青少年は悩みの塊3 「お前には関係のないことだ」
おかしい。
昨日までオーディションの結果が気になって、それだけで頭がいっぱいだったのに。というか、今だって気になって仕方ないのに。
……オレはなんでこんな小洒落たカフェで、お一人様してんだ?
相模達を追って駅前のカフェに入ると、木曜の夕方まだ早い時間だってのに、店内にはそこそこお客がいた。おまけにカップルばっかりだ。
なんとも居心地が悪くて、運ばれてきたカフェラテに頻繁に口をつける。
四人掛けの丸テーブルについた二人は、向かい合って座っている。
歳は離れているけど、相模はガタイがよく大人びてるし、彼女も肌が綺麗で若々しいので、そうしているとちゃんとカップルに見える。彼女が伊達といた時も、周りからこんな風に見えていたんだろうか。
相模は彼女が落ち着くのを待って口を開く。
「……で? お姉さんを待たせてたのはどんなヤツ? 酷ぇ男だよな、こんな美人を二日間も待ちぼうけさせるなんてさ」
相模がわざと悪し様に言うと、彼女は慌てて首を振る。
「違うの、彼は悪くないの……悪いのは、全部わたしなのよ」
彼女の目にうっすらと涙が浮かぶ。もうこんなカフェじゃなく、どっかのバーの方が似合いそうな展開になってきたぞ。
相模はすかさず彼女の隣に移って肩をさする。
「あぁ、ほら……泣かないでくれよ。
それなりに歳離れてるみてぇだし、今まで誰かに相談したり、吐き出せたことなかったんじゃねぇ?
俺みてぇな後腐れないヤツの方が話しやすいってこともあるだろ? 話してみなよ」
彼女は少し躊躇った後、小さく頷いた。
オレの知ってる相模はどこ行った?
なんだかもう、芝居の一幕を観ているような気になってくる。
彼女は両手でカップを包み、ぽつりぽつりと話しだす。
「彼はね……わたしが前に勤めてた病院の、先生の息子なの。先生の奥様もそこの看護士で……とてもよくしてもらってた。
時々、彼が用事で病院に寄ることがあったの。その時まだ彼は中学生だったけど、大人で物静かで……最初は、医者の息子だし、打算的な部分もあって、よく話しかけてたんだけど……でもそのうちに、どんどん惹かれていって……」
頭の中でぼんやりと中学時代の伊達を思い描こうとする。
……ダメだ、今より子供な伊達が想像できない。多分、今とそれほど変わらない早熟な子供だったんだろう。
少なくとも、二〇代の彼女が思いを寄せてしまうほどには大人びていたはずだ。
相模はなにも知らない顔で首を捻る。
「中学生か。そりゃ結ばれるまでには苦労しただろうな。告白なんて、そうできなかっただろ?」
彼女はカップの中のコーヒーに視線を落とす。
「それが……ある日、彼が風邪をひいて一人で家にいるから、様子を見に行って欲しいって奥様に頼まれて……先生も奥様も、手が放せなかったから……
それで家にお邪魔して、広い家の中で一人きりで熱にうなされてる彼を見たら……その……堪らなく切なくなって……」
「……それで、告白したんだ?」
彼女は両手でガバッと顔を覆った。
「そう……というか…………無理やり迫っちゃったのよ、わたし! 最低でしょ!」
そのままテーブルに突っ伏して、シクシクと泣き始める。
……ツッコんでいいかな、いいかな。
さも被害者みたいに泣いてっけど、被害者は伊達の方だからな!?
……んん? でも結果的にちょっととはいえ付き合ったんだから、結果オーライなの? どうなのコレ?
混乱しきりなオレとは違い、相模は落ち着き払った様子でそっと彼女の頭を撫でる。
「そっか……でも、それがきっかけで付き合うようになったんだろ?」
「付き合うっていうか……」
彼女は少し顔を上げて、濡れた目許を拭う。
「彼がもともと、わたしのことなんてどうとも思ってないのは分かってたから、必死にまとわりついて……でもダメだった。
一時は溺れてくれた彼も、三ヶ月もすると冷静になって……こんな関係はやめようってフラれたわ。でもどうしても諦めきれなくて……!
