配役発表! 「ブタカン」
「えぇっと。相模が?」
「小島毅流だ。三河は?」
「ぼくは工藤祐希。で、ジャン君が鮎川、えっと……?」
「鮎川ケイで、陸奥が?」
「藤原美紀睦。で、伊達は……うん、こないだの件で皆覚えてるよね。説明不要だね。ま、念のために言うと千葉貴久ね」
「…………」
いつもの五人で丸くなり、一人一人互いに指差し確認をする。
なにをしてるかって?
これから始まるキャスティング発表を前に、念のためそれぞれの本名を確認しあっていたのだ。
出会った初っ端からあだ名で呼び合うようになったので、未だにお互いの本名がうろ覚えのままだった。
……お前ら散々つるんでて今更かと言わないで欲しい。オレ自身そう思ってるから。
週が明け、とうとうこの日を迎えた。
オレ達の演目に割り当てられた多目的室には、この芝居に関わる全九八名が集結していた。
勢揃いすると改めて人数の多さに圧倒される。ここにいる九八人で、これから約四ヵ月かけて一つの芝居を作っていくことになる。
始業のチャイムが鳴ると同時に、天野が分厚いファイルとマイクを手に立ち上がり、集団の前に立った。全員が緊張の面持ちで静まり返る。
「えー……お疲れ様です。それではこれから、配役と裏方スタッフの担当発表を行います。まずは配役……キャストの発表からしていきます。
……腰が痛いので、座ってもいいですか?」
天野の言葉にクスクスと笑いが起こる。それを承認と受け取ると、天野はパイプイスと折り畳みテーブルを出して座った。
「……ふぅ。改めまして。ではまず『武蔵坊弁慶』役」
オレの隣で相模が息を詰める。
相模だけじゃない。あちらこちらで、弁慶役のオーディションを受けた男子が祈るような顔つきで言葉を待っている。
緊張の一瞬だ。
次の一言でこの芝居の主役が決まるのかと思うと、受けてないオレまで汗かいてきた。
……どうか相模が受かっていますように!
天野が主演の名を告げる。
「弁慶役、小島毅流君」
「えあう、おっ?」
名前を呼ばれ、相模が謎の奇声を発した。
きょどる相模に一斉に注目が集まる。
「やったな相模!」
大声だして喜ぶわけにもいかず、小声で言って肘でつつく。
「え、俺? 小島って俺?」
相模は目を泳がせ、おろおろとオレの肩を掴んでくる。
「落ち着け、小島毅流はお前だろ! ほら、立ってなんか一言アイサツしろ!」
「え、あ、そっか」
長身の相模がぬっと立ち上がると、全員がその動きに注目する。相模はまだ信じられないといった顔で、ガシガシと頭を掻いた。
「えっと……五組の小島です。精一杯弁慶を演らせてもらいますんで、宜しくお願いしまっす!」
マイクを使っている天野よりも大きな声を轟かせ、相模は勢いよく頭を下げる。沸き起こる拍手に乗せて、腰を下ろした相模を改めて祝福する。
「マジでやったな相模!」
「相模君、ホントに弁慶になっちゃった~!」
「やるじゃない、相模!」
「おめでとう」
四人で口々に祝って、大きなその背を叩いた。
拍手が鳴り止むのを待って、天野が再び口を開く。
「次に、『源義経』役」
うわっ、来た!
ダメ元とは言え、オレが第一希望で出した役だ。隣では相模弁慶が、当人のオレよりも真剣な顔で、固く両手の指を組んでいる。
……ダメ元とは言え、運良く引っかかれば相模とコンビを組める。
──来い、来いっ!
「三ツ石冬馬君」
……あちゃー……滑った。
右手奥で歓声が上がる。三ツ石と言えば七組の推薦組で、オーディションでも抜きん出た演技力を示していた。
オマケに色白の線が細いイケメンだ、義経役には申し分ない。女子達が密かに色めき立つ気持ちも分かる。
相模と演れないのは残念だけど、こればっかりは仕方がない。
素直な気持ちで拍手を送っていると、相模がなんとも言えない顔でこちらを見やる。多分その向こうでは、三人も同じ様な顔をしているんだろう。
「そんな顔すんなって」
そう言って相模の肩を叩く。
あれ、なんでオレが慰めてんだろ。逆じゃね?
