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青少年は悩みの塊2 「はんかくせぇ」



 明くる日の放課後。

 オレ達は自主練もせずまっすぐ帰り支度をすると、例によって校門近くの木陰に身を寄せた。


「あ、そうあの人! 昨日ぼくに話しかけてきた人!」


 今日はレッスンのない三河も一緒だ。

 伊達のストーカーと化した元カノが、仙台からわざわざ出張ってきたと話をして、こうして五人コソコソのぞいているワケなのだが。

 件のカノジョさんは今日もいた。

 ワンピースをサマーニットに着替え、長い髪を一括りにしている。うなじに落ちる後れ毛がなんとも色っぽい。大人の女性って感じがする。


「ちょっと伊達……どうすんのさ? 今日も来てるよ?」


 陸奥が肘でつつくと、伊達は心底困ったように眉間にしわを寄せる。


「……仕方ない。今日も裏門から帰るか……」


「えっ? あのまま置いて帰っちゃうの?」


 伊達の呟きに三河が目を丸くする。


「そんな、あんまりだよ~……ストーカーになっちゃったとはいえ、元々好きで付き合ってたんでしょ?」


 確かに。傍目に見る彼女は見るからに人待ち顔で、ぽつんと立つ姿は儚げでもある。

 とても理性をなくして伊達を追いかけてきた女性には見えない。


「その……なんと言うか……」


 伊達は伊達で、なんだかハッキリしない。伊達が躊躇するほどの恐ろしいストーカー被害にでも遭ったんだろうか。

 木の葉の間からチラチラと彼女をうかがいつつ、相模は難しい顔をする。


「うーん……わざわざ伊達に会いに、仙台からここまで追っかけてきたんだろ? 仕事休んでるのかなんなのか知らねぇけど……ちょっと可哀想な気もするな」


「……だが……」


 言葉を濁す伊達に、陸奥がイライラとかかとを鳴らす。


「そんなに困ってるなら、ストーカーの被害届出すなり、学校の前なんだから先生呼ぶなりすりゃいいじゃない」


「……いや、それは……」


 伊達は確かに困っているようだけど、そこまで大事にしたくはないようだ。

 今となっちゃストーカーでも、三河の言うとおり当時は確かに好きだったんだろうし、その気持ちも分からなくはない。

 相模はガシガシと髪を掻きむしる。


「あー、ハッキリしねぇなどうも。

 そもそもどうやってあんな年上捕まえて、どんな酷ぇフリ方したらストーカーになんだよ? ストーカーってそもそもナニされたんだよ?

