青少年は悩みの塊4 「ありがとう」
オレ達四人は、自転車を飛ばして急いで昨日のカフェにやってきた。窓から中をうかがうと、まだ伊達も彼女も来ていない。
オレ達が来ていることを伊達に悟られないよう、自転車は店の前じゃなく駅の駐輪場に止めてきた。
相変わらず店内はカップルが多い。そこへ野郎四人で突撃して、昨日の席からパーテーションを一枚挟んだ席につく。彼女は昨日と同じか近くの席に座るだろうというのが、相模の推察だった。
ちょうど観葉植物の影で、入り口からも見えづらい席。伊達が入って来るなりオレ達に気付き、入り口でUターンすることもないはずだ。
なんだか探偵ごっこでもしてるみたいだ。
相模は運ばれてきたコーヒーを口に運び、入り口の方を注視する。
「……来たぞ。カノジョだ」
その言葉にこっそり見やれば、確かに彼女だった。相模の予想通り、昨日と同じ窓際の席に一人で座った。
彼女を視界に捉えるなり、なんとかキャラメルフラペチーノなる舌を噛みそうな名前のなにかを飲んでいた陸奥が、うえっと舌を出す。
「……ちょっと、ホントに別の男と結婚するんだよね? 復縁迫ろうってんじゃないんだよね? なにアレ、服もメイクも気合い入りすぎじゃない?」
言われて見れば、確かに昨日一昨日とは違い、胸元も肩もざっくり開いたオフショルダーのカットソーに、膝上の丈のミニスカート。口紅の色も違うような。
「そりゃ、今日は伊達に会えんのが確定だと思ってるだろうから、気合い入っても仕方ねぇんじゃねぇ?」
「うへぇ……『最後にキレイなワタシを見て、そしてちょっとでも惜しいと思いなさい』ってこと? ヤな女……」
相模がフォローするも、陸奥はゲスな勘ぐりにますます顔をしかめる。
なにもそこまでとは思うものの、過去の彼女と伊達の関係に否定的な陸奥だからしょうがないのかもしれない。
こういうことに対する感覚ってホント十人十色だな、とコーヒーを飲みながら思う。
普段の言動で見れば、一番拒否反応を起こしそうなのは、外見も内面もあどけなさが残る三河だと思うのに、三河は意外と寛容だ。
杏ちゃんとと仲直りしたてで、気分がいいことも大きな要因かもしれない。
見た目は幼くても言動が大人びている陸奥は、この通りの反応だ。拒否反応どころか、汚い、穢らわしいとさえ思っているようなフシがある。経験のなさがより潔癖にさせているんだろうか。
見た目年齢でいけば真ん中のオレはといえば、戸惑ってばかりでなんとも言えない。伊達の過去には驚いたけど、まぁ伊達だからな、と納得してしまっている所がある。
勿論、伊達が日頃から女関係にだらしないとかそういうことじゃなく、酸いも甘いも経験済みだからこそ大人びているんだな、という意味で。
昨日意外と軟派な一面を見せた相模は、とてもニュートラルかつリベラルだ。年上の彼女と付き合っていたというから、伊達と一番感覚が近いのかもしれない。
もっと言えば、伊達よりもむしろ相模の方こそ奔放なんじゃないかと思う。
身体と心はすでに子供から大人への過渡期にあるのに、社会的な立場で言えばまだなんの責任もない子供で、色々な制約や規律で大人から抑圧されている今の年頃だからこそ、あらゆることの個人差が大きいのかもしれない。
三河は時間を確認して顔を曇らせる。
「来ないね~……伊達君」
三河は今日もこの後レッスンがあるんだ。
「そろそろ出ないとマズい?」
「んー、もうちょっと平気、かなぁ……」
そんな三河以上に時間を気にしているのが彼女だった。腕時計に何度となく目を落としては、その度にため息を零している。
せわしなくカップに口をつけ、早くもコーヒーは三杯目だ。
彼女をここまで駆り立てるものはなんだろう。
伊達に対する罪悪感?
