合同授業中編 「アンタの演り方は好きじゃない」
袴田さんから合同授業の予告があった日の放課後、オレ達は開放されている第七レッスン室にいた。
ここはなんの設備もないだだっ広いだけの部屋なので、人気がなく貸切状態だった。
演技指導の授業中は、鞍干との一悶着で時間を費やしてしまったので、金曜日までの放課後を使って芝居を作り上げるしかない。
「さて。今回はどんな芝居のテイストで演るかによって大きく変わってくるから、配役より先にテイストを決めようと思うんだ」
オレがシナリオ片手に提案すると、伊達は首を捻る。
「……テイストと言っても……」
「うん、悲しくしんみり演る以外に、どんなやり方が?」
陸奥も同様に首を傾げる。
「うん。確かに、一見すると悲劇なんだけどさ。実は千夜一夜物語に、これとよく似た話が出てくるんだよ」
「えっ、それってアラビアンナイトだよね~? アリババとか出てくる……」
三河が意外そうに目を丸くする。
「そうソレ。アリババやシンドバッドの活劇モノが有名だけど、他にも説教臭い話からちょっとエロチックな話まで、色んな話があるんだ」
おいソコの相模君。エロの言葉に反応しなくてもよろしい。
シェヘラザードという美女が、残虐な王に千一夜を尽くして語った物語には、長短様々な話がある。ジャンルも豊富で、それこそ百合でもBLでもなんでもござれだ。
話を元に戻す。
「その中に、これとよく似た話がある。
不幸な境遇の男達が集まって、それぞれの身の上話をしていると、更に上をいく不幸な男が現れて……っていう話。
でもこれは悲劇なんかじゃなくて……翻訳にもよるだろうけど……ちょっとしたコメディタッチの話として語られてるんだ。このシナリオは、多分その話をベースにしてるんだと思う」
「コメディ? これがか」
相模はシナリオに食い入るように目を落とす。
「そう。男達は身の上話をするうちに、『我こそはこの世で一番不幸だ!』って、不幸自慢大会になっちゃうんだよ。
そこへ、男達が味わった不幸の全てを味わい尽くした男が現れて、誰もそれ以上話せなくなるっていう……」
「えぇ~っ! ぼくてっきり、この子供達は『自分達よりも不幸な人が世の中にはいるんだ、頑張らなきゃ』って、前向きな気持ちで黙り込むのかと思った!」
「まぁ、ストレートに読めばそうなるよな」
素直な気持ちで読み込んでいた三河に同意する。
けれど、今回の課題はいかに独創的に演じるかだ。直球勝負は避けるべきだろう。
「このシナリオを選んだ袴田さんが、元ネタを知らないとは考え辛い。今回は元ネタに習って、コメディで行こうと思う」
どの道舞台経験の乏しいオレ達じゃ、演技力が必要となる悲劇で演り合っても勝ち目はない。
そう言うと、四人はオレの提案を受け入れてくれた。悔しいけど、経験と実力の差は認めるしかないんだ。技量の不足は工夫で補うしかない。
コメディとして成立させるべく、案を出し合い台詞を書き加えていく。
子供達が過去を言い合う場面は、まさに熟練三人組芸人の「オレがオレが」のノリだ。
手直ししたシナリオを、役を仮決めして読み合わせてみる。
「あぁ、いいんじゃねコレ! なんつーか俺達らしいよな!」
「うん、無理なくまとまったんじゃないかな」
ふむ。でもまだなにか足りない。
「正直オレの予想だと、悲劇テイスト五・喜劇テイスト三くらいの割合で、同じようなこと演るグループがいると思うんだよ」
「えぇっ! 皆そんなにアラビアンナイト知ってるかなぁ?」
例え知らなくても、最後に子供達が口を噤んだ理由を突き詰めていくうちに、コメディ路線の可能性に気付くヤツもいるはずだ。
それに、子供Aの『遠くまで来てしまった』なんていう説明台詞も気にいらない。
園長はどこから子供達の話を聞いていた? それとも全く聞いてなかったのか?
