試験明けたし役作りしようぜ! 「一蓮托生」
なんとかテスト最終日を終えた金曜日。
オレ達五人はいつものごとく三河の部屋に集まっていた。
「あー……しんどかった」
皆が屍のように倒れ込む中、伊達はソファに座って『鬼弁慶と天狗義経』の台本に目を落している。
「……そう倒れてもいられない……配役希望表の提出とオーディションは、次の火曜だぞ?」
そうだった。
伊達の言葉にガバッと起き上がる。
テストを終えたばかりなのに、次の火曜日までに希望する役を決め、役作りまでしなきゃならない。
殺人的スケジュールに眩暈がする。
けれど芝居のこととなれば気力が湧いてくる。単純だけどそんなモンだ。
全員起きだして、台本と配役希望表をテーブルに出した。
オーディションの前に、演りたい役を第二希望までと特技を書いて、演出を担当する天野に提出しなきゃならない。
それに基づき、キャスト希望者は一人二役のオーディションを受けることになる。
配役の采配は演出である天野の仕事だ。
「……どうすっかなぁ、配役希望」
特技欄に剣道と書き込み、相模は短い髪をくしゃりとかき上げる。
「え、なんで~? 相模君は絶対弁慶を選ぶと思ったのに!」
「オレも。なんだよ、弁慶で希望出さねーの?」
目を丸くする三河に頷いて、オレも相模を見やる。相模はとんでもねぇと首を振った。
「バカ言え、弁慶は主役だぞ? 希望者殺到で激戦必至じゃねぇか」
「そりゃそうだろうけど……弁慶でオーディション受けたって、他の役の方が合いそうだって天野が判断すりゃ、そっちに回されることだってあるんだし」
希望はあくまで本人の希望だから、天野の判断次第で希望していなかった役につくこともある。
もしくは……今回は役の数よりも俳優科の生徒数が上回ってるから、役にありつけない可能性もないワケじゃないけど。
「それに俺は、主役ってガラじゃねーよ」
「そうか?」
相模が目指す役者像は、『アクションもこなせる悪役俳優』だ。そういった意味では、確かに主役の弁慶は相模の範疇から外れるかもしれない。
でもオレはそれを聞いた時に、相模ならむしろ戦隊モノのヒーローとかの方が似合いそうだと思った。
それにこの台本に登場する敵役といえば、名前があるのは関守の富樫と、ちらっと登場する頼朝くらいなもんで、あとは台詞の少ない雑兵ばかりだから、ちょっともったいない気もする。
もちろん、あの後勉強の合間をぬって台本は全部読んだ。
あの後の流れとしては、義経が去ってしまった後、一行は主を失い意気消沈。
それを弁慶が、
「義経様が戻られるための地盤を、我らで作るために」
と鼓舞し、苦難の末奥州藤原氏の館まで辿り着く──ざっくり言うとこんなカンジだ。
どうせ迷っているならと、弁慶を推してみる。
「オレは似合うと思うけどな、弁慶。
弁慶が使うエモノは金剛杖だろ? 長モノを使った大立ち回りなんて、剣道有段者の相模にぴったりだと思うけど」
「だよね、僕もそう思う」
陸奥も援護射撃をしてくれたものの、相模は頷かない。剣道で鍛えた逞しい腕を組んだまま、難しい顔で台本を睨んでいる。
ならばと、今度は別の切り口で推してみる。
「この話の弁慶が、ただカッコいいだけの主役だと思うか? オレは、弁慶は主役だけど悪役っぽい面もあると思うんだよなぁ」
「弁慶が悪役?」
相模はやっと顔を上げ、オレの顔を見返した。
陸奥は煮え切らない相模にちょっと飽きてしまったのか、ポテチの袋を開けた。三河と一緒にチリポリかじりつつ、なりゆきに耳を傾ける。
「だって、考えてもみろよ。
義経が鞍馬山に帰った後、それでも一行は奥州を目指すワケだけど、そうなったのはなんでだよ?