贖罪の意識?
多分それだけでは言い表せないものがあるんだろうな、と彼女の必死な横顔に思う。
相模の言うように、お子サマのオレには計り知れない、男女の機敏なるものがあるんだろう。
ふと、台本の義経が頭を過ぎった。
危険な都落ちに恋人の静を同行させるなんて短絡的な、と思っていたけど、そうじゃないのかもしれない。命の危険と量りにかけても、離れがたい様々な感情が渦巻いていたのかもしれない。
簡単な選択じゃなかっただろうことも、今なら分かる。
義経はただ情に流されただけの、愚かな男じゃなかったんだ。
「……読み込みが甘かったなぁ……」
思わず口に出して呟くと、隣の相模が怪訝な顔をする。
いよいよオレ達のカップも空になった頃、彼女は諦めたように鞄を手に取った。
「あ、行っちゃう!」
「伊達のヤツ……ホントにバックレたな」
陸奥がギリッと親指の爪を噛む。
立ち上がる彼女を、誰も止められやしない。
彼女が伝票に手を伸ばした時だ。彼女の動きがピタリと止まった。
「?」
彼女の視線を追うと、店のドアが開いた。入ってきたのは、いつも通り無表情な伊達だった。
「ぃよっしゃ、そうこなくっちゃ!」
相模が思わず指を鳴らす。慌ててその口を塞いで縮こまった。
伊達はすぐに彼女を見つけて歩み寄る。彼女は固まったままだ。
身じろぎ一つしない彼女のそばまで来ると、伊達は席にはつかずじっと彼女を見下ろした。
ややあって、口を開く。
「……呼ばれたから、来た」
……おいおい、そんなぞんざいな言い方あるかよ。なんか他にないのか、「久しぶり」とか「元気だったか」とかさ。
けれど、彼女の涙腺を崩壊させるには充分な言葉だったらしい。
双眸から大粒の涙を落とすが早いか、彼女は伊達に縋るように抱きつく。
「貴久君……! 来てくれたのね!」
おぉう、もう見ちゃいらんない。
両手で顔を覆ったものの、やっぱり気になって指の隙間からのぞいてしまう。
伊達はそっと彼女の肩を押し返し、身体を離す。
「……こういうつもりで呼んだのなら、帰る」
「待って! 待って、違うの! わたし、君に謝りたくて……!」
眼鏡の奥の伊達の目が、かすかに細められる。
「別に……実華さんだけが悪いなんて思ってない」
伊達が彼女の名前を口にしたことで、二人の関係がよりリアルに感じられて、こっちの方が赤くなってしまう。
実華と呼ばれた彼女は、昨日の指輪を取り出して指にはめた。
「わたしね……結婚するの、もうすぐ。貴久君……許して、くれる? こんな私が幸せになっても……」
懺悔するような彼女の言葉に、伊達は小さく首を振る。
「……許すもなにも。自分の許可なんて要らないはずだ」
「……でも……」
涙を零し続ける彼女の瞳が切なげに揺れる。
ああぁ、もう! ちょっと伊達! もうちょいなんか言い方あるだろぉ?
