に、二人の歌で繋ぐトコもあるし」


「だよねぇ。二人の立ち位置の距離感にもよるけど、やっぱそれぞれ専属でスポット背負わせたいやね。そうなると、移動しやすい可動式スポットがあると安心かもねぇ」


「じゃあとりあえず、スポット二台分使用申請出しとく?」


 つい急いてしまうオレを、葛原は慌てなさんなと宥める。


「それもまぁ、立ち位置次第さね。ヘーキヘーキ、必要になったらそのくらい、アタシらで申請上げとくからさ。気負いなさんな、リラックスリラックス」


 口元をへらっと緩めて笑うその笑顔に、ふっと肩が軽くなる。無意識のうちに随分力んでしまっていたらしい。

 レジュメのお礼を言って、ひらひらと手を振る葛原達に手を振り返し、三組の教室をあとにした。




 さて、ヘコむのもレジュメ読むのも、今は後回し。

 今度はお隣の四組だ。甲高い賑やかな話し声が廊下まで漏れている。

 ここには衣装班と小道具班がいるはずで、どちらの班も全員女子だ。

 秘密の花園に、いざ潜入っ!


「お疲れ様でーす、ジャンでーす。夏休みの日程表……」


「ギャーッ! ブタカン来たコレ!」


「見てコレ、どーぉ? 早速伊達左近と陸奥右近の衣装の原案描いてみたのーっ!」


 ドアを開けるなり、黄色い声で歓待された。

 でもなんだろう、女の子達に歓迎されてるのに嬉しくない……ギャーってナニよ、ギャーって。

 その異様なテンションの高さに気圧されていると、衣装班班長の栗沢こなみと、小道具班班長の栗沢みなもに無理やり手を引かれ、教室に入った。


 この二人、名字も同じで顔も瓜二つだけど、双子というワケじゃない。従姉妹同士なんだそうだ。

 髪型までそっくり同じ赤毛のボブで、あんまりよく似てると思ったら、お父さん同士が双子らしい。

 なので、二人合わせて「栗沢姉妹」と人は呼ぶ。

 どっちが姉分こなみで、どっちが妹分みなもだと迷っていると、鼻先にデザイン画が押し付けられた。


「あ、もう原案できたんだ……や、やたら気合い入ってんね……」


 それは衣装のラフ画というより、少女漫画のクオリティだった。陸奥も伊達もそっくりに描いてあるけど、やったらキラキラしている。

 ……衣装案のデザイン画だから、そんなに顔は気合い入れて書かなくてもいいんだけど。

 とりあえず褒めると、そのラフ画を持っていた方……多分、栗沢姉妹・姉の方が、鼻息も荒く頷く。


「あったりまえよぉ! 天狗でしょ? 名前を見るに兄弟でしょっ? で、あの二人のビジュアルでしょっ? もー、萌えないワケないじゃなーいっ!」


「も、萌え……?」


 呆気にとられるオレを余所に、怒涛のガールズトークが始まった。


「ンもうっ! 天狗の兄弟……天狗の兄弟っ! あぁ、なんて甘美なひ・び・きっ!」


「絶対お兄さんは伊達左近クンで、陸奥右近タンが弟なのっ」


「任務に忠実で、三ツ石義経サマを見守る兄……反抗的な弟……そう、さながら義経ばっかり気にかける兄さんにヤキモチやいて、ツンツンする弟! ギャーッ、テラかわゆす!」


「陸奥タンペロペロ~っ!」


「王道は伊達左近×陸奥右近だと思うのっ。でもアタシは敢えて伊達左近×三ツ石義経を推すわっ!」


「お姉サマ、邪道よそんなの! やっぱり陸奥右近タンよ!」


「分かってるわ、でも三ツ石サマも捨てがたいのっ! 捨てられないのぉぉ~っ!」


 ……

 ………………

 …………………………えーっと。


 オレは今、とんでもない魔境に足を踏み入れてしまったらしい。

 ここは乙女の秘密の花園なんかじゃないッ、腐なお嬢さん方の巣窟だっ!

 配役発表の時にやたらキャーキャー言ってたのはお前らかっ!

 このお嬢さん方とも上手くやってかなきゃならないのかとガクブルしつつ、一応意見を言ってみる。


「え、えぇっと……あの二人に気を取られるのは分かるけど、あくまで主役は相模さがみ弁慶と三ツ石義経で……そっちの方も気合いを……」


「大丈夫よブタカンさんっ! あっちはあっちで相模弁慶×三ツ石義経っていう、これまた王道パターンがあるものっ!」


 オレはカップリングの話してんじゃねえええぇぇ!

 ……ダメだ、頭痛くなってきた。

 なんでオレがそんな用語知ってるかって?