担ぐ御輿もなくなったんだ、解散してそれぞれ逃げれば、生き残る道もあるかもしれないってのにさ」
「そりゃ……弁慶が、奥州で自分達が安全な場所を確保して、頼朝に対抗するための基盤を整えれば、きっと義経は戻ってくるっつーからだろ?」
パリパリ、ポリポリ。
二人がポテチを食べる音がする。
けれど相模と伊達はポテチに目もくれず、オレの話に耳を傾けてくれる。
「じゃあ、相模は義経、ホントに戻ってくると思うか?」
相模は少し考えて首を振る。
「だろ? あんだけ手荒く叩き出したんだ、戻ってくる可能性が低いのは弁慶が一番よく知ってるし、弁慶しか知らない。
つまり仲間を鼓舞するための方便だよ」
「……全くの方便というより……弁慶に残されたただ一つの希望、というところだろうな……もちろん、叶い難いことは承知の上でだが……」
伊達の言葉に頷く。
「それでもその希望に賭けて、一行に旅を続けさせた弁慶って、本当にただのいいヤツかな。
そもそも、他の誰にも相談せず、勝手に義経を山に帰したのは弁慶だ」
チリポリ、パリポリ。
咀嚼音には耳を貸さず、相模はじっと考え込む。
「……そんな生き方しかできない、哀れな男とも言えるな……」
パリパリ。
ポリポリ。
「だからあやめを囮にした後の立ち回りとか、安宅の関で義経をめった打ちにする場面とか、いっそ鬼気迫る悪役みたいなノリで演ると映えると思うんだよなぁ……」
カリカリ。
パリパリ。
えぇい、気が散るっ!
「ってか、さっきからチリポリうるせーわっ! 特に陸奥、ちょっとは遠慮しろよ! 食べるのは構わねーけど、もうちょい静かにオヤツタイム満喫してくれよっ!」
びしっとツッコむと、三河はゴメンゴメンと手を引っ込める。陸奥はブーたれて、
「だぁって、話についていけなくてヒマだったんだもん」
「お前、余裕だなぁ……」
陸奥と伊達は二匹の天狗を第一、第二希望にすることが決まっている。オマケに天野からのオファーだったわけだから、天狗役につくことはほぼ確定だ。
とはいえ、他のキャストの手前、オーディションがないわけじゃない。
「役作りしなくていいのかよ、右近と左近の」
右近坊と左近坊、それが天狗達の名前だった。
陸奥は口を尖らせ、パラパラと台本をめくる。
「役作りったって……ほとんど歌ばっかだし。どっちも義経に帰ろう帰ろうって、大した違いないじゃない」
「あまーいっっ!」
くわっと目をかっ開き、びしぃっと陸奥に指を突きつける。
「右近と左近が大して違わない? 読み込みがあまーいっっ! 台本の一四ページを開けぇっ!」
台本をめくりながら、陸奥が隣の三河にひそひそ耳打ちする。
「……ジャン、なんだかいつもとキャラ変わってない?」
「ジャン君はホントに演劇が好きなんだねー」
聞こえてるぞ。
当たり前じゃいっ! じゃなきゃ、死に物狂いで勉強してまでゲキ高にこねーわっ!
「開いたかー? 弁慶が右近と左近がいるのに気付いたところ。まずここからして、二匹の台詞のニュアンスがちょっと違うだろ?」
「んー?」
ちょっとその場面を抜き出してみる。
◇ ◇ ◇
弁慶 『性懲りもなくまた来おったか!』
弁慶、金剛杖を構える。
右近 『僧正坊様の遣いで来ている。
叡山の坊主に用はない』
左近 『牛若、山へ帰ろう。明日をも知れぬ
道行きなどやめ、またともに鞍馬の
野山を飛び回ろう』
右近 『帰ろう。僧正坊様がお待ちだ』
◇ ◇ ◇
こんな具合だ。
ちなみに弁慶の台詞の後の『』なしの文はト書きといって、場所がどこであるとか、誰がどう動くかを指示したりするものだ。
「どこが違うのさ?」
陸奥は顔をしかめる。
今まで演劇に触れてこなかった陸奥にとって、ちゃんとした台本の読み込みや役作りは初めてだから、仕方ないかもしれない。
声のトーンを落として、その後のシーンを示す。
「じゃあ、弁慶に追っ払われて退散する時の台詞はどうかな?」
◇ ◇ ◇
弁慶 『とっとと去らんと容赦せんぞ!』
右近 『破戒僧ごときが生意気な』
左近 『牛若、気が変わったらすぐに呼べ。
我らはいつでもそばにいる』
右近・左近のスポット消灯。
◇ ◇ ◇
「うーん、右近の方が短気なカンジがするかも?」
陸奥は台本をのぞき込んだまま首を傾げる。
「オレもそう思う。
それと、左近が牛若……義経に話しかけてるのに対して、右近は弁慶の相手をしてるだろ?
