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青少年は悩みの塊5 「お前なんかヘンじゃね?」



 夏休みまで、あとわずか。


 休み時間の教室は、各演目の話題で持ちきりだった。

 同じクラスの中でも、それぞれエントリーした演目によって別れているので、お互いの演目の見所やキャストについてを語り合っているんだ。

 違う演目の生徒に台本は見せないという不文律はあるものの、それくらいなら許される。

 そんな賑やかさをよそに、なんとかでかした仮組みの練習日程表と、役者陣に提出してもらった予定表とを突き合わせて確認していると、伊達だてがやってきた。


「……進捗はどうだ? 難航しているようだが」


「おー、なんとか仮組みはできたよ」


 主が不在の隣の席に座った伊達に、仮組みの表を見せた。細かい文字に、伊達はレンズの奥の目を細める。


「……盆の前後八日間を除いて、大体週五で練習か……なかなかハードだな」


「うーん、二学期に入ってからの学校行事のことも考えると、結構コレでも厳しいモンがあるんだよなぁ。役者陣の読み合わせはどんなカンジ?」


 伊達は少し難しい顔をする。


「そうだな……まだ全体を通して二度しか読み合わせていないから、なんとも言えないが……」


「言えないが?」


「いや……なんでもない。それより、ここの四日間の空欄はなんだ?」


 伊達がなにを誤魔化したのかは分からないが、なんとなく芳しくなさそうな雰囲気が伝わってきた。

 とりあえず今は言う気がなさそうなので、質問に答える。


「そこは、相模さがみが例のアクションスクールのワークショップに行くから、出られない日なんだよ。

 全編出っぱなしの相模がいないと、練習するにしても不自由だろうし……でも、他のメインどころの役者陣が出られる日だから、どうしようかと思ってさ。

 相模ナシでも練習するかしないか、後で天野に相談して決めようと思って」


「なるほど……お疲れ様だな」


 労ってくれる伊達から表を返してもらうと、途端にオレの腹の虫が情けない声を上げた。


「頭使うと腹減っちゃうよ、まだ二時限目終わったトコなのに。購買になんか買いに行かね?」


「すまない、自分は今購買から戻ってきたところだ……」


「ありゃ残念。おーい、三河みかわ陸奥むつ、購買行かね?」


 近くで談笑していた二人に声をかけると、


「ごめ~ん! 早く行かないとクリームパン売り切れちゃうから、朝イチで陸奥君と行ってきちゃった~!」


 とのつれない返事が返ってきた。


「なぁんだ……じゃあ相模ー、購買行かねー?」


 少し離れた席に座っている相模に声をかけると、相模はビクッと肩を揺らした。


「え? あぁ悪ィ。俺ぇ、今日日直でよ。ななちゃんトコに日誌取りに行かねぇと」


「ありゃ、そっか。全員にフラれちゃったよ」


 肩を竦めて伊達と苦笑し合うと、席を立つ。


「それじゃ、購買は後回し! ちょっと天野のトコに相談しに行ってくるわ」


 一人で騒がしい購買に行くのも味気ない。次の休み時間に改めて相模と行こうと決め込むと、鳴き続ける腹の虫を叱咤して、天野がいる一組の教室に向かった。



 一組の教室の前で、開きっぱなしのドアから中をのぞき込む。なかなか他のクラスを訪ねることはないから、ちょっと緊張する。

 声のデカい人間ばかりが集まった俳優科のクラスと違って、脚本演出科の教室はとても静かだった。

 後ろの方の席に、ぽつんと座る天野を見つけた。

