表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/71

コンペ結果発表 「皆でエントリー」 



 六月も終わりに近づいた。梅雨は明けたもののまだ湿っぽさを孕む風が、少しずつ夏の気配を連れてくる。

 花壇からは夾竹桃の甘酸っぱい匂いが届き、中庭では凌霄花(ノウゼンカズラ)が咲き出した。

 アスファルトばかりの横浜にも、夏は来る。


「あぢー……あぢーなおい……」


 机にだらりと突っ伏して、相模さがみが呻く。

 伊達だての懸命な指導の甲斐あって、無事に追試を突破した安心感からか、いつもよりぐうたら具合が増しているような気がする。


「あのなぁ、まだ六月だぞ相模。今からそんなんでどうすんだよ」


「あぢーモンはあぢーンだよ……なにもうヨコハマ、反射熱パネェわ」


 筋肉質な腕を見せつけるように袖を捲り、おまけにカーゴパンツの裾も膝までたくしあげてるモンだから、見てるこっちが暑苦しい。

 さすがにまだそこまで暑くないと思うけど……


「ダレてる場合じゃねぇって。普通科目の授業スピード、こっからもっと早くなるんだぞ? また伊達先生の手を煩わせないように、ちょっと頑張んないとさ」


 その言葉に、暑苦しさナンバー一……もとい、成績ワースト一の相模はガバッと顔をあげる。


「なんだよそれっ! 今より早くなんのか?!」


 あまりの大声にこっちがビビる。

 ……そうだ。相模はこの学校の下調べ、なにもしてないんだった……


「そうだよ、劇高祭に向けて」


「劇高祭? 文化祭が、なんで授業スピードを上げやがんだ?」


 ……お前というヤツは……

 もう、図を書いて説明した方がいいかもしれない。

 ペンを取り出して、手近な紙に一本の線を引く。時間の流れを示す線だ。左端に「六月下旬」、右端に「一一月・劇高祭」の文字を書き込む。


「はーい、まず今ココ六月下旬。中間テストが終わると、まず劇高祭に向けた一大イベントがあります。なんだか分かりますか、相模君?」


 伊達先生の真似をして、エア眼鏡をクイッと上げる。相模は元気よく手を挙げ、


「演出脚本科の脚本コンペです!」


「正解。締切はすでに終えていて、近日中に結果が公表されます」


 その回答を、六月下旬のところに書き込む。


「これで劇高祭で上演する演目が三、四本決まりますね。では次になにがありますか?」


「エントリーです!」


「正解。決まった脚本の中から、自分がやりたい演目にエントリーします。エントリーシートに記入して提出しますね」


 その締め切りは、おそらく七月の頭だ。時系列の線を区切り、七月の欄に「エントリー」と書き込む。


「その後はなにがありますか?」


「分かりません!」


「ばかものぉ! エントリー終了後は、演目ごとの顔合わせがあります」


 「エントリー」の後に、「顔合わせ」と記入する。


「顔合わせで脚本が配られると、俳優科の生徒はりたい役を勝ち取るためにオーディションに臨みます」


「ほうほう」


 また紙に「オーディション」と付け足す。その後はもちろん「配役決定」だ。その時に裏方スタッフの割り当ても決まる。


「そして、忘れてはいけないのが期末テストです」


 すでに予定がぎゅうぎゅうの七月の欄を見て、相模の顔が曇る。


「それは……どのへんにぶっこんできやがりますか、先生」


「おそらくこのあたりです」


 「顔合わせ」と「オーディション」の間に矢印を引き、そこに「期末テスト」の文字をぶっこむ。


「はああぁ、マジでか! 台本配られて、オーディションまでに役作りする大事な時じゃねーの!」


「なにを言うか、学生の本分は学業ですよ相模君」


 ……と、成績順位ど真ん中のオレがエラそうに言ってみる。


「うへぁ……七月は地獄だなコリャ」


「地獄なのはそれだけではないっ! 考えてもみたまえ。この『顔合わせ』や『オーディション』、一体なんの時間に行うと思う?」


「え……放課後とか?」


 浅はかな答えにゆっくりと首を振る。


「なんと授業中です。この間の合同授業のように、学年全体の普通科授業をずらし、演技指導などの演劇科目を寄せ集め、万障繰り合わせてそれらの時間を作り出すのです!」


「………………んん?」


 力説虚しく、相模は首を捻る。

 ……伊達の気苦労がちょっとだけ分かったわ。こりゃ大変だ……

 いい加減先生ごっこも飽きたので、普通の口調に戻す。


「だから、文化祭の準備も立派な総合学習なワケだよ。その後の練習なんかはほぼ自主練習になるけど、最低限必要な時間は学校側でセッティングしてくれんの」


「お、おう」


「でも、一学年七クラスがまとめて時間を合わせて取るには、大幅に時間割をいじくる必要があるだろ? だから普通科目にどうしても幅寄せが行くんだよっ」


「ふーん?」


「ふーんぢゃないっ! 幅寄せされて授業時間が減ったとしても、決められた分量の授業内容はこなさなきゃいけない。だからこれから先の授業はめちゃくちゃハイペースになんのっ!」