伊達のつれない言葉の数々に、彼女は涙を指で拭うと決心したように顔を上げる。
「……相変わらずなのね。安心して、もうこんな風に押しかけたりしないわ。今まで色々とごめんなさい……それじゃあ」
そう言うと、彼女は佇む伊達を避け立ち去ろうとする。その目からは、また涙が流れていた。
「……実華さん」
そんな彼女を、不意に伊達が呼び止める。
肩越しに振り向く彼女に、伊達はうっすらと微笑んだ。
「……おめでとう」
彼女は大きく目を見開いて息を詰める。それから綺麗な顔をくしゃりと歪ませて、
「ありがとう」
最後に心からの笑顔を残して去っていった。
彼女が店から出て行くと、四人で一斉に息を吐く。
「っはー、冷や冷やしたぜぇ!」
「伊達君、オトナだね~」
「どうなることかと思った……言ったな、伊達……」
「…………で、ここでなにしてる?」
口々に言い合っていると、伊達がいつの間にかオレ達の横に立っていた。
「うおっ! びっくりした!」
「あ、見つかっちゃった!」
「べ、別にデバガメってワケじゃ……ただ伊達が心配で……!」
言い訳するオレ達を見下ろしてやれやれとため息をつくと、伊達は踵を返して店を出て行く。
オレ達も会計を済ませ、急いで後を追った。
店の前でなんと声をかけていいか迷っていると、相模は伊達の肩にガシッと腕を回す。
「分かる、分かるぜ伊達ぇ! いくら元とはいえ、カノジョが結婚しちまうなんてそらショックだよなぁ!」
「……別に……」
「いいからいいから、分かってんだって! よぉし、今夜はパーッと『伊達君を励ます会』でもすっか!」
底抜けに明るい相模の声にホッとして頷く。
「だなぁ、それもいいよな!」
「じゃあ、今夜は皆でなにか食べに行く~?」
「賛成~!」
ところが、やっと和んだ空気の一角に、未だ凍てついた空間がある。
陸奥だ。
陸奥は伊達と合流してからというもの、まだ一切口を開いていない。そっぽを向いたまま黙りこくっている。
「陸奥……」
伊達は相模の手をすり抜け、陸奥に歩み寄る。けれど陸奥は見向きもしない。そんな様子を見かねて、相模はパタパタと手を振る。
「おい陸奥、いつまでヘソ曲げてんだよ。もう済んだことじゃねぇか。それにお前も男なら、ちったぁ伊達の気持ちも分かんだろ?」
それでも陸奥はなにも言わない。そんな陸奥に、伊達は控えめに声をかける。
「陸奥……さっきは、その……感情的になって悪かった……」
「…………」
「……すまない」
ようやく陸奥が伊達の方を向いた。
冷ややかな視線で一瞥するや、片足を伊達の足の間に差し入れたかと思うと、そのまま真上に蹴り上げた。
「っぎゃああぁぁ!」
堪らず声をあげたのはオレと相模だ。痛々しい光景に、思わず二人して股間を押さえてしまう。
急所への痛烈な一撃に、伊達は声もなくその場に膝を折る。
「ちょ、ちょっと陸奥君! 伊達君がフノーになったらどーすんのーっ!」
「なるワケないでしょ、この程度で。大層お元気みたいだし」
にべもない。
陸奥は崩れ落ちた伊達を冷たく見下ろす。
「二度とだらしないマネしないよう、ちゃんとご自慢の息子躾けときな」
「…………肝に、銘じる……」
「反省してんの?」
「……心から」
伊達の苦しげな宣誓を聞き届けると、陸奥はオレ達に向き直りにっこり笑顔で言う。
「僕、甘いもの食べられるお店がいい」
ええぇ、伊達君を励ます会なんですけど……なんて、誰もツッコめやしない。ツッコめるワケがない。
そういうことで、三河のレッスンが終わったら、デザート類が充実しているファミレスに行くことになった。
三河を駅まで送ると、相模はうんと伸びをした。
「やれやれ。これで一件落着、だな」
「お疲れさん」
その肩を叩いて息を吐く。
「なんか、皆オトナだなぁ……オレなんて演劇のことしか考えてないや」
「んー? お前はそれでいいんじゃねぇ?」
「そっかなぁ……」
なんだか落ち込んでしまうオレに、相模は白い歯を見せて笑う。
「そうだって。まぁ、いつかはジャンとカノジョのグチ言い合ったりしてみてぇけど」
「む。上から目線だなぁ、お前だって今はカノジョいないだろ」
「それもそうだな」
ちらりと振り向くと、伊達はまだ陸奥に対してビクビクしているし、陸奥は陸奥でツンと顔を背けているけど、直に元に戻るだろう。
なにはともあれ、これで長い一日が終わった。
オレ達は時間を潰すべく、揃って街へ歩き出した。