 残念ながら妹のメイも若干腐……いや、そういう趣味がおありのようで。メイ曰く、最近じゃごく普通の少女漫画雑誌でもその手の話が扱われたりするとかで、結構メジャーなジャンルなんだそうだ。本当かどうかは知らんけども。

 ともあれ、どうやってこの腐な方々と仲良くやっていけばいいんだ……

 とりあえず、ラフ画を見て衣装の話をする。


「えぇと……二人とも羽根背負っちゃってるけど、コレどーすんの?」


「フェザーで作ろうかと」


「コレを全部? 待った待った、予算足りなくなっちゃうよ!

 一演目に学校から下りる予算は八万五千円なんだよ? 羽根だけにそんなにコストかけらんないよ」


 予算管理もブタカンたるオレの大事な役割なので、慌てて首を振る。


「はぁ~、そうよねぇ。ならフェイクファーでも貼り合わせて作るわ。それなら大分安く上がるもの」


「頼むよホントに……ただでさえ時代モノは金かかるんだから……」


 平安時代末期の話なので、当然洋服で舞台に上がるワケにはいかない。

 衣装班には、雑兵役にいたるまで役者陣全員の和装と、必要なら甲冑なんかも用意して貰わなきゃならない。

 そう考えると、演目全体の予算が八万五千円って……実にシビアな数字だ。眩暈がする。


「各班と役者陣に、家にある着物とか持ち出せるものがあるか確認してみようか?」


「是非お願い~! さすがに全員分を一から用意するなんて無理だもの」


「了解了解~。で、夏休みの日程表は……」


「はいコレ。我々小道具班は、お姉サマ達衣装班と一緒に行動するわね」


 ペラリと渡された紙を見て仰天する。


「えっ! 全部バツってどういうこと?」


「あぁ、ご心配なく。学校に来てもロクなミシンも作業台もないから、こなみお姉サマの家に皆で集まってやるの。

 だから学校に設備使用申請出す必要がないだけ。こんなに熱く滾ってるわたし達が、サボるワケないじゃなーいっ」


 栗沢姉妹・妹だと思われる方が拳を握る。


「なぁんだ、そういうことか。了解、じゃあ衣装班と小道具班は、申請ナシと……」


 貰った表にメモする間オレが黙っていると、またガールズトーク……いや、萌え話が再開した。


「でもねー、三河きさん太も可愛いのよ~」


「絶対衣装は半ズボンよねっ! 生足っ! 生足っ!」


 は、半ズボン?


「あ、あのー……一応衣装だから……ね? 芝居の雰囲気的に合わないのはちょっと……」


 恐る恐る進言すると、その場の女子全員が「やぁねぇ」と手をパタパタさせた。


「半ズボンっていうのは、あくまで丈の話よぉ。芝居の雰囲気壊してまで萌えを押し付けたりしないわぁ」


「腐ってても演劇人よぉ、そのヘンはちゃんと心得てるわよ~!」


 その言葉にホッと胸を撫で下ろす。

 よかった……まだ彼女達には理性が残ってたよ……男のオレの前で萌え話とかしちゃうけど。

 いやでもしかし。

 毎回この二班のトコ来る度に萌えトーク……それも他でもない仲間の腐な妄想を聞かされちゃ堪らんっ。


「……えっと、皆オレの友達だから……その、ね? そういう話はお手柔らかにお願いしたいんだけど……」


 できるだけにこやかにお願いすると、二人並んだ栗沢姉妹がバッと両手を広げる。


「止めてくれるな乙女道!」


「『萌え』こそ我らがイマジネーションの父!」


「『萌え』なくして衣装は作れぬっ!」


「それは小道具とて同じことっ!」


「ただひたすらに己が手掛けし衣装をっ」


「小道具の数々をっ」


「身に纏いて舞台に立たれるお姿を」


「ひたすら夢見て、一針一針魂込めて」


「孤独な制作時間に堪えるッ!」


「それが我らがクリエイター道ッ!」


 交互に叫んで、ビシッとポーズをキメる二人。

 えーと……前もって練習でもしてたの、かな?

 とりあえず、彼女達からソレを取り上げちゃならないことだけは把握した。

 衣装と小道具がソレを元にイイ出来で仕上がるなら、そっとしておくべきなのか……


「あ、あー……うん。うん。皆の気持ちはよく分かった。よ、ヨロシクね」


「お任せあれっ!」


「皆に立派な拵えを作っちゃうぉっ!」


 ……とりあえず、この二班については技術面でオレが意見できることはなさそうだ。

 予算の面が心配だから、ちゃんと見積もり出してもらって、財布の紐をキリキリ締めるしかない。

 また萌え話を再開してしまった彼女達に、くれぐれも予算が厳しいことを伝えると、クラクラする頭を押さえ四組を後にした。


 ……大丈夫かな、オレ。

 あの子達とちゃんとコミュニケーションとってやってけるかな……不安だ。

 よろめきつつ、まだ黄色い絶叫を響かせている四組に背を向けた。




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