 そこンとこハッキリしねぇと、お前に同情していいのか、おねぇたまに同情していいのか分からんぜ」


 伊達はしばらく躊躇った後、観念したように木の根元に腰を下ろした。立てた膝に肘をつき、しんどそうに額に手を当てる。

 オレ達四人も伊達を囲んでしゃがみ込む。帰り際の生徒達が不思議そうな顔で見てくるけど、構っちゃいられない。

 人の恋バナ……それも別れたカノジョの話なんて聞くのは初めてで、やたら喉が乾く。鞄からペットボトルのお茶を取り出し、一口飲んだ。


「……どうやって捕まえた、か……捕まえたというか、捕まったというか……」


「そういうのいらないから。『いつ・どこで・誰が・なにをした』でざっくり話しな」


 苦しげに言葉を吐く伊達を、陸奥は容赦なく追い立てる。伊達は手のひらで半ば目許を覆う。


「『いつ』……中学二年に進級してすぐの頃……」


「『どこで』?」


 陸奥は伊達の話が脱線しないよう、きびきびと尋問する。


「……熱を出して学校を休み、家で一人で寝ている時に彼女が来た……彼女は父の医院に勤める事務員で……自分とも面識はあったから、様子を見てくるよう頼まれて……」


「ん? よく分からない……それで『誰が』? ていうか、この場合どちらから?」


 陸奥は首を捻りながら先を促す。


「……彼女が……というか、彼女に……」


「『なにをした』?」


「…………………………寝込みを、襲われた」


「ぶへっ!」


 またお茶を飲んでいたオレは盛大に吹いた。でもそんなことには誰も構わない。驚いて伊達に詰め寄る。


「おまっ、ちょ、マジでか!」


「病気で寝てる子を……酷い、信じられないよーっ!」


「ていうか、それ犯罪だから! 相手歳いくつ!?」


 口々に言われ、伊達はなんとも言えない顔をする。


「ていうかさ、それがどうして『カノジョ』になるのさ、ありえないでしょ! その時のことをネタに脅されたりしてたワケ?」


「……いや、その……」


「それじゃあホントに犯罪じゃない! 伊達君、ちゃんとご家族に相談したのっ?」


「だから……その……」


 半狂乱で言い募る陸奥と三河に、伊達は空いた手を胸の辺りでくるくる回す。まるで、そこまで出掛かった言葉を掻き出そうとするかのように。

 それを見てピンときた顔をするなり、陸奥は軽蔑に満ちた眼差しを向けた。


「まさか……脅されたワケじゃなくて、うっかり溺れて流されちゃいましたー……とか言うんじゃないよね?」


「えっ?」


 伊達はしばらく息を詰めていたものの、ややあって深く吐き出す。


「その……そういう部分があったことは否定できないが……でもすぐに、こんな関係は間違いだと別れを切り出した」


 ……。

 …………。

 ………………。

 誰かおせーて。

 こんな時、どんな顔すればいいか分からないの……ネタじゃなく真面目に。

 陸奥は伊達を射殺しそうな目で見ている。

 三河は呆気にとられた顔をしている。

 オレは多分、口が開いてる。

 相模は……あ、相模が動いた。

 相模は伊達の肩を叩く。


「まぁ……中二じゃあなぁ……オマケに相手から迫ってこられたんじゃ、そういうこともあらぁな。

 で、円満に別れられたのか?」


 さすがは相模さん、オトナです。

 伊達はなるべく陸奥と三河を視界に入れないよう、相模に向き直る。


「……別れられた、はずだった。少なくとも別れ話をした時には……けれどその後、学校の帰り道で待ち伏せされたり、何度も手紙を寄越されたり……どういうわけか母と仲良くなって、家の中にあがりこんでいた時には背筋が凍った……」