「次に『右近』役、藤原美紀睦君」
陸奥が立つと、どこからか黄色い悲鳴が上がった。
……多分、初めて陸奥を見た裏方科の女の子達だ。他科の生徒にとっては推薦組もはみ出し組も関係ない。くっ、美少年はこれだから……
陸奥は気にするでもなくぺこりと一礼する。そのまま座ろうとするのを制して、天野は引き続き左近役の発表をした。
「『左近』役、千葉貴久君」
陸奥の隣に伊達が立つと、また嬌声が上がる。くぅ、イケメンはこれだから……え、妬いてないよ? 涙目になんかなってないよ?
天野は女の子達の声を遮って言う。
「音響を希望していた方は、この二人をよく覚えておいてください。
この二役は歌唱でナレーションを担う特殊な役割にあります。練習は役者陣よりも音響班と過ごす時間が多くなるでしょう」
二人が揃って頭を下げて座ると、身を乗り出して拳を握る。
「やったな! ……てかナニあの歓声」
「すごいね~、大人気っ!」
「俺の時はあんなんなかったけど? あれ、俺一応主役だよな?」
口々に言っていると、陸奥が当然のように頷く。
「ま、そこはビジュアルの差じゃない?」
をのれ、この美少年様いけしゃあしゃあと……
主役なのに微妙にヘコんでいる相模を宥めつつ、読み上げられる名前に耳を傾ける。
「『二郎』役、北川良君……『三郎』役、梶英明君……」
発表は義経の郎党達に移った。
三河はぎゅっと手を握り締めて、早くも目を瞑っている。
次々に名前が呼ばれ、そこここで歓声があがり、アイサツをする一連の流れが繰り返される。
「『八郎』役、沢渡裕ノ介君……『きさん太』役、工藤祐希く……」
「ぃやったぁ~っ!」
おめでとうと声をかけるより早く、天野の声すら遮って、三河は元気いっぱいに飛び上がった。
「よろしくお願いしまーすっ!」
ふわふわの栗毛頭をぴょこんと下げると、ちらほらと「かわい~い」という声が。
三河よ、お前もか。お前もなのか。
最初から演りたがっていた役につけたことを心から祝いつつも、相模が物言いたげにオレを見てくる。
「大丈夫っ、お前主役だからっ! いちいちヘコんでんじゃねぇ!」
「いや、そうじゃなくて……いや、それもあるけどよ。どうなの? どうなのコレ、大丈夫なの? ビジュアルで完敗の主役って……」
「大丈夫っ、これからだって!」
ともあれ、あとはオレだけだ。
相模の視線の本当の意味は、まだ名前を呼ばれないオレを気にしてくれていたんだろう。
オレが第二希望で出したのは、伊達が勧めてくれた関守の富樫だった。第一希望で攻めすぎたので、第二希望は堅実なところで出したつもりだけど……
そういえば、弁慶役を逃した鞍干もまだ呼ばれていない。
義経役と富樫役、どちらのオーディションにもいなかった。第二希望は何役で出したんだろう。
「『あやめ』役、五組有村茉莉さん」
考えを中断して、呼ばれた名前に顔を上げる。遠くの方で、ほんのり頬を上気させた有村さんが立ち上がった。
有村さんは推薦組だけど、オレ達はみ出し組に対して唯一分け隔てなく接してくれる子だ。
あやめ役ってことは、弁慶役の相模の恋人役ってことになる。
……ちょっと相模が羨ましい。
「次に『富樫』役」
うっ、なんやかんや考えてたらもう来た!
こっちはなんとか残りたいっ。
けれど、天野が告げたのは意外な名前だった。
「『富樫』役、鞍干奎吾君」
思わず鞍干を探してその顔を見る。本人も意外そうな顔をしていた。
希望していなかった役だから、当然と言えば当然の反応だ。それでも天野が鞍干の適役だと考えたんだろう。鞍干は困惑気味に立ち上がり、軽く会釈する。
「続いて『追っ手一』役、西松廉君」
いよいよ残すは名前のない雑兵ばかりになった。未だオレの名前は呼ばれない。
……おいおい、頼むよ。もうこの際、台詞のない役でもいいから……!