遣いで来た~なんて言うくらいだから、右近は左近よりも、義経を連れ戻すのに熱心じゃないのかもしれないな」
「なんでだろう?」
「それを自分なりに考えて、役に厚みを持たせるのが『役作り』ってもんさ」
厚みねぇ、と陸奥は更に反対に首を傾げる。
「そこまでするんだ。台詞で表現しないようなところまで考えなきゃいけないもの?」
「うーん、例えばさ。仮に右近が陸奥で、伊達が左近だとするじゃん? 本番中に、伊達が台詞を忘れたらどうする?」
陸奥は伊達を見やる。
「伊達が忘れるかなぁ?」
「……忘れるつもりはないが……自分だって人間だぞ? 絶対なんてない」
伊達はちょっと困ったように肩を竦める。
「陸奥、例えばの話だって。
映画やドラマと違って、舞台はライブだろ? どんなハプニングが起こるか分からないし、起こったからって途中で芝居を止めるワケにはいかない」
三河がうんうん頷く。
「ぼくも中学の時、本番でキンチョーして台詞ド忘れしたことあるー。焦っちゃって、余計に出てこなくなるんだよね~」
テヘヘと笑う三河を、陸奥は意外そうな顔で振り返る。
「その時はどうしたの?」
「別の役の子がアドリブで繋いでくれて、その間になんとか思い出したよ~」
「アドリブでねぇ……」
「アドリブで繋ぐにしても、相手が思い出せなさそうだから代わりに自分が言うにしても、自分の役のキャラからブレたらいけないだろ? あくまでその役のまま演らないと」
「なるほどねぇ。そのためにも、ちゃんと役作りしないといけないってことだね」
「そーゆーことっ! まぁ、演出の意向に合わなきゃ練り直しになったりもするけどな」
ようやく納得した陸奥は、台本の天狗達の台詞を拾って、気がついた点をメモに書き出していく。
「うーん……右近は、どっちかっていうと短気で、一行を見守ってるっていうか、どうなるのか面白がって見てるカンジかなぁ。
左近は落ち着いてて、義経を連れ帰りたくて仕方なくて、一行のことは面白くて見てるっていうより観察してる、みたいな?」
「……自分も、そう思う。陸奥は演るならどちらがいい?」
伊達に聞かれて、陸奥は書いたメモの上に突っ伏した。
二人して同じ役を競うのもアリだけど、希望が分かれるに越したことはない。
「うーん……こうやって見ると、右近の方かなぁ……」
陸奥の言葉に三河と頷く。
「だなぁ、陸奥は右近かなぁ」
「だねぇ~」
うんうん頷きあっていると、陸奥がジロリと睨んでくる。
「なに、僕が短気だって言いたいの?」
「えっ、あっ、そ、そんなことないって! なぁ?」
「そーそー、ちょっとヤンチャっぽいところが陸奥君っぽいな~って!」
「そうかなぁ……?」
こういうところが短気な右近っぽいんだよ……なんて、間違っても言えない。言えませんとも。
疑り深げに片眉を跳ね上げる陸奥を、伊達がペンを取り出しながら宥める。
「まぁまぁ……なら、自分は左近の方だな……元々そう思っていたから、丁度よかった」
「異議なーし!」
「似合うと思~う!」
希望表の第一希望の欄に、陸奥は右近、伊達は左近と書き込んで、第二希望は逆を書く。
「三河はもう希望決まってるの?」
陸奥に尋ねられ、三河はへへーっと笑う。
「第一希望は決めたよ~、でもナーイショッ!」
希望表を両手で隠す三河に、ちょっとニヤリとしてしまう。きっとあの役だろうなと思う役がある。
ちらりと伊達を窺うと、伊達も「アレだろうな」と言いたげな目をしていた。
目配せして同時に口を開く。
「きさん太だろう?」
伊達と声を揃えて言うと、三河は丸い目をさらに真ん丸くする。
「なんで分かったの~!?」
「そりゃ分かるよ!」
三河は好きなシーンに、弁慶ときさん太のやりとりを挙げていた。
なにより、全員同じ歳のキャストで「姉弟」の弟を演じなければならないきさん太は、小柄で童顔な三河にピッタリだ。
「あー、三河に似合いそう」
弟ってところが、と陸奥が目を細める。
陸奥と三河は身長は同じくらいだけど、「弟」のイメージなら三河の方がぴったり合う。
「へへ、そうかなぁ~? 第二希望はこの土日の間にじっくり考えるつもり。ジャン君はどうなの?」
話を振られて、返事に困る。
「うー……まだ決まんないんだよ。オレには『これだっ!』ってのがなくて」
「ジャンに似合いそうな役かぁ……」
三人はパラパラと台本をめくって、オレに合いそうな役を探してくれる。
ちなみに、相模はさっきからずっと無言で考え込んだままだ。
