合同授業後編 「気が合いそうですね」
降ろされた緞帳の内側で、子供D役の相模とA役の陸奥がスタンバイする。
幕が開けると、客席からは最初から二人が見える。これを『板付き』という。
それぞれ大きな鞄を傍らに座り込む板付きの二人は、間隔を開けて座ることで、初対面のぎこちなさを表現している。
そこへ、同じように大きな荷物を抱えた子供B役の三河、C役の伊達が、袖から出てよたよたと歩み寄った。
相模が身振りで新入りかと尋ねると、二人は頷く。なんだお前らもか、俺らもだ、まぁ座れよ……そんなことを、相模は見事にジェスチャーだけで現してみせる。
ここまで台詞はない。全て身振り手振りだけの無言劇だ。
台詞を入れようかとも思ったけど、クドくなりそうでやめた。
なにより、相模がそれを無言で示せるだけの技量を持っていたので、それに頼ることにしたんだ。
他の三人も、あたかもなにかやりとりをしているような仕草で、次第に打ち解けていく様子を表現する。
演劇初心者の陸奥も伊達も、こんなに大きな舞台に立ったのは初めてのはずの相模と三河も、緊張をまるで感じさせない演技をしている。上々の滑りだしだ。
ようやく和んだ雰囲気を作りだすと、陸奥が口を開く。
「はぁ……ようやぐ人心地つぃたなぁ」
鼻にかかったその言い回しに、客席がかすかにざわめく。
よしよし、掴みは悪くない。
陸奥はざわめきが収まるのを待ってから、再び口を開く。
「おめら、なしてここさ来た?
おぃはちぃちぇ頃におどを亡くして、あばも病気で死んでしまってよ」
黒髪の美少年が見た目にそぐわぬズーズー弁で語り出すと、客席の女子達が息を飲む音が聞こえた。
陸奥をトップバッターにして正解だったな……
目論見通りの反応に、思わず一人ガッツポーズをキメる。
オレ達の持ち味。
それは訛りだ。
孤児に扮する四人がそれぞれ地元のお國言葉でしゃべり、園長役のオレが標準語で話すことで、もともとシナリオにあったAの『遠くまで来てしまった』なんて説明台詞は省略できる。
その上、A以外の子供達もそれぞれ遠くから苦労してやってきた感じが演出できて、一石二鳥というワケだ。
もちろん、誰でも聞き取れるようゆっくりと話すようにして、あまりに難解な言い回しは避けたつもりだ。
おっといけない、オレもそろそろ出ないと。
袖のうちで、小さく深呼吸をする。
……オレは園長、壮年の園長。涙もろくて情に厚いオッサンだ。
そう自分に言い聞かせると、自然と背は猫背気味に曲がり、足はがに股になる。
一歩二歩三歩……舞台へ進み出ると、話し込んでいる子供達を見つけ、隠れるように再び袖に引っ込む。頭と上半身だけを突き出し、話に聞きいる。
けれど子供達は気付かない。
「ほっかぁ、そりゃエラかっただらー」
三河が三河弁で言い、しみじみと語る陸奥の背に手をやる。同情を得た陸奥は勢い込んで、
「そぃだけじゃね。そん後叔父さんトコでやかなったども、そこの叔父さんしょっぽね悪ぃしてや。
ままもロクにかへてけねし、学校へも行がへてもらえねがったんだ」
お國言葉で訴える陸奥ことAの言葉に、園長であるオレは大袈裟に嘆いてみせる。
目頭を揉み、ハンカチを取り出して熱くなった目許を拭う。なんならオッサン臭く鼻もかむ。ちーん。
ささやかに笑いが起きた。
嬉しい反応、ゴチソウサマです。
役者にとって、観客様のリアクションは値千金のご褒美であります。
孤児の少年達の話は続く。お互いに語るにつれ、だんだんとヒートアップしていく。
「親の記憶がありゃいいってモンじゃねぇべ」
不幸合戦に興奮したように相模が言えば、
「あんなれ……いぎなり失礼なこと言うな。まだ君は話してないっちゃ、あれざれ かだってさい 」
……語尾の『~っちゃ』に某虎柄ビキニ少女を思いだしてはいけない。しゃべってるのは伊達だ。
相模と伊達は地元でもほぼ標準語を使っているので、あえて地元のお年寄りが話している言葉を使ってもらった。
さて、そろそろか。
四人の過去が出揃ったところで、オレこと園長は涙を拭い、決心したように居住まいを正す。