「──以上で、キャスト全三七役の発表を終わります」
終わった。
願い虚しく、名前を呼ばれないまま配役発表が終わってしまった。
「……ジャン……」
上擦った相模の声が聞こえるけど、振り向くことができない。
目の前が真っ暗だとか、頭の中真っ白だとかじゃなく、ただただ思考が停止する。
思えばこんなオレでも、中学の部活では人手が足りず、裏方を掛け持ちしたりしながらもなにかしらの役にありつけていた。
完全な裏方として芝居に臨むのは初めてだ。
どこに回されるんだろう。
大道具班? 小道具班? 衣装班?
もーなんでもやるよー、なにせ人手不足で裏方の仕事も一通りやってきたしさー……
「……ジャン……おい、ジャン!」
相模がせっついてくる。
「なーにー?」
「おい、呼ばれてんぞ! 鮎川ってお前だろうが!」
「うん、で、なんだってー? 照明班ー? 音響班ー?」
間延びした声で応えようやく相模の方を向くと、相模はなんとも言えない強張った表情で言った。
「……ブタカン、だってよ……」
「あーそう、ブタカンかー」
ひょっこり立ち上がり、ぺこっと頭を下げる。
「鮎川でーす、ブタカンがんばりま……」
言いかけてはたと我に返る。
「……ブタカン?」
思わず相模に聞き返す。相模は黙って頷く。
「ブタカンって………………舞台監督?」
前方の天野を見やる。
天野は無表情にこっくり頷いた。
あてがわれた役職に、思わず喉から絶叫が迸る。
「オレが舞台監督~~~~~~ッ?」
◇ ◇ ◇
翌日の放課後。
オレは一人、図書室のPCブースに篭もっていた。
手元には、役者陣と天野を叱咤してなんとか一日でかき集めた、各々の夏休みの予定表。これをまとめるべくエクセルに打ち込んでいく。
手書きの紙と画面とを交互に見つめて早三時間。いい加減目がチカチカしてきた。
一通り打ち込みが終わったところで、両腕を伸ばして息を吐いた。
「ジャン君~、いる~?」
控え目な三河の声がした。他に誰も居やしないのに、図書室だからと気を遣っているらしい。
「いるー、こっちこっち!」
伸び上がって手を振ると、三河と陸奥、伊達の三人がやってきた。
「役者陣は今休憩?」
尋ねると、三人は揃って頷く。
「そう、だからちょっと様子見に来たんだ」
三河は画面をのぞき込み、うわぁと顔をしかめる。
「なにこの表~? すっごい細かい……バイトのシフト表みたい」
「あはは、まぁ似たようなモンだよ。
役者陣の皆と、それを監督する天野の夏休みの予定を合わせて見て、練習日程を組んでるんだ」
画面に表示された日程表を指で示す。
「あんまり人が集まれない日に練習入れても仕方ないじゃん? だからこうやって、皆の予定がない日を拾って、練習日程を決めてるんだ」
仮に台詞の少ない雑兵全員が出られなくても、悲しいかな練習にはさほど困らない。けれど全編ほぼ出っぱなしの弁慶・相模が一人いないだけで大穴が開く。
そういったところも踏まえつつ組んでいると説明すると、陸奥がため息を零す。
「はー、大変だね」
思わずげっそりして頷く。
「うん……へへ。なにせ夏休みまで、土日除いたらあと五日しかないんだ。
それまでに練習日程組んで、学校側に夏期休暇中の施設使用申請上げて……もし承認取れない日があれば訂正して、それをまた表に起こして印刷して、皆に配らなきゃいけないんだ、ぜ……へへ。へへへへ……」
「じ、ジャン君しっかりして~!」
三河に肩を揺すられて我に返る。
いかんいかん、出だしから情けない姿見せちゃ!