 ごめん。今オレの背筋も凍りついてる。

 伊達の意外すぎる過去に、なんも言葉が出てこない。


「で、そのまま横浜に逃げてきたのか?」


「いや……別れて半年くらいで、彼女は医院を辞めて……それから接触は特になかったんだが……」


 伊達は口を噤むと、苦々しく息を吐いた。重苦しい沈黙が落ちる。


「……あ~ぁ、付き合ってらんない」


 口火を切ったのは陸奥だった。立ち上がり、いかにも退屈そうに大きな欠伸をする。


「僕帰る。くっだらない、付き合ってらんないよ」


「あっ、おい陸奥!」


 呼び止めると、陸奥は呼び止めたオレを通り越し、伊達を鋭く睨む。


「自分で蒔いたタネでしょ? ぐだぐだ言ってないで、しっかり落とし前つけてきな。ったく、げに(ホンット)はんかくせぇ(バカくさい)……」


 それだけ言うと、陸奥はスタスタと駐輪場の方へ去っていった。

 強烈なトドメをくれられて、伊達はもはやノックアウト寸前に見える。

 三河も思い詰めた顔で立ち上がる。


「ごめんね。ぼく、帰って杏ちゃんともう一度よく話してみる」


「三河?」


「ぼくはちゃんと杏ちゃんのこと好きだから、分かってもらえるまでしっかり話し合わなきゃ!」


 三河は弾かれたように駆けだしていく。伊達の話に、なにか思うところがあったんだろう。

 ……でも三河、ハッキリ言っちまったよ……『ぼく()』って。

 もちろん伊達が気付かないはずもなく、木にもたれて座る伊達は真っ白に燃え尽きて見えた。


「……どーするよ?」


 驚きはしたものの、とりあえず陸奥のような拒否反応はないので、伊達の唯一の理解者である相模を見やる。

 ……いや、そりゃ驚いたけどさ……同じ男だから、分からないでもない気がしなくもないような。それに、今更過去をどうこう言ったところでどうしようもない。

 相模はしばらく腕組みして考えた後、両手で膝を叩き腰を上げる。


「よしっ。ここはカノジョに、来た目的を聞かなきゃ始まらねぇだろ」


「えっ、どうすんだよ? イキナリ伊達と対面させるのか?」


 いいやと相模は首を振る。


「話聞くと、過去形とはいえやっぱストーカーさんだったみてぇだし、イキナリそれはちょっと不安だろ。俺に任せとけ」


 そう言うと、相模は額に落ちた髪を後ろへ跳ね上げる。


「任せろったって……」


「だーいじょぶだいじょぶ。俺の元カノも年上だったし……いや、あそこまで年上じゃなかったけど。ま、任せとけって」


 そう言うと、相模は鞄片手に校門の方へ歩き出す。


「あっ、おい! ……伊達、いいのか?」


 伊達を振り返るも、ぐったりとうなだれて動かない。

 あぁ、もう……

 仕方なく、一人で木陰から相模の動向を見守ることにした。



 相模は校門から出ると、さも今彼女に気付いたような顔で近寄っていく。


「おねーえさんっ。誰か待ってんの?」


 軟派な口調で声をかける相模に、彼女は少し警戒したようだった。無言で顔を背ける。

 相模はすかさず視線の先に回り込み、


「お姉さん、昨日もいたよな? 誰待ってんの? もしかしてカレシ?」


 尋ねると、『カレシ』の言葉に彼女の肩がぴくりと跳ねる。


「あっ、なんだ図星かぁ。ちぇ……じゃなきゃ俺がお茶にでも誘おうかと思ったのに」


 大袈裟に肩を竦めてみせる相模に、彼女はクスリと笑みを零す。


「高校生のクセに……大人をからかわないで」


 初めて聞く彼女の声は、風鈴の音みたいに高く澄んだ声だった。


「からかってなんてねぇよ、お姉さん美人だし。それに……『高校生のクセに』って言うけど、お姉さんが待ってんのもその『高校生』じゃねぇの?」


 彼女の笑顔がぴたりと止む。相模は少し腰を曲げて彼女の顔をのぞき込んだ。


「でも来ねぇんだろ、ソイツ。いつまでもこんなトコに立ってちゃ、そろそろセンセー達に気付かれて面倒なことになるぜ?」


 それは困ると言いたげに、彼女がそわそわと校舎の方を気にしだす。

 だめ押しとばかりに、相模は彼女の肩に手をかけた。


「なんかワケアリっぽいよな。俺なんかでよけりゃ、話聞くぜ?」


 一度不安に突き落とされてからの温かい言葉に、彼女は脆くも陥落した。

 相模に背を支えられ、ゆっくりと歩き出す。


「おいおい、マジか……やるなアイツ」


 心の友の意外なテクに、度肝を抜かれてる場合じゃない。


「伊達、お前どうする? オレは相模達を追っかけるけど」


 相模の自転車を持ってってやらないといけないし、なによりあの調子じゃ相模より彼女の身の方が危ぶまれる。いや、信じてるけどね? マイ・心の友。


「……自分がついていって、見つかったら元も子もない……相模に任せる」


 その言葉は力なく、素っ気ない。

 彼女に対して、本当に未練はないようだった。


「そっか。じゃ、行くわ!」


 オレは駐輪場から自分と相模の自転車を引っぱり出して、二人を見失わないよう急いで後を追った。




念のために。

本作は青少年の不純な異性交遊を推奨するものではありません。

創作物としてお楽しみくださいませ。


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