背筋を伸ばし、さも今やってきたという素振りで彼らに歩み寄る。
「やぁ、君達だね、今日からここへ入園するのは。いや、大変だったよねぇ……ねぇ、辛いこともたくさんあったろう、うん、うん……」
馴れ馴れしさにドン引きする彼らの手をとり、一人一人と固い握手を交わす。
人情味溢れる、情に厚すぎて暑苦しいお節介なオジサン園長のお手本にしたのは、名優・西田敏行さんだ。かの人はアドリブの名手としても知られている。
マネだ模倣だと言われるかもしれない。けれど、何事もマネて慣れることからだ。特に指導者に恵まれない場合には、唯一の勉強法になる。
そして自らの体験を涙を堪え語ると、四人はなんとも言えない表情で顔を見合わせる。気まずそうですらある。
子供達は知らないけれど、客席から見ていた人には、「子供達の不毛な争いを止めるためにウソをついたんだな」と分かる。先に上演したグループでも、園長の過去話の真偽の解釈は別れていた。
元ネタの千夜一夜物語では真実として語られていたけど、コメディなのであえてウソの選択をした。
「さぁ皆、部屋に案内するよ。おいでおいで、さぁ行こう。あ、荷物持とうか? いらない? あぁそう、男の子だもんなぁ……」
お節介な園長は子供達からロクな返事ももらえないまま、連れ立って袖に退場する。
全員が袖にハケ終えると、大きな拍手をいただいた。
「……っはー! 演りきったな!」
「緊張したーぁ!」
「お疲れお疲れ!」
ハイタッチもそこそこに、質疑応答に入るため舞台に戻る。五人で一礼すると、最前列の真ん中に座っている袴田さんが手を叩く。
「ほいほい、お疲れー。じゃあなんか意見ある人は?」
ちらほらと手が挙がる。袴田さんに指名された女子が、マイクを手に取る。
どんな批評が飛んで来るやら……そわそわと身じろぎしたくなるのを、なんとか堪える。
「えーと、二つあります」
おぉ、二つも。なんでしょか。
「まず、方言を取り入れてましたが、ところどころ聞き取れず意味が分からない言葉がありました。
ニュアンスでなんとなくは理解できるんですが、物語によりすんなり入るために、もう少し噛み砕いた方がよかったかなと思います」
あちゃー……お國言葉のリアリティさと分かりやすさを天秤にかけて、ギリギリで調整したつもりが甘かったか。
「もう一つは、全体的に少し声が小さいなと感じました」
ごもっともです。こと鞍干たちの後じゃ、なおさら小さく聞こえただろう。もちろん相模を除いてだけど。
「でも、今日同じシナリオで六本目の実演だったのに、思わず笑ってしまえる場面が何度かありました。楽しかったです、お疲れさまでした」
『楽しかったです』
その一言で、胸の芯が熱くなる。
その一言が、役者にどれだけの喜びと力をくれるか、そればっかりはとても言い表せない。
ありがとうございましたと、五人で深々と礼をした。
「もう一人くらいいこうかー。はい、挙手ー」
視界の隅で、のっそりと伸びる手があった。
……あのモジャ頭。天野耕助だ。今まで沈黙を守っていた天野が動いた!
ひいぃ! な、なにを言うつもりだろう!
初めて手を挙げた天野に気付き、袴田さんは小さくおっと声を漏らす。
「それじゃあ天野、いこうか」
マイクを受け取り、天野がゆらりと立ち上がる。それを見た俳優科の生徒達が密かにさざめく。
「あれがあの天野耕助か」
「シナリオ大賞で受賞した鬼才か」
さすがに聞き取れはしないけど、大体そんなことを言い合ってるんだろう。
……ほら、皆ちゃんと情報仕入れて勉強してるんだって……知らなかったの、多分オレ達くらいだよ。
自分達ののほほんっぷりに恥入りつつ、天野の言葉を待ち受ける。
「まずは皆さん、お疲れさまでした」
普段は標準語なんだなと、頭の隅でちらりと思いつつ礼をする。
「方言を取り入れようと発案したのはどなたですか?」
げっ、なんだその質問!
やっべー、しくじったか……
「オレです」
恐る恐る手を挙げる。
天野はなんの感情も映さない瞳でオレを見た。そしてまた口を開く。
「では、喜劇にしようと発案したのは?」
え、ちょっとなんだよ、そんなにヤバかったか?