 なにか考え事でもしているのか、無表情に宙を見上げている。その視線の先に、まるでオレには見えないなにかが見えているかのように、飽くこともなく一点を見つめている。

 ……ちょっと。恐いんですけど。なに考えてるのか全く想像つかないんですけどっ。


 同じ無表情でも、伊達に対しては感じない不気味さが天野にはある。 

 二人のどこが違うんだろうと考えると、眼だった。

 伊達は、自分の感情や話している相手に合わせて瞳を動かす。多少、表情もあるっちゃある。

 対して、天野は全くと言っていいほど眼を動かさない。振り返る時は首ごと回すといった感じで、黒目は常に目の真ん中に据えられている。まるでフクロウだ。

 オマケに不思議と光を反射しない瞳で、ただ黒々としてある。だから余計に感情が読めないんだ。

 得体の知れないものに対してある種の恐さを覚えるのは、人間の本能なんだろう。

 勿論、濃いクマと鳥の巣頭が胡散臭いっていうのもあるけど。


 それでも、天野は演出で、オレはブタカン。

 言ってみれば、二人三脚で舞台作りを引っ張っていくコンビみたいなものだ。なんとか上手くやっていかなきゃならない。


「おーい、天野ー! ちょっといい?」


 意を決して大声で呼ばわると、教室中の生徒に一斉に振り返られた。

 ……やかましい俳優科生でスンマセン。

 天野はぐりんっと首ごとこちらを向くと、ぺったぺったとビーチサンダルを鳴らしてやってくる。

 制服がないゲキ高は内履きも自由とは言え、自由すぎる。


「やぁ、ジャン君。どうしました?」


 あれ。いつの間にかあだ名を知られている。

 まぁ、教師のななちゃんですらジャンって呼ぶくらいだから、今更か。


「夏休み中の練習日程表を組んだから、確認して欲しくて」


「仕事が早いですね。助かります」


「いやいや……」


 天野が表に目を落としている間、ふと教室内を見ると、なんだかあちこちから遠巻きにうかがわれているのに気付く。

 目が合ってしまった相手に軽く会釈すると、顔を背けられた。仲間とひそひそとなにかを言い交わしている。

 なんだろう、このすげーアウェー感。これが他クラスの洗礼か?


「……ここの空欄はなんでしょう?」


 天野に尋ねられ我に返る。さっき伊達に説明したことを言うと、天野は頬を掻いた。


「ふむ……そうですか。それは痛いですね」


「あ、でも殺陣(タテ)なんかもやるみたいだから、弁慶役には絶対プラスになると思うんだよ」


 慌ててフォローすると、天野はオレの顔を見た。黒い目が、やっぱ恐い。


「別に相模君に行くなとは言いませんよ。けれど他の役者陣が揃えるのなら、やはり惜しいです。代役を立てて凌ぎましょう」


「了解っ。じゃあそれで施設使用申請あげとくよ。放課後にはななちゃんに提出できると思う」


「助かります」


 これで用件は済んだけど、これだけで終わらせたら天野とのコミュニケーションがとれない。

 上手くやっていくにはまず会話からだと、なにか話題を探した。


「そうだ、なんで天野はですます調なんだよ? タメなんだから、普通でいいのに」


 そう言うと、天野は首を振った。


「すみませんね。標準語で話そうとすると、こうしかしゃべれないんです」


 初対面の時に、天野がまくし立てていた青森の言葉を思い出す。

 ですます調をやめて欲しくても、やめた途端あぁなるんじゃ、申し訳ないけど会話が成り立つ気がしない。


「そっか。天野が最初会った時にしゃべってたのって津軽弁?」


「そうです。ですが、一言で津軽弁と言っても色々ありまして」


 お、乗ってきてくれた。更に会話を続けようと、関心を示すよう大きく首を傾げる。

 