「マジか! そりゃ大変だ!」


 相模はようやく焦りだして腰を浮かせる。

 ……もうやだコイツ。


「それにしても、ジャンは物知りだなぁ」


 呑気にケラケラ笑う頭を、思わずペンで小突く。


「希望校の文化祭くらい下見しとけよっ、ッントにもー!」


「へへー」


「へへーぢゃないっ!」


「んなっはっはー!」


「んなははぢゃないっ! ったく……今度は追試にならないように、今からしっかりと……」


 オレの説教を聞き流し、相模は自分の席でプリントを整理している伊達に手を振る。


「伊達ーっ! なんか期末テストはもっと大変みたいだから、またいっちょ頼むわー!」


 向けられた爽やかな笑顔に、伊達はファイルを取り落とした。心なしか強張った顔で、小刻みに首を振る。

 ……ですよね。お察ししますわ。

 本当は、二学期こそ修羅場なんだけど……今相模にそれを伝えて、伊達先生の心労を増やすこともない。

 ため息混じりにメモを畳んだ。

 その時、にわかに廊下の方が騒がしくなった。


「ん?」


 なんだと廊下の方を見やると、購買におやつの菓子パンを買いに出ていた三河みかわ陸奥むつが駆け込んでくる。


「大変大変~っ! いっち大事ーっ!」


 ドアを開けるなり叫んだもんだから、声の主である三河に教室中の視線が集まる。


「どうしたんだよ三河。クリームパン、もう売り切れてたのか?」


 相模がからかうように声をかけると、三河は真っ赤に上気させた頬をブンブンと振る。


「違うよっ! それはそれで一大事だけどっ!」


「三河、スルーしてもいいんだよ」


 握りしめたジャムパンの袋を突きだして見せる三河。その肩を、陸奥がやれやれと叩く。

 本当にクリームパンは売り切れていたらしい。

 って、本題はきっとソコじゃない。


「……なにがあった?」


 心配した伊達も席を立って寄ってくる。それを待って、三河は大声で叫ぶ。


「脚本コンペの結果が出たって! とりあえず一年生の分だけみたいだけど……今、先生たちがロビーに貼り出してる!」


「マジでか!」


 その言葉に、オレ達だけじゃなくクラス中の生徒がざわめく。

 陸奥は意味ありげに片眉を跳ね上げる。


「あの自信過剰な青森男の脚本が、ホントに残ってるか見物(みもの)だね」


 自信過剰な青森男……それは脚本演出科の鬼才・天野耕助のことだ。

 三河にせがまれ、陸奥と伊達が中庭で歌っていた時に遭遇し、


『わついじゃ!』


 と、しきりに叫んでいた。このフレーズの意味は未だにわからないけど、ともかく二人の歌唱力に惚れ込んだようだった。

 そこで一悶着あって、陸奥は天野の脚本がコンペで選ばれたあかつきには、その脚本にエントリーすると約束してしまったのだ……勝手に伊達の分まで。


「ともかく見に行こうぜ……って、もう誰もいねぇ!」


 見れば、教室の中にはオレ達五人しか残っていなかった。慌てて教室を飛び出して、昇降口前のロビーへ走る。

 着いた時には、ロビーには黒山の人だかりができていた。コンペの結果は大きな方眼紙に印字され、掲示版に貼り出されている。

 その前には俳優科の生徒だけじゃなく、全ての科の一年生が集まっていた。

 特に、コンペに参加していた脚本演出科の生徒にとっては合格発表のようなものだ。群集のあちらで歓声があがったかと思えば、こちらでは小さな啜り泣きが聞こえる。

 脚本演出科生は二クラス八〇名。一人一作提出したとして、選ばれるのは三、四作……考えてみるともの凄い倍率だ。

 それなのにあぁもハッキリと、


『わたしは必ず上演権を獲得します』


 と言い切った天野の胆力に、今更ながら恐れ入る。


「あー、ちっとも見えねーっ!」


 人の後頭部しか見えず歯噛みするオレの横で、他の生徒より頭一つ分大きな相模はひょいっと背伸びする。


「おっ、今回は三作品みたいだな!」


 伊達もそれに倣って爪先立つ。


「……そうだな。でも、なにが書かれているのかまでは……」


 くそぅ、背が高くて羨ましいこって!

 オレよりも背の低い三河はぴょんぴょん飛び跳ねて足掻いている。陸奥はさらりと、


「伊達、肩車して」


「……断る」


 ……うん、止めたげて。

 そうこうしていると、一角でざわりと声があがる。見れば、廊下の向こうからひょこひょこと誰かがやってくる。

 あの鳥の巣頭、天野だ。

 天野が近づくと、自然と人の波が割れていく。まるで十戒だ。

 モーゼのように悠々と掲示板に近づくと、ちらりと一瞥しただけでそこを離れた。


「……どうだったんだろ?」


「特に喜んではなかったな」


「アッサリ落ちてたりしてね」


 陸奥が意地悪く唇をつり上げる。


「いいえ、受かっていましたよ」


 ん?