オレも台本の人物一覧を見るものの、イマイチ『これだ!』というものが浮かばない。
他の皆と違って平凡で没個性なオレは、特にどの役が合いそうだとか、そういうのが全くないのだ。
伊達が首を捻る。
「そうだな……関守の富樫あたりはどうだ? 情に厚いところが合いそうな気がするが……」
えぇっと陸奥が口を尖らす。
「富樫は出番少ないよ? それにいい人っぽいけど敵役じゃない。ジャンは敵役ってカンジしないよー」
「大事な役どころだと思うが……」
三河はうーんと首を傾げる。
「三郎はどうかな? 義経が囮のことで弁慶を叱った時、弁慶を最初にかばってくれたりしてるし」
この台本では、義経の郎党は弁慶を除いて「二郎」「三郎」「六郎」など、皆簡単な名前で記されている。
登場人物がたくさんいて、その上名前が小難しいと、観る人はそれぞれの名前を覚えることに気を取られてしまう。だから天野は名前を簡略化したんだろう。
「三郎ねぇ……」
陸奥はふむとアゴに手を当てる。ピンとこないらしい。
「あ、いっそ義経は? メンタル弱そうなトコとかぴったり」
「えぇー、オレそんなイメージなの?」
「ていうか、ヘタレなイメージ」
「なぁヤメてくれる? 反論できねーイジりヤメてくれる?」
ちょっと泣きたくなってきたぞ……
三人三様でこれだけバラバラな意見が出るってことは、やっぱオレって個性ないんだなぁ……特技欄にもなに書きゃいいんだよ。
頭を抱えていると、これまで黙り込んでいた相模が顔を上げた。
「……ジャンが義経か。いいんじゃね?」
「えぇ? お前までオレをヘタレだと思ってんのかよ」
「いんや。俺、お前が義経なら、遠慮なくめった打ちにできそうな気がする!」
「どういうことだよっ、お前の渾身の一撃食らったら骨砕けるわっ!」
……ん? ってことは……
「弁慶で希望出すのかっ?」
相模はちょっと照れくさそうに鼻の頭を掻く。
「まぁ、折角だからな」
「おぉーっ! いったれいったれ!」
「絶対似合うよ~っ、頑張って!」
やんややんやと四人で拍手すると、相模は少し赤くなって照れ隠しに声を荒げる。
「あーもう、ヤメろって! もし役にあぶれて裏方に回されても笑うなよ?」
「そんなんで誰が笑うかよ。そんなん笑うヤツなら最初からつるんでねーよ」
そう言うと、相模の目がうるっと潤む。
「心の友よーっ!」
「暑苦しい、くっつくな!」
抱きつかれそうになって腕を突っ張る。
お前はゴウダさん家のタケシ君か。
「おいジャン。俺が弁慶受けるんだ、お前もいっちょ義経で受けろ」
「はあぁ!? マジで言ってんのかよ?」
義経ったらあの判官贔屓の義経だぞ?
日本人が大好きな悲劇のヒーローだぞ?
オマケに美少年・美青年のイメージ強いじゃんか!
言いたいことがありすぎて言葉にならない。
そんなオレに、相模は更に追撃を繰り出す。
「お前も言ってただろ? 義経役でオーディション受けたとしても、別の役が合うと判断されりゃ、受けてなくても回されるんだ。
特に希望がねぇならメインどころを受けちまって、天野の判断に任せてみちゃどうだ?」
うぐ。自分で言った言葉がこうして返ってこようとは……
それにしたって、この高汎用性なモブキャラ顔で、義経希望すんのはツラい。
なんて言って回避しようか考えていると、思わぬところから背中を撃たれた。
「……それも一つの手だな……演ればなんでもこなせそうなジャンだからこそ、天野の采配に委ねるというのも……」
「だ、伊達君よ……」
頼むから、涼しい顔して撃たないでくれっ。
ふるふるしつつ振り向くオレに、伊達は更に続ける。
「……天野に委ねるなら、やはり主要な役で受けた方が……変な言い方だが、潰しがきくんじゃないか?」
「だよなー伊達先生っ! じゃ、お前の第一希望は義経っと!」
言うが早いか、相模はオレの希望表に義経と記入する。
「あーっ、よせバカっ! それボールペンじゃねーかっ!」
「ふははははっ! これで一蓮托生じゃーいっ!」
相模は自分の表にもボールペンで弁慶と書き込む。
「よしっ! これでもう後戻りできねぇな!」
「いやいや、全然よくねぇんだけど!」
「落ちた時は一緒に仲良く裏方回ろうぜぇ」
「お前なぁっ!」
「あーもー二人ともうるさい!」
「仲良しだね~」
「……だな」
「止めろよお前らもーっ!」
……そんなワケで、オレ達五人の希望の役が決まっていった。
どーすんのよ、コレ。どーなんのよ?