「へぇ、そうなんだ? って言うと?」


 天野は気持ち、胸を張った。ように見えた。


「津軽弁と一口に言っても、地域によって使用する語句に差があります。青森を舐めてはいけません」


「いや、別に舐めてはないけど……ちなみに、天野がしゃべってたのはどこの地域の津軽弁なんだ?」


「父が中南地域である弘前ひろさき、母が西北地域である五所川原ごしょがわら出身なもので、混ざっています」


「家の中で二種類の津軽弁が飛び交ってるのか、そりゃ混ざるわ」


 こちらから話を振れば、案外応じてくれるらしい。やっぱり出身地の話題は強い。自分の地元に興味を持たれて、嫌な気がする人はあんまりいないだろう。

 話し嫌いというワケではなさそうなので、もう少しツッコんでみる。


「あの時、アレなんて言ったんだ?」


「どれでしょう?」


「えぇっと……『わついじゃ』とかなんとか……」


「あぁ、あれですか。『わたしは運がいい』という意味です」


 すげぇ……すげぇよ津軽弁! 「わ」しか合ってねぇよ!

 内心ガクブルしていると、天野は言葉を続ける。


「今回の脚本を書くにあたって、わたしが思い描いたのは『過分なBGMを廃した』舞台です。

 時代物だと、和楽器を使ったBGMなどを多用してしまいがちですが、安易にそうしたくはありませんでした。

 そこで取り入れようと考えたのが、歌舞伎の『義太夫(ぎだゆう)』です。歌舞伎の勧進帳(かんじんちょう)も引用していることですし」


 歌舞伎の義太夫は、場面の説明や、物語の経緯などを、歌で語って聴かせる物語の案内人だ。

 人形浄瑠璃にも義太夫はいるけれど、あちらは人物の台詞まで全て義太夫が担うので、役割が異なる。


「ですがここは演劇高校……俳優科生は当然、演劇部出身者ばかりです。ほぼ全編を通して歌い続けられ、しかもそれなりの歌唱力のある人物がそうそういるとは思えません。

 ですから、義太夫の構想を諦めようかと思っていた矢先、あの二人の歌を聴いたんです。まさに奇跡でした……あの二人に出会ったからこそ、わたしは今の脚本を書き上げることができたんです。