 振り向くと……


「うおあぁっっ!」


 目の前に真っ黒な鳥の巣……もとい天野耕助が立っていた。気配ないなコイツ、忍者かよ……

 相変わらずの青白い顔に、こってりとしたクマが酷い。感情の読めない顔で陸奥と伊達を交互に見ている。

 不健康そうな見た目がそう思わせるのか、同じ無表情でも伊達の無表情とは違って、なんだか不気味だ。


「びっ……くりした、なんなんだよっ! いきなり後ろに立つなっ!」


 陸奥が噛みつくように言うと天野は、


「約束でしたね。エントリー、お待ちしてますよ。よろしければ皆さんも」


 小声で囁き、そのまま踵を返して立ち去った。


「…………」


 なんと言っていいかわからず、五人で顔を見合わせる。

 陸奥がイライラと首を振った。


「この目で確かめてくるっ!」


「あ、ちょ……」


「ごめんごめん、通してー! ごめんねー!」


 華奢な身体を人混みのわずかな隙間に押し込むように……半ばバーゲン会場で遭遇するオバさんのような図々しさで、陸奥は単身突っ込んでいく。

 押された方は嫌そうな顔で振り返るものの、陸奥の顔を見ると進んで一歩引いていく。男女ともにだ。

 ……陸奥の中性的な美貌が、こんな所で威力を発揮しようとは……もうちょっと別の使い道はないもんか。

 ちょっとして、陸奥が戻ってきた。


「すごーい陸奥君! どうだった~?」


 無邪気に手を叩く三河に、陸奥は不機嫌そうな顔で携帯を渡す。画面には、掲示版を写したらしい写メの画像があった。

 四人でのぞき込む。


『劇高祭1年生演目発表


 ・「鬼弁慶と天狗義経」

      1年1組 天野耕助

   舞台:日本(中世)

   ストレートプレイ(一部除く)』


 不鮮明な画像でも、そこだけはしっかりと写っていた。


「天野の作品……残ってるな」


「……考えてみれば、落ちるほうが稀だろう……今話題の人物だからな」


 伊達が眼鏡を押し上げながら言う。

 確かに、今を時めく天野の脚本が上演されるとなれば、それだけで劇高祭自体の来客数を増やせるかもしれない。


「でもこのストレートプレイってなに?」


「歌とかダンスが入らない、いわゆる『芝居』だよ」


 陸奥の質問に答えると、その眉がきりきりと天を指す。


「はぁ? なら僕らの歌がどーこーって、全然関係なくない?」


「いや、オレに言われても……それにホラ」


 一部除く、という意味ありげな一文を指差す。

 陸奥は観念したように息を吐くと、乱れた髪を指先で梳く。


「……ま、約束は約束だしね。僕と伊達はコレにエントリーするよ」


 いいよねと伊達を振り仰ぐ。

 今更いいもなにも、陸奥はあの時中庭で、自分の名前と一緒に伊達の名前も天野に告げてしまっている。

 伊達は文句を言うでもなく、ただいつも通りうっそりと頷いた。


「ならぼくもこれにしよーっと!」


 三河は元気よく手を挙げる。


「え、他の脚本がどんなのか見なくていいのか? それにコレ、ミュージカルじゃないしダンスないぞ、多分」


「時代モノやったことないから、やってみた~い!」


 確かに。

 時代モノは衣装や小道具を揃えるのが困難で、中学・高校演劇にはハードルが高い。予算もロクにつかない弱小部じゃなおさらだ。劇高祭では、演目ごとに学校からの予算がつく。


「時代モノねぇ……大立ち回りとかあんのかな? 弁慶とか憧れるわー」


 相模も興味をそそられたようだ。義経よりも弁慶に憧れるところが相模らしい。


「オレもこれにしよ」


「ジャン君も~? わーいっ、じゃあ皆一緒にエントリーしよーっ!」


 三河は隣にいた陸奥と相模の手をとり、ぴょんぴょんと無邪気に飛び跳ねる。

 ……本当は、はしゃげる選択じゃないんだけど。

 注目作だけに、絶対エントリー数が多くなるはずだ。役が何役あるかは分からないけど、希望者が多ければ多いほど、役にありつける可能性は低くなる。

 でも、あの天野がどんな脚本を書き、どんな演出をするのか見てみたかった。


 帰りのホームルームで、今回の三演目のあらすじと役数、おおまかな登場人物紹介などが書かれた紙と、エントリーシートが配られた。

 オレ達五人は、すぐに『鬼弁慶と天狗義経』と記入して提出した。


「さぁて、どうなるかなぁ」


 提出し終えた相模が、伸びをしながらため息混じりに言う。


「さぁ……とりあえず、期末テスト頑張れ」


「お、おう」


 ツッコミをいれると、相模は横目で伊達を見た。伊達は天井を仰ぐと、小さく息を吐いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