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すわ!オーディション 「誰かに相談しましたか?」



「……いくぞ? いくぞっ? 後出しすんじゃねぇぞ!」


「うるさいな、誰もしないよ」


「よしっ! ……っせーのーせっ!」


 相模さがみの合図で、五枚の成績表が一斉に開かれる。

 なんだかデジャヴ?

 そう、今度は期末テストの成績表が返ってきたのだ。

 それもよりによって、配役オーディションを午後に控えた、火曜日の朝っぱらから。

 前回は真っ先に伊達だての成績表に注目が集まったが、今度は相模の表に視線が集まる。


「おっ、大躍進! 三〇位じゃん!」


「すごいすご~いっ! 赤いの一つもな~い!」


「あ、ホント。一つくらいはあるかと思ったのに」


「っしゃああぁ! これで俺の夏休みは守られたぜ! サンキュー伊達先生っ!」


 相模は伊達の手をがしっと握る。伊達はいつもながら無表情だけど、心なしかホッとしているように見えた。


「で、ジャンは……えっ! あれだけ勉強したのに下がってるってどういうこと?」


 陸奥むつにのぞき込まれ、ぎくりと身体が強張る。

 そうなんだ……やってしまった。前回二〇位だったのが二四位。赤文字こそないものの、順位を下げてしまった。


「ちょっとどういうこと? まさか一人の時に台本読み漁ってたんじゃないよねぇ?」


「あは、ははは……」


 ご名答。笑ってごまかすしかない。

 伊達と三河みかわは変わらずワンツーで、陸奥は順位を一つ上げて七位だった。


「まぁまぁ陸奥君~。誰も追試とか補習にならなくてよかったよ~! それだけで万々歳っ! ね?」


「ん、まぁね」


 さすがの陸奥も天真爛漫な三河には毒を吐けないので、ため息混じりに矛先を納めた。

 三河君、いい仕事してくれますなぁ……

 成績表をしまい込むと、相模とオレは台本を取り出す。


「よしっ、本チャンはこっちだぜ。頑張らねぇとな!」


「だな!」


「……その前に、午前中の授業があるぞ」


「ほーい」


 伊達の冷静なツッコミに、二人して台本をしまう。

 とは言え、頭の中は午後のオーディションのことでいっぱいだ。

 授業なんてロクに頭に入るはずもなく、ソワソワしながら午前中をやり過ごした。



       ◇  ◇  ◇



 そして来る午後。


 天野の脚本『鬼弁慶と天狗義経』にエントリーした俳優科生は、全員配役希望表を提出した上で、割り当てられた第三レッスン室で待機していた。

 俳優科生……つまり、キャスティング(配役)オーディションを受ける生徒は、男女併せて五一人。

 注目されている天野が手がける演目とあって、やっぱり人気が集中した。

 五一人で、台詞のない雑兵まで含めた全三七役を奪い合うワケだ。選考に漏れた一四人の生徒は、裏方として大道具班や衣装班にまわることになる。

 第一レッスン室では、今頃裏方うらかた科……もとい、総合舞台芸術科と、天野以外の脚本演出科の生徒達が、大道具班や音響班などの班割りについて話し合っているはずだ。


「うわぁ、緊張してきた~!」


 三河はいつかのように、手のひらに『人』を三回書いて飲み込む。

 誰も彼もが開戦を間近に控えた兵士のように、静かに躍動の時を待っていた。

 一一月の劇高祭の舞台に立てるか否かが、このオーディションにかかっているんだ。無理もない。


 ドアが開いて、ななちゃん先生が顔をのぞかせた。

 劇高祭の演目は、一演目につき二人の監督教員がつくことになっている。演目の内容に口を出すことはなく、問題が起こらないよう進行を補助する立場だ。

 この演目の監督は我らがななちゃんと、普通科目担当の先生だ。

 ななちゃんは手にしたメモを読み上げる。


「はーい、じゃあこれからキャスティングオーディションを開始するわよ! 準備はいい?」


 そこかしこでゴクリと喉が鳴る。ざわめきは打ったように静まり返った。


「これから一役ずつオーディションしていくわ。呼ばれた役に希望を出した子は、あたしの後についてきて。終わったらまたこの部屋で待機しててね。

 じゃあまず最初、『武蔵坊むさしぼう弁慶』。

 第一、第二希望問わず、希望した子は来てちょうだい」


「うおっ、早速か」


 相模が大きな身体をびくっと揺らす。その背中を四人で代わる代わる強めに叩いて、


「特攻隊長・相模! 頑張れよ~!」


「練習通りやれば、きっと大丈夫だよ~っ!」


「ビビってんじゃないよ、相模の持ち味は勢いのよさでしょ? バシッとキメてきな!」


「……健闘を祈る」


 それぞれに声をかけると、相模は両手で拳を握り立ち上がる。


「……よしっ、じゃあ行ってくるわ!」


 そのまま行こうとするので慌てて引き止める。


「待った待った! 台本忘れてるって!」


「おっと、悪ぃ悪ぃ」


 緊張してるんだかしてないんだか、相模が地鳴りのような声で笑うと、周りからもクスクスと笑いが起きた。嫌みな笑いじゃなく、相模のキャラが可笑しくて堪らない様子だった。