わたしが色々教えてあげたのに、それを同じ歳くらいの子に当たり前のように使われると思うと悔しくて……六条御息所なんて、わたしはまっぴらだったの!」
六条御息所は、源氏物語に登場する美貌の未亡人だ。
随分年下の光源氏に女性の扱い方を教えた人で、その手管を使って光が若い女の子たちと結ばれるのに嫉妬し、生き霊となって光の恋人達をとり殺してしまう。
有名な話だから、例えとして出してきたのは分かる。分かるけど……
なんとも言えない気分になってカフェオレを啜る。
「それでしばらく……半年くらいかしら。学校帰りの彼を待ち伏せして、手紙を渡したり……日曜にでかける彼の後を、デートじゃないかと勘ぐってつけてみたり……
ホント、ストーカーよね。
でも、これじゃいけないって、仕事を変えてなんとか吹っ切ったの……」
「そうなのか、そりゃ辛かったな……」
相模の真意は分からないが、また頭を撫でて彼女を宥めすかす。
仮に彼女の隣にいるのがオレだったら、どうしただろう。あんな風に素知らぬ顔で、彼女に優しくできただろうか。
全く、マイ・心の友というヤツは、オレが思っている以上に役者なのかもしれない。オマケに、普段アホなことばっかしてるクセに随分オトナだ。
親身な様子で彼女に頷きかける相模の横顔を、しみじみと盗み見る。
「でもそれが、今になってどうして?」
優しい口調で尋ねると、彼女はポーチから小さな箱を取り出した。その中からダイヤの嵌まった指輪を出し、左手の薬指にそっとはめる。
「……実はわたし、再来週結婚するの」
カフェオレを吹き出しかけて、なんとか堪える。我ながらなんとも緩い口元だ。
そんなオレにはもちろん気付かず、彼女は愛しげに指輪を撫でる。
「とっても素敵ないい人よ。こんなわたしにも優しくしてくれて、大事にしてくれて……」
「ならなおさら、なんで今ソイツに会いに?」
彼女は思い詰めたような顔で言う。
「……結婚する前に、彼にきちんと謝りたいの。あの時は無我夢中で、自分のことしか考えられなかったけど……今なら分かる。自分がどれだけ幼い彼に対して酷いことをしたのか……
謝ってからじゃないとわたし……このまま嫁ぐなんてできない、しちゃいけない……そう思って。
式の直前で忙しいのに、婚約者にはどうしても結婚前に一人の時間が欲しいってウソついて……
それでも、どうしても……彼に会って、一言謝りたいのよ」
彼女はもう泣き崩れたりはしなかった。濡れた真摯な眼差しで相模を見つめる。
その視線を正面から受け止めて、相模はよしと頷いた。
「そういうことなら、俺に任せときな。俺からソイツにお姉さんと会うよう話つけてやる」
「……ホント?」
縋るような瞳に、相模は頼もしく頷いて見せる。
「お姉さんがこうしていられんのはいつまでだ?」
「明日……明日の夕方の新幹線で、もう帰らないと……」
「そっか。なら明日の放課後、またここで待ってな。俺がソイツに伝えてやるよ。ソイツの名前は?」
「……一年生の……俳優科、千葉貴久君」
「科まで知ってるのか、よく調べたな」
相模がからかうように言うと、彼女は自嘲気味に眉を寄せる。
「SNSで、彼の中学の同窓生のコミュニティを片っ端から当たったの」
ひいいぃ、怖ぇ! 内心ガクブルなオレとは違い、
「そりゃすごい」
相模は口笛でも吹きそうな調子で肩を竦める。
「相当不審がられたけど、今更なりふり構ってられないわ」
「そりゃそうか」
それから二、三言交わし、彼女は席を立つと深々と相模に頭を下げた。そして、二人分の伝票を手に歩き出す。
彼女が店を出てしばらくすると、相模がコーヒーを手にオレの席へ移動してきた。その顔を改めてしげしげ見やる。
「はー……なんというか、お疲れ。なんだよお前、お前がそんなナンパテク持ってるなんて知らなかったぞ」
相模は冷めたコーヒーを飲みながらピースする。
「俺みてぇな三枚目は、自分から話しかけてナンボだからな」
「別に……」
三枚目というほど悪い顔はしてないが。
言いかけてやめた。男同士褒めたところで虚しい。
「で、どう思う? 彼女の話、ホントかな」
「結婚云々ってヤツ? ホントだと思うぜ、じゃなきゃあんなエンゲージリング持ってねぇだろ。ブランドもんだぜありゃ」
「でも……謝りたいってだけで、結婚前の忙しい時期にわざわざ新幹線で来るかな?」
素直な疑問を口にすると、相模はニヤリと唇の端をつり上げる。
「男女の機微は、お子サマなお前には分からないほどフクザツで、一筋縄じゃいかねぇもんなんだよ」
「なんだろう。すげー感心したのにグーで殴りたい」
「調子乗ってすんませんっしたー!」
相模はがばっと頭を下げる。どうやらいつもの相模に戻ったらしい。
「ジャンはどう思う? 俺としては、明日伊達を引きずってでも連れてくるつもりだけど」
「うーん……」
正直言うと、オレは彼女にいい印象が持てなかった。
好きじゃない、とまではいかないけど、なんとなく鼻につく。
過去の過ち云々はこの際置いておくとしても、どうも彼女は自分に酔っているフシがある。自分を源氏物語のヒロインに例えたり、結婚直前の婚約者を放って、元カレに会いにこんなところまで押しかけたり。