 ですから、『わたしは運がいい』、と」


 聞いて納得する半面、オレは呆気にとられていた。

 コイツ、案外よくしゃべる。

 思えば、初めて会った時も知識を滔々(とうとう)と語っていたから、無口な人間じゃないのかもしれない。

 どことなく人を寄せつけない雰囲気があるから、無口なモンかと思い込んでいた。


「どうしました?」


 オレが黙っているのを不審がって、天野が首を捻る。


「あ、えっと……」


 なんて言おうか迷っていると、このタイミングでまた腹の虫がエラい威勢よく鳴いてしまった。気まずい。


「ちょっとお待ちを……」


 天野はぺったぺったと席に戻り、またぺったぺったと足を鳴らして戻ってくる。


「よければどうぞ」


 天野が差し出したのはカロリーメイトだった。


「え、いいのか?」


「もちろん」


「あ、あぁ、サンキュー」


 ……オマケに意外と、イイヤツかもしれない。

 ふと天野の机の上を見ると、同じ箱が二つ三つ積まれている。


「……まさか天野、コレが昼飯とか言わないよな?」


「そうですが? あぁ、大丈夫ですよ。まだありますから」


「そうじゃなくて、ちゃんと食わないと倒れるぜ? これから先もっと忙しくなるんだからさ」


「ご心配なく、わたしは毎日こうですから」


「余計に心配するわっ! いつか倒れるぞ?」


 この先いよいよ芝居作りが動き出すってのに、リーダーたる演出に倒れられちゃかなわない。

 すると、天野がじっとオレの顔を凝視した。黒々とした瞳が、ただオレを映している。

 ……ヤバい怖い。正直ちびりそうなんだけど。


「な、なんだよ」


 やっとのことで言うと、天野はまだオレを凝視したまま言う。


「いえ……こちらに来てから、人とこんなに話すのも、心配されたのも初めてでして。少々驚いたんです」


「え?」


 このクラスの人達は、毎日こんな単調な昼食をとっている天野に、誰もなにも言わないんだろうか。

 そんなオレの疑問を察したように、天野が事も無げに言う。


「わたし、この通りコミュ障ですから」


「は、はぁ……」


 芝居に関わることが主とはいえ、これだけしゃべるんだからそうじゃないと思うけど。

 この独特な風貌と、壁を感じさせる丁寧口調が、周りを寄せつけないのかもしれない。

 まして入学当初から注目を浴びてる鬼才とあっちゃ、気軽に声なんてかけられないんだろう。

 遠巻き気味にまだこちらを気にしている、演出科生達の視線。その理由をようやく理解した。知らず、箱を持つ手に力が篭る。

 その時、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴りだした。


「あ、いけね。じゃあオレ戻るよ。放課後は、天野は役者陣と第三レッスン室だよな?」


「はい」


「オレは各裏方班の夏休みの予定表を回収して、まとめて申請あげてから顔出すよ」


「よろしくどうぞ」


「コレ、ありがとなー」


 貰った箱をかざして見せ、自分のクラスに戻る。

 教室の入り口で、日誌を手にした相模と鉢合わせた。


「よぉ、次の休み時間でいいから購買行こうぜー。どうせお前も昼まで腹もたないだろ?」


「え、なんだよ。俺のこと待ってて行かなかったのか?」


 声をかけると、相模はうろうろと視線をさまよわせる。オレの手の中の箱に気付き、


「ソレ持ってんじゃねぇか」


「あぁコレ? 天野に貰っちった。でも、これじゃ腹にたまんねーし」


「天野に……そっか。なんだよ、折角貰ったんだから、ありがたくソレ食っとけよ」


「コレはコレで食うけど……」


 相模は全くこっちを見ようとしない。なんだか挙動不審だ。

 前のめりになって、床に視線を落とす相模の視界に割り込む。


「どした? お前なんかヘンじゃね? 具合でも悪いのか?」


「うわっ! べ、別に、ヘンじゃねぇよ」


 いやいや、どう考えてもヘンだろ。人の顔見てうわってなんだよ。ちょっと傷つくぞ。無個性モブキャラ顔なのは自覚してるけど、見るに耐えないほどの顔じゃないと思うのに……というか思いたい。

 問い詰めようとした時、廊下の向こうから先生がやってくるのが見えた。


「ほら、授業始まるぞ」


 そう言って、先立って教室に入っていく。

 ……なんだよコイツ。オレなんかしたか?

 モヤモヤしながら、オレは相模の後を追って教室に入った。



       ◇  ◇  ◇



 そして放課後。

 もう夏休みが近いので、授業は午前中の四時限で終わる。

 各々昼食をとったあとで、それぞれの班のホームベースたる場所で、練習や打ち合わせに入る。


 五人で中庭で昼飯を食べている間、相模はいたって普段通りだった。

 伊達に授業の質問をして頭を抱えさせ、陸奥に脳筋だなんだとこき下ろされ、三河にとりなしてもらったりして、いつもと変わらない相模だった。

 ……気のせいだったんだろうか。



 食べ終わると、オレは役者陣の四人と別れ、予定表を手直しした後、各班長にメールを一斉送信した。


『お疲れ様です。

 今日は各班どこにいる?』


 裏方班は、まだ具体的な制作作業には入っていない。ミーティングをどこかでやっているはずだった。

 すぐに返信が来る。


『お疲れ様です 大道具班第一多目的室 神宮寺』


『オツカレサン! 照明班三組に集合中!』


『お疲れサン。音響班演奏担当は役者陣と同じ第三レッスン室・SE担当は音響資料室』


『衣装班は四組だぉっ☆』


『小道具班は衣装班と一緒デス♪』


 ……以上、原文ママだ。

 配役発表後に行われた裏方班ミーティングで、携帯番号とメアドを交換済みだった。

 お陰で、野郎の名前ばっかだったアドレス帳に、一気に女子の名前が増えた。

 ……へへっ。


 はっ!

 ニヤけてる場合じゃない!

 さて、どこから回ろうか。

 オレはまず、一年三組の照明班のところに向かった。




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