青少年は悩みの塊1 「どっちが大事だん!」
ここから四話程、年頃の彼らの演劇とは無関係な、主に恋愛事情に関する話が続きます。
三河の事情や、伊達の過去のヤンチャっぷりも出てきますので、苦手な方はお気をつけ下さい。
期末テストが終わり、夏休みが近づいてきた。
でも配役オーディションの結果がまだ分からないので、なんとも落ち着かない。授業も消化試合に入ったっていうのに、少しも夏休み気分になれなかった。
クラスの雰囲気も全体的に浮き足立ったような、反面ピリピリしているような、そんな空気に包まれていた。
「はぁ~……」
放課後、気もそぞろにいつも通り五人で自主練していると、三河がため息を零した。いつも元気印な三河だけど、今朝からなんとなく元気がない。
オーディションの結果が気になっているのかと思っていたけど、そういうワケでもないらしい。
今も、携帯を出してはしまって、出してはしまってを繰り返している。
「どうしたの三河? 朝からため息ばっかりだね」
陸奥も気になっていたようで、紅茶のペットボトルを傾けつつ三河を見やる。
三河は携帯の画面を閉じ、またため息をついた。
「うん……夕べ、杏ちゃんとケンカしちゃったんだよね……」
「アンちゃん?」
四人で異口同音に聞き返すと、三河は携帯を操作して写真を呼び出した。その画面をオレ達に向けて見せる。
「これが杏ちゃん」
「どれどれ?」
小さい画面を四人でのぞき込むと、プリクラを転送したらしい画像が写っていた。
コートを羽織った三河と、小柄な三河よりも更に小さい、ボレロ姿の女の子が頬を寄せ合っている。色白でどんぐり眼の可愛い、女の子らしい女の子だ。
その下には、『三月 半年記念日』なる文字が……
これは……
これってば、ひょっとして……
「え、えっと……これはもしかしなくても、三河のカノジョ……?」
恐る恐る尋ねると、三河はコックリ頷く。
「今は遠距離になっちゃったけど」
「ええぇ! 三河、カノジョいたのかよ!」
「マジでぇ!」
「へぇ、可愛いねぇ」
「……お似合いだな」
三河にカノジョがいるなんて初耳だ。思えば、健全な男子高生が五人でつるんでるっていうのに、こういう話はしたことがなかった。
それぞれに声をあげていると、相模が待て待てと両手を振る。
「なんだよお前ら。ドイツもコイツも後出し多すぎだろ、こっちの心臓がもたねぇよ! いい機会だ、今カノジョがいるヤツ挙手!」
ピッと手を挙げたのは三河一人だった。情けないかなちょっとホッとしてしまう自分がいる。
……フッ。喪男乙とでも言ってくれたまへ。
「なんだよ、そう言う相模はいねーのかよ」
気安く肩を叩くと、その肩がガクリと落ちる。
「ゲキ高入る直前に別れた」
あ、いたんすか。
「なんで別れたの?」
陸奥がズバッと斬り込む。ホント怖いものナシだな……
相模はちょっと遠い目をした。
「シた後、すぐ寝ちまうのが嫌だって」
……相模よ。
いや相模さんよ。非リア充なオレが気安く肩なんか叩けるお方じゃないじゃないっすか。
ガクブルしていると、伊達と三河がそれはないと首を振る。
「それはヒドいよ相模君、怒られても仕方ないよ~」
「……だな」
「だって疲れるんだもんよ、しゃーねーよな?」
えっ? えっ?
なんなんすか、この「経験者は語る」みたいな雰囲気は!
伊達はともかく、三河まで!
……あれ。あれ、違うって。みんながオトナなだけだって。
初体験の低年齢化云々とか言われてるけど、都市伝説だよ、な……? あれ、違うの?
ヘルプを求め陸奥を見ると、視線に気付いた陸奥はにっこり、「間違っても僕に話題振るんじゃないよ」と言いたげな冷ややかな笑みを浮かべた。
ズーンとへこんでいる間にも、リア充様方の会話は続く。
「伊達もカノジョいたんだな?」
「……昔の話だ」
「昔ってまた大袈裟な~」
「いや、本当に……中二の始めの頃の話だ」
中二? 始めの頃……だと?
どうなってるんだぜ日本……
どんよりしていると、相模がそっと耳打ちしてくる。
「……伊達って、案外こう見えてムッツリだったりしてな」
「知るか」
そもそも、無口で無表情な伊達が恋愛してる所がまず想像できない。カノジョがよほどおしゃべりな子じゃないと、間が持たないんじゃなかろーか……
ともあれ、今は三河だ。
「で、なんで杏ちゃんとケンカしたんだよ?」
三河が感情的になって喧嘩する所も想像つかない。
栗毛を揺らし、三河は体育座りした膝にアゴを乗せる。
「それがさ~……夏休み中もゲキ高祭の練習があるでしょ? だから、夏休みはそんなに愛知に帰れないって言ったんだ。
そしたら……ぼくが帰ってきたらなにしようって、アレコレ楽しみにしてくれてたみたいでさぁ……」
「あぁ~、寂しくて悲しくてが一周して、怒りに変換されちゃったパターンか」
相模がワケ知り風に頷く。
そんなパターン、あるんすね……全然話についていけない。
「そう……みたい。『お芝居とわたしとどっちが大事だん!』って言われて、ぼくもついカッとなっちゃって……どうしよ~!」
三河は両手で顔を覆う。
個人的には『大事だん!』が気になるけど、とても聞ける雰囲気じゃない。
「……それは、返答に困る質問だな……」
「うん、どうして女の子ってアレコレ比べたがるんだろう。どっちも必要で、比べられるものじゃないのに」
困ったように髪をかき上げる三河が、いつもよりオトナに見える。ていうか眩しい。経験値ぺーぺーなオレには、皆が眩しすぎて直視できねぇっす……むしろそんな贅沢な悩みに直面してみたいっ。
「……まぁ……どちらも大事だと言い聞かせてやるしかないんじゃないか?」
「だよなぁ。でも、『お前の方が大事だ』的なこと言ってやらないと火に油じゃねぇ?」
「でも、そう言ったとしても結局帰れないんじゃ、口だけって思われちゃうのもイヤだし……」
何度目かのため息を零して、三河は時計を見やった。
「あっ、もうこんな時間だ! ぼく、今日もレッスンあるから行くね」
神奈川での生活に慣れた三河は、ダンスのレッスン日を増やしていた。週二日、精力的にレッスンに通っている。
「じゃあ、また明日~!」
「おう、気をつけてなー!」
悩みを振り払うよう元気に手を振り、三河は部屋を飛びだしていった。
……いや、三河さんとお呼びすべきか……童顔リア充おそろしや……
「……皆色々大変だねぇ」
陸奥はヒトゴトのように伸びをする。
「早く仲直りできるといいな、杏ちゃんと」
「だなぁ。三河が元気ねぇと、こっちまでへこんじまうよな」
そんなことを言い合いながら、とりあえずストレッチを始めて少しした時、陸奥の携帯が鳴った。画面を見て、陸奥が首を傾げる。
「あれ、三河だ……どうしたんだろ」
「え? 三河?」
さっき出て行ったばかりなのにどうしたんだろう。陸奥はスピーカー通話をオンにして、オレ達四人の真ん中に携帯を置いた。
「もしもし、三河? どうしたの?」
『あ、陸奥君? それが、校門のところにヘンな人がいて……』
「ヘンな人?」
「気温も上がってきたし、頭沸いちゃってるオッサンでも出たか?」
相模が言うと、三河はホッとしたような声を出す。
『あぁ、皆にも聞こえてるんだね。伊達君いる? ねぇ、伊達君って名字千葉じゃなかったっけ?』
急に思わぬ話を振られて、伊達は電話だというのにうっそり頷く。
「……そうだが?」
『あぁ、やっぱり……今校門のところで、女の人に呼び止められたんだ。千葉って男の子を知らないか、もう帰ったのかって聞かれて……伊達君の知り合いかな?』
「……いや。自分は横浜に知り合いなんていないが……」
伊達は怪訝そうに眉を寄せる。
『そうだよね……ぼくもそう思って、咄嗟に知りませんって答えちゃったんだけど、もし伊達君の知り合いだったら悪いなと思って』
「……そうか。でも、自分のことじゃないと思う。わざわざすまない……」
『ううん。なんか切羽詰まったカンジでちょっと怖かったよ~……皆も気をつけてね。それじゃ!』
そう言って、通話が切れた。
「でもよぉ、千葉なんて名字そうそういるか?」
相模が腕組みして考え込む。伊達もアゴに手を当て、
「……仙台ではよくある名字だが……でも、横浜に知り合いがいないのは間違いない」
「そっか、ならやっぱ人違いなんかな」
すると陸奥が悪戯っぽく目を細める。
「でもさ、校門のところで待ってるなんて、なんかワケアリ風だよね。気にならない?」
「そりゃ、なるっちゃなるけど……」
でしょ、と陸奥は身を乗り出す。
「どうせオーディションの結果が気になって自主練にならないんだし、もう引きあげちゃって見に行かない?」
「うお、野次馬~……」
思わず呟くと、鳩尾に水平チョップが飛んできた。
……陸奥様、鳩尾はヤメテください。
相模も顔をテカテカさせて頷く。
「だよな、ワケアリなカンジ! しかも三河、『女の子』じゃなくて『女の人』っつったぜ? ってことは年上だろ? ワケアリ風な年上美女……くぅーっ、そそられるな!」
「……落ち着け。誰も美人とは言ってない」
相模を宥める伊達の顔が、心なしか曇って見える。そりゃ人違いとはいえ、自分と同じ名前が挙がったとなっちゃ内心穏やかじゃないだろう。
「そだな。伊達も心配だろうし、帰りがてらのぞいてみるか」
「よっしゃ、おねぇたまの顔見に行こうぜー!」
相模はいそいそと荷物をまとめだす。
おねぇたまって……おまいな。
◇ ◇ ◇
服を着替えて校舎から出ると、辺りは暗くなり始めていた。校門の方へ目を向けるものの、人影はない。
「なぁんだ。ワケアリのおねぇたま、もう帰っちまったのかな?」
残念そうに言う相模に、陸奥はそうじゃないかもと首を振る。
「分かんないよ、門柱の陰とかにいるかもしれない」
そう言うと、門から少し離れたフェンス沿いの常緑樹の陰に駆け寄る。
その後をついて行き、葉が茂る枝の間からそっと門の方をうかがう。
「あっ、いるよ!」
小声で陸奥が囁く。見れば確かに、スラリと背の高いワンピース姿の女性が立っていた。
歳は三〇手前だろうか。セミロングの髪を緩く巻いたその人は、モデルのような体型と顔立ちをしている。
「うおっ、美人! めっさ美人じゃねぇか! ちょっと年上だけど、待ち人来たらずってんなら俺が……」
「待て待て待て待て、頼むから落ち着け!」
今にも飛び出して行きそうな相模を羽交い締めにして、伊達を振り返る。
「どうだった? やっぱ人違い……って、あれ?」
伊達がいない。見れば、いつの間にか伊達は門を避け、駐輪場の方へ猛ダッシュしている。
「あ、え?」
「ちょっ、伊達ー! なんだよ急に!」
慌てて三人で後を追うと、伊達は自分の自転車のところで立ち止まり、肩で息をしていた。
顔が青い。切れ長の目は見開かれ、まるで幽霊でも見たような顔をしている。
「だ、伊達? どうした?」
「…………で、ここに……」
「え? なんだって?」
「伊達の知り合いだったの?」
伊達は額に浮いた汗を手の甲で拭い、深く息を吸った。
「…………知り合い、というか……」
「というか?」
視線を泳がせる伊達に、分かったと相模が手を叩く。
「あ! あれ、伊達の元カノだろ! ……なぁんちって、さすがにねぇよなぁ」
「……………」
「あ、あれ? 伊達?」
「…………」
おいおい。まさかホントに……
固唾を飲んで返答を待ち受けるオレ達の前で、伊達は所在なさげに小さく頷いた。
「…………ええええぇぇ!?」
驚愕するオレ達をよそに、伊達は顔を歪めて歯噛みする。
「……地元を出て、ここへ来ることは伝えていない……周りに口止めもしてきたのに、どこから洩れたんだ……」
「え。なんだよソレ。それじゃあまるでストーカーじゃねぇか」
相模が眉をつり上げると、伊達は疲れ切ったように自転車のカゴに鞄を放り込む。
「……みてぇ、じゃない……だから行き先を教えずに仙台を出たんだ。なのにどうしてここにいる……」
げ…………それじゃあ、ガチのストーカーじゃないか!
オレ達は再度声にならない絶叫をあげた。