オマケに行きずりの相模の前であんなに泣いて見せるのも、なんとなく劇場型な恋愛体質を思わせる。
それを素直に話すと、相模は感心したようにオレを見た。
「お前、彼女いねぇワリによく観察してんな」
「うるへー」
人間観察は、『人間』を演じる役者の大事なプロセスだ。
第三者として見ていて、思ったことがある。
「……でも劇場型だからこそ、うまくあしらいやすいかもしれない」
「っつーと?」
「多分彼女は……オレの勝手な推測だけど……謝りたいっていうより、伊達に『おめでとう』って背中押して欲しいんじゃねーかな? それさえ言ってもらえれば、大人しく帰ってくれそうな気がする」
「一昔前のトレンディドラマかよ……まぁでも、それはありそうだな。っつっても、あの伊達が言うかよ、そんなこと」
相模の言葉に思わず考え込む。
フツーなら、元カノが他の男と……と言っても仲間内の相模だけど……二人きりになるのを見たら、もう少しなにかしら反応があってもよさそうなのに。
伊達は一切そういう素振りは見せなかった。興味どころか関心すらないと言わんばかりに。
「……けど、カノジョ明日には帰っちまうしなぁ……」
「うーん……万が一明日伊達に会えなくて、諦めきれずに残られたとしても……来週の月曜日にはキャスト発表、発表の後は早速放課後も練習で忙しくなるだろうし……」
「なんにせよ、明日伊達の首に縄つけてでも引っ張ってくるしかねぇな」
「……それしかないか」
なんとなく憂鬱な気持ちで、カップの底に残った液体を喉に流し込んだ。
◇ ◇ ◇
「……っつーワケだ。どうだ、カノジョと少しでもいいから話してみねぇか?」
放課後、人気のなくなった教室で、相模は伊達に昨日の顛末を話した。
三河は無事に杏ちゃんと仲直りできたようで、朝からご機嫌だ。もやもやが晴れて伊達のアレコレにも寛容になれたらしく、彼女の話に少しだけ目を潤ませている。
「はぁ……すごいね~、謝りたい一心で仙台から来るなんて……なんていうか、すごい情熱だよね」
一方陸奥は、そばで話は聞いているものの未だおかんむりだ。今朝から徹底的に伊達をいないものとして扱っている。
さすがに伊達が不憫だけど、こういう感覚ばっかりは他人がなにを言ってもどうにもならない。
伊達はそんな陸奥の態度が相当こたえているようで、朝からいつも以上に覇気がない。気付いたら倒れてた、なんてことがあっても不思議じゃないくらいの落ち込みようだった。
彼女の話を聞いても、血の気が失せた顔はぴくりとも動かない。
「……別に、改めて謝ってもらうほどのことでもない……彼女だけが悪いとも思っていない」
どこか遠い目をしたまま呟く伊達に、相模が詰め寄る。
「伊達はそうかもしんねぇけど、それじゃカノジョの気持ちが収まんねぇんだってよ。
なにも復縁迫ろうってんじゃない。話さえ聞いてやりゃ、結婚してもうつきまとわれることもねぇんだ。悪い話じゃねぇだろ?」
「……今更、どんな顔して会えと?」
「その顔でいいじゃねぇか、ちょっと死にかけてっけど……」
相模が言うと、伊達は緩く頭を振って立ち上がる。
「行く気になってくれたか?」
「……断る」
「え~っ、なんで伊達君! カノジョさん、きっと待ってるよ? 一人ぼっちで、伊達君が来るの待ってるよ?」
「……元彼女な……正直、今更迷惑だ」
言い募る三河をも振り払い、伊達は鞄を手に取った。すかさずオレも口を出す。
「いいのかよ、このままで。カノジョ……いや、元カノさんはただ、伊達に謝りたいだけなんだって」
「…………」
伊達は無言で教室を出て行こうとする。
その時、陸奥が口を開いた。
「……落とし前つけてきなって、僕言ったよね? うやむやにしてバックレるつもりなら、伊達とはもう口きかないよ」
その言葉に、ドアのところで伊達の足が止まる。そして握った拳をドアに打ちつけた。重い音が、閑散とした廊下に響く。
「……お前には、関係のないことだ……」
伊達が怒ったところを初めて見た気がする。伊達はそのまま教室を出ていってしまった。
「あっ、駅前の『cicoria』って店だからなーっ!」
相模が伊達の背中に呼びかけたものの、返事はなかった。
……普段大人しいヤツが怒ると恐い。
なんとなく相模と顔を見合わせる。相模はガシガシと頭を掻いた。
「……っはー……ちょっとお節介が過ぎたか」
「いや、でも相模が頑張らなかったら、彼女の真意も分からなかったわけだし……」
三河は初めて目の当たりにした伊達の怒りにおののいていた。
「どうしよう……でも、元カノジョさんをこのまま放っておくわけにもいかない、よね……?」
呟いて、気遣わしげに陸奥を見やる。三河の視線を受け、伊達が去ったドアを睨んでいた陸奥はふぅっと息をつく。
「なんだよあの言い方、腹立つ……でもま、大丈夫でしょ。伊達なら本当にバックレたりしないよ」
「でも……」
「大丈夫だって。さて、伊達がどう落とし前つけるのか見に行こうか」
そう言うと、陸奥は鞄に荷物を詰め始める。
「見に行くって? 行くのか?」
陸奥は当然のように頷く。
「じゃないと僕、このまま伊達と卒業まで話さないことになるよ」
それは困る。
ギスギスした空気なんて、今日一日だけで充分だ。
オレ達は四人で昨日の店に向かうことになった。