背筋を伸ばすと、陸奥が首を傾げる。
「裏方さん達の予定はどうするの?」
「ホントはそれを組むのもオレの仕事なんだけど、各班長達が『自分の班のことは自分達でやる』って引き受けてくれてさ。助かってるよ」
昨日、あの後早速開かれた裏方班ミーティングを思い出す。
天野によって選りすぐられた五人の班長は、全員頼もしかった。
俳優科の人間でありながら、舞台監督を拝命してしまったオレをサポートすべく、自分達にできることは任せろと申し出てくれたのだ。その心意気と気遣いに頭が下がる。
「え~、そんなことまでジャンの仕事なの! ……『監督』っていうから、メガホン片手に役者に檄飛ばすような役職を想像してたけど、随分違うんだね」
「まぁ、映画の監督を想像したらそうなるよなぁ」
苦笑すると、三河はうーんと眉を寄せる。
「ぼくのいた演劇部は、なにせしっちゃかめっちゃかだったから……恥ずかしいけど、イマイチ『演出』と『舞台監督』の違いが分かんないんだよね~」
無理もない。
顧問がしっかりしてたらしてたで、その辺は顧問が受け持ったりもするし、なかなか中学演劇では接する機会の少ない役職だ。
「そうだなぁ……
『演出』は、さっき陸奥が言った映画監督みたいなモンかな。芝居全体の構成とか、どういう感じに仕上げたいとかを考えて、主に役者陣に演技指導したりする立場。
裏方には大まかなイメージを伝えるだけってカンジかな」
「へ~、『演出』が映画監督、ねぇ」
「対して『舞台監督』……いわゆる『ブタカン』は、演出が作りたいと思う舞台を、裏方班と連携して実際に作っていく役割なんだ。演出のイメージを正確に把握して、それを実現するために各裏方班の連携を図ったりとかさ。
その上で、練習中や本番中に事故が起こらないよう、舞台上全般を監督する。
だから『舞台監督』」
「へぇ~、すごい大事な役職じゃない!」
「うんうんっ、俳優科生なのにそんな大事な仕事を任されるなんてすごいよ~!」
陸奥も三河も、役にあぶれてしまったオレに気を遣ってくれているのか、ことさら喜んでくれる。
でも三河の言うとおり、本来ならブタカンは脚本演出科の生徒が受け持つべき役職だ。
脚本のコンペで落選した演出科生が次に目指すのは、演出と舞台監督の座だ。
この演目では脚本を手掛けた天野自身が演出をするため、演出科生にとっては舞台監督に就くことが一番の目標だったはず。
それをこんなポッと出の、しかも役にあぶれて裏方に回されたオレなんかが就いてしまって、本当によかったんだろうか。
密かに考え込んでいると、今まで黙っていた伊達がそっとレッドブルのロング缶を差し出してきた。
「……それほど天野に見込まれたということだろう。大変な役職だと思うが、ジャンになら任せられる……そう思ったんだろうな」
まるでオレの悩みを見透かしているかのようだ。その言葉に頷いて、よく冷えた缶を受け取る。
「まぁ、折角のご指名だから死ぬ気で頑張るよ。やりがいのある仕事だと思うし。コレ、サンキューな」
「……司書さんに見つかったら怒られるから……」
そう言うと、伊達は人差し指を口に当て、ホッとしたように目を細めた。
もしかしたら、自分が義経役を勧めたせいで裏方に……なんて気にしていたのかもしれない。
折角役につけた皆を気まずくさせないためにも、明るく前向きに頑張らないと!
気合いを入れ直して、ふと気付く。
「そういや相模は?」
尋ねると、三人が一瞬微妙な顔をした気がした。けれどすぐに三河がにこにこして言う。
「相模君は、読み合わせで台詞が多くてちょっと疲れちゃったんだって~。練習場で休んでる」
「台詞覚えるの大変みたいだよ。なにせ相模のオツムだしね」
陸奥も悪戯っぽく笑って肩を竦める。
「……そっか」
一瞬漂ったヘンな空気はなんだろう。
尋ねようとすると、伊達が時計を見上げた。
「……そろそろ時間だ、もう戻らないと」
いつもと変わらない口調。気のせいだったんだろうか。
「あ、おう。頑張ってな~」
「ジャン君もね~!」
「あ、モジャ男が七時の解散前に、一度顔出してくれって」
「了解ー」
手を振って三人を見送ると、こっそり缶を煽ってから画面に向き直る。強い炭酸が喉を焼く。
応援してくれる皆のためにも、この演目に携わる全てのスタッフのためにも。所詮俳優科の人間だからとか、『役落ち』のブタカンなんて言われないよう、しっかりやらないと。
決意を新たに、再びキーボードに指を走らせた。