ト書きに書かれているのはあくまで『子供達の前に現れる』タイミングだけだ。こっそりとそばで聞き耳を立てている芝居も可能だ。どのタイミングで園長を舞台に出すのが効果的だろう。
あぁ、どうしたもんか……
グツグツと脳が沸きそうなほど考え込んでいると、三河がふと感慨深げにため息を零す。
「難しいんだけど、なんだか嬉しいな~」
「嬉しい?」
その言葉に四人で見やる。三河はちょっぴり頬を染めて、体育座りした膝にアゴを乗せた。
「昼間も言ったけど、ぼくがいた部ってホント弱小っていうか、むしろ廃部寸前みたいな状態でね~。部員もやる気なんてなくて、真面目にやればやろうとするほど、白い目で見られちゃうっていうか……そんな状態で」
あぁ。分かりすぎる。
気付けば激しく首を縦に振っていた。相模も同じだった。
「分っかるわー! 発声練習なんて真剣にやろうモンなら、他の部のヤツらからも白い目で見られたりしてな」
「あったあった!」
頷き合う元弱小演劇部員に対し、ぽかんとしているのが元名門合唱部の二人だ。
「……それは、それは……」
どうフォローすればと悩む伊達の横で、陸奥は口を歪めている。
「なにソレ。どうして? うるさいからってこと? それなら、合唱部や吹奏楽部だって同じじゃない」
「あー、いや、そういうことじゃなくて……」
なんて説明すればいいだろう。
例えば、美術部が弱小だったとする。部員はいつも美術室に篭っていて、いるのかいないのかも定かじゃない。けれど、その実体を怪しんだりするだろうか。
しないはずだ。美術部は美術室で静かに絵を描いているのが当たり前だと、誰でも分かるからだ。
例えば、吹奏楽部が弱小だったとする。当然賞を獲ったこともない。奏でる音色は貧相そのものだ。だとして、その活動を笑ったりするだろうか。
しないはずだ。誰しも音楽の授業でリコーダーなんかの演奏を経験していて、それよりも高度な楽器を演奏することがどれだけ難しいか、容易に想像がつくからだ。
ところがどっこい。
これが演劇部となると話は別だ。
演劇部というものが、文化部にカテゴライズされた運動部だなんて、部員以外の誰が知っているだろう?
弱小で目立った活動もしていなければ、他の生徒にとってはハッキリ言って未知の存在でしかない。
他の芸術分野と違い、触れる機会の少ない演劇だ。日頃なにをどんな風に練習しているのか分からない、という人も少なくない。
大会の知名度もないに等しいから、なにを目標に活動しているのかも当然知られていない。
『部室、あるいは体育館ステージの幕裏で、ゴソゴソ蠢く目的不明の集団』
それが、大方の評価だ。
「……ってワケだよ。どうもこう、アングラなイメージ持たれてるよな、演劇部って」
「そうそう~」
「鞍干んトコみてぇに、大会でもバンバン活躍してるような強豪部なら、周りの見る目も違うだろうけどなぁ」
三人で自虐交じりに説明すると、陸奥はますます顔を歪めた。
「ヤだな、そういうの。真剣な人を笑うなんてさ。しかも、同じ部の中にまでそういう人間がいるなんて……」
よしよしと三河の栗毛を撫でて慰める。三河は照れたように鼻の頭を掻き、
「だからこそ、嬉しいんだぁ。こうやって、真面目にお芝居に取り組めることが。一緒に真剣になってくれる仲間がいることが。こんなこと、夢のまた夢だったもん、なー? ……あ、『なー?』って言っちゃった」
西のイントネーションで言ってしまって、慌てて口を押さえる。それを見た瞬間閃きが下りてきた。
「それだ!」
「え、どれ?」
「皆にはすっごい武器があるじゃんか! これでAの説明台詞も要らなくなる!」
「なんの話~?」
「シナリオの話だよ!」
「え、あぁ」
すっかり忘れてたとばかりに、四人は改めてシナリオを持ち直す。大丈夫、オレも忘れかけてた。
閃きを元に、ある案をみんなに話す。最初は四人とも驚いたものの、すぐに乗ってくれた。
そこから再度シナリオに手を加える。ほぼ全編書き直す勢いだ。けれど三河の言葉を聞いた後じゃ、少しも苦じゃなかった。
演劇は上達を望めば望むだけ、練習は運動部並みの厳しさになるし、手間も時間もかかる。文化部の『楽さ』を求めていた部員達とでは、とても望めなかった類の苦しみだ。
完成したシナリオを読み合わせて、全員で頷き合った。
オレ達の持ち味を最大限発揮するにはコレしかない。
そしてクラス内発表で代表枠を勝ち取ったオレ達は、合同授業の舞台に挑むことになった。
◇ ◇ ◇
──そして、来る合同授業の日。
広い講堂の客席には、前方に脚本演出科の生徒と講師の面々が、後方に代表からもれた俳優科の生徒達が座っている。
客席の半分すら埋まっていない状態だけど、舞台袖からのぞく客席の光景は壮観だった。
オレ達の出番は、よりによって最後のトリだ。