 ……ホントに大物だよ、お前は。

 ところが、聞き慣れた嘲笑がすぐそばで聞こえた。

 鞍干(くらほし)だ。鞍干もこの脚本にエントリーしていたんだ。

 鞍干も弁慶を希望しているようで、台本を手に立ち上がる。


「まったく……はみ出し組は、こんな時まで気楽でいいねぇ。羨ましい」


 気にした風もなく、相模はにっかり白い歯を見せて笑う。


「おう、お陰様で!」


「相模ー、あですな(相手にすんな)ー」


 陸奥がフンと鼻を鳴らしてお國言葉で言うと、相模は気にしてないと言いたげに手を振る。


「ちょっとそこー! ()るなら演るで早く来なさーいっ!」


 ななちゃんの声に急かされ、相模と鞍干は先を競うようにドアに向かった。

 ななちゃんの元に集まったのはざっと一四、五人。予想通り、なかなかの激戦になりそうだ。

 部屋を出て行く相模に手を振って、三河がほうっとため息をつく。


「相模君、うまくやれるといいね……」


「だな」



       ◇  ◇  ◇



 伊達の言葉じゃないが、相模の健闘を祈りつつ各々台本を読んでいると、しばらくして弁慶希望者の一団が戻ってきた。

 一緒に戻ってきたななちゃんが、今度は右近と左近の名前をコールする。

 相模はというと……ほんの数十分の間に、げっそりとやつれた顔で帰ってきた。陸奥と伊達は立ち上がり、入れ違いに戻ってきた相模とハイタッチを交わして部屋を出て行く。


「どうだった?」


「手応えは~っ?」


 三河と勢い込んで尋ねると、相模はガックリと肩を落とす。


「どうもこうも……俺以外のヤツぁほとんど推薦組の連中だったぜ」


「でも、それは今は関係ないだろ?」


「そうだけどよぉ……」


 相模はどっかり胡座をかくと、膝の上に頬杖をついた。


「配役は天野の仕事だから、もちろんオーディションを見るのは天野なんだけどよ……天野に、変なこと聞かれた」


「変なこと?」


 三河と顔を見合わせると、相模は神妙な顔で話を続ける。


「他の連中は、弁慶をまっとうな忠臣っぽく演じてたんだが……俺だけ悪役のノリで()ったから、ちょっと浮いたんだろうな。こんな風に聞かれた。

『役作りする時に、誰かに相談しましたか』って」


 相模に弁慶が悪役だと吹き込んだのはオレだ。そのせいで相模が滑ったんだとしたら、申し訳なさすぎる。

 オレは勢い込んで頭を下げた。


「ごめん相模! オレが要らんこと言ったから!」


「馬鹿、止せよ。いくらお前がアドバイスくれたって、俺自身それがいいと思わなきゃ()らねぇよ。

 それに、天野の感触は悪くなかったぜ? ……まぁアイツ、標準語の時は鉄仮面だから、なんとなくだけど……」


 それを聞いて少しだけホッとしていると、相模は更に言う。


「それで俺、ジャンに……『鮎川にアドバイスもらった』って答えたんだ」


「なっ……バカっ! 好感触だったんだろ? ならなんで黙っておかねーんだよ! 自分で役作りできないヤツ、なんて思われたらどうすんだ!」


 肩を掴んで揺さぶると、相模は真剣な顔でオレを見返す。


「演出家にウソはつけねぇよ。それに、ジャンの読みがアタリだったんなら、ジャンにとってプラスの評価になるかもしれねぇだろ?」


「だからって……!」


「相模君……」


 黙ってりゃ、自分の評価に繋がるかもしれないのに……

 相模の漢気に、喉元に熱の塊がこみ上げそうになる。

 そんなオレ達を見て、三河はにっこりと目を細めて笑った。


「二人は本当に、義経と弁慶みたいだねぇ」


 その時、ドアが開いて陸奥達が戻ってきた。希望者が少なかったから早く終わったようだ。

 ほぼ配役されるのが確定なはずの二人なのに、なんだか妙な顔つきをしている。


「なんか、モジャ()に変なコト聞かれた」


 モジャ男……鳥の巣頭の天野をそう呼んで、陸奥が首を捻る。


「なんて?」


 三河が尋ねると、陸奥は珍しく歯切れ悪く答える。


「ほら……僕らが合唱部出身で演劇初心者なのは、希望表の特技欄に書いたから、モジャ男も知ってるんだけど……」


 言い淀む陸奥の語尾を引き取って、伊達が口を開く。


「……『役作りの時に、誰かに相談しましたか』と……」


 出た。

 天野、アイツ一体なにが言いたいんだ?