それなりに手応えあったのに……
「……オレです」
「なら、園長を最初の方から舞台に出そうと言ったのは?」
「……それも、オレです」
天野の黒い瞳が、無機質にオレを捉え続ける。
……なんなの、モーヤメテ、ジャンのヒットポイントはゼロヨー……
白目剥きそうになるのを寸でのところで踏みとどまる。
「……そうですか」
そうなんです、どうもスイマセンした、もう勘弁してください……
「方言の使用は思いつきませんでした……先程の指摘にもあったように、賛否が別れるところでしょう」
ですよねー、リアリティよりも分かり易さをとるべきですよねー……
「ですが、わたしは評価します」
……え?
鬼才の発言に、会場が一際大きくざわめく。
「それによって、Aの遠くから云々という説明台詞を回避でき、かつ本当に遠くから来たのだと印象づけることに成功していました。
わたしがこのシナリオで一番無粋に感じたのがあの台詞です。あの台詞を省いていたのはこのグループだけです」
……あれ? 褒められてる?
「わたしがこのシナリオを演出しろと言われたら、おおよそ同じ手法を選択したと思います……気が合いそうですね」
にこりともせずに言われても、どうすりゃいいのコレ……
とりあえず半笑いで会釈してみる。
「お疲れさまでした」
ありがとうございましたと、また五人揃って頭を下げた。
オレ達が舞台から降りるのを待たず、袴田さんが立ち上がる。
「ほーい、それじゃあ演った側も観てた側もお疲れさま! 同じシナリオでもこれだけ色んな解釈があって、観てる側にもかなり有益だったんじゃないかな。脚本演出科の生徒は、来週までにレポート仕上げておくんだよー」
そこでチャイムが鳴った。舞台から降りるタイミングを逸して、そのままそこで終業のあいさつを済ませる。
客席の生徒たちがばらばらと立ち上がり帰り始めると、相模が勢いよく肩を組んできた。
「やったなジャン! あの天野に褒められちったな!」
「え、あ、あぁ……」
舞台の興奮と緊張が残っているせいか、頭がうまく回らない。
「ジャン君お疲れさま~っ!」
「お疲れっ」
「……お疲れ」
三人も労いの言葉とともに肩を叩いてくる。
「いや、そんな……皆が頑張ってくれたからうまくいったんだよ」
「そりゃ僕らも頑張ったけど。今回の功労賞は、間違いなくジャンでしょ」
「そんなこと……」
ゲキ高に入って、ささやかながら初めての舞台の余韻に浸っていると、三河があっと声をあげる。
「いけない! 次の化学の授業、移動教室だったよね!」
「おっとそうだった、やべやべ」
一旦教室に戻ってから、今度は理科室に行かなきゃならない。浸ってる場合じゃなかった。
慌ただしく舞台から飛び降りていく四人の横で、なんとなく名残惜しくて舞台の床に触れた。
さっきまでの芝居の熱気も緊張もなにもかも映しながら、ひんやりとしてそこにある。
「おーいジャン! なにやってんだ、行くぞー!」
「おー」
返事をしながら、舞台から観る風景を目に焼きつける。赤い背あての観客席、高い天井、その間にある音響照明室の小窓……今度ここに立てるとしたらいつだろう。
きっと劇高祭だ。
俳優科の人間全員が舞台に立てるワケじゃない。希望の脚本にエントリーした後は、当然配役選考のオーディションがある。
「おい、どうした?」
出口に向かっていた相模が戻ってきた。
「いや、またここにさ。立ちたいなと思って……」
オレの考えを察したように、相模は宙を仰いだ。舞台の上には様々な照明器具が吊り下げられ、歪な影を天井に投げかけている。
「……あぁ。五人で戻ってこようぜ、ここへ」
「だな」
「ちょっと相模君まで~! はーやーくー!」
二人でしんみりしていると、焦った三河の声が飛んでくる。
夢から醒めるように舞台から降りて、三人のところへ駆け出した。
<補足>用語説明
『ト書き』
芝居の脚本に書かれている、台詞以外の行。場面転換や、役者の動作を指示したものが書かれています。
『緞帳』
舞台に掛かる、一番客席に近い厚い幕。意外と重いので、緞帳が下がる時に真下にいると事故になります。
『袖にハケる』
『袖』は、舞台の両サイドにある幕の内側で、観客から見えない部分のこと。登場前の役者がスタンバイしたり、大道具などを隠しておく場所。舞台にいる役者が袖に入ることを『ハケる』という言い方をします。