「それで……陸奥も自分も、ジャンの台本の読み込み方を参考にした、と」


「二人も答えたのか?!」


「二人()、とは……?」


 オレの言葉にきょとんのする二人に、相模は自分の時の話を聞かせた。伊達はアゴに手を当てて考え込む。


「……名前を出したことで、ジャンの評価が下がることはないとは思うが……」


「オレのことじゃなくて! 皆のことを気にしてるんだよ、オレは!」


「ンなこたぁ分かってる」


 焦ってわめき散らすオレに、相模が肩を竦める。


「お前が俺らを気にかけてくれてるように、俺らだってお前のこと気にしてるってだけだ。プラスだマイナスだって、そんなこと気にしてつるんでるワケじゃねぇよ」 


 相模の向こうで、陸奥と伊達も頷いている。

 ……なんだよ皆して。オレを泣かす気か。

 その時、ななちゃんが義経をコールした。


「……行ってくる」


「おう、行ってこい!」


「頑張ってね!」


 四人の温かい声援を背に受けて、別室のオーディション会場に向かう。

 義経希望者は一二人。弁慶に負けず劣らずの高倍率だ。


 別室では、相変わらず目の下のクマが酷い天野が待っていた。

 イスに座り、無表情に希望者達を見渡すその姿は、言いようのない静かな威圧感に溢れていた。


「それではこれから、義経役のキャスティングオーディションを開始します。読んでいただく課題のシーンは……」


 一人一人、天野に指定された台詞を読み上げていく。自分以外の全員が上手く見えて、手のひらに汗が滲む。


「では次、一年五組鮎川君」


 鮎川って誰だ?

 あ、オレだ。

 本名を忘れるほどテンパりつつも、台本を伏せ、指定された箇所を演じる。台本なら全部覚えた。成績落としてまで読み込んだのはダテじゃない。


「あやめのことは本当にすまなかった。お前とて苦渋の決断だったろうに……

 忠義に厚いお前がわたしを打つのは、どんなに辛かったことか。すまなかった……」


 そこにいない弁慶を思い描いて膝を折る。描く弁慶はもちろん相模だ。

 自分の利益を顧みず、オレのためにと口を割った相模と弁慶が重なる。それを思えば、自然と涙が頬を伝う。


「それは……しかし、お前がわたしを恨んでいるなど、到底信じられるものではない。

 あやめを囮としたことも、ひいてはわたしを守るためだった、そうだろう?」


 そこで天野が手を叩く。


「……お疲れ様でした」


「ありがとうございました」


 手を叩かれた瞬間、義経からただのジャンに戻って、ぺこりと一礼する。

 天野はくるくるとペンを回しながら、なにかを考えているようだった。この瞬間が一番心臓に悪い。

 ややあって、天野がオレの目を見据えて言った。


「……君が義経なら、山に帰りますか?」


 他のヤツにはしていなかった質問にたじろぐ。

 そもそも質問の意図が分からない。オレ個人の考えが、どうキャスティングに影響するんだ?

 分からないながらも、質問には答えなきゃならない。天野の黒い瞳を見返す。


「帰りません。弁慶を信じます。弁慶をシバき倒してでも残ります」


「……そうですか」


 おおよそ義経希望者とは思えない感想を述べてしまったものの、それが率直な気持ちだから仕方ない。

 こうして、義経のオーディションが終わった。



 控え室に戻るとまた新たな役がコールされ、目まぐるしく人が入れ替わる。

 オレの後に三河が立ち、また相模が行き……全てのオーディションが終了すると、天野がやってきた。


「お疲れ様でした……皆さん上々の仕上がりで、選考は困難なものとなりそうです。

 発表は来週の月曜日、スタッフの発表と併せて行います」


「お疲れ様でした」


 誰からともなく挨拶し、ため息とともに室内に開放感が広がっていく。

 相模はうんと伸びをした。


「くぅ~っ! 月曜日まで眠れない夜が続きそうだな!」


「ウソつけ、お前いつも誰よりも先に寝るじゃんか。しかも大いびきかいて」


「あれ? そうだっけ?」


 しれっと惚ける相模の肩を叩いて歩き出す。


「また全員で講堂の舞台に立てるといいな」


「そうだね~っ!」


「おう、立つぜぃ!」


 オーディションをやりきった充足感と、発表に対する不安、またあの舞台に立ちたいという希望やなんかをない交ぜにして、五人揃って深く息をついた。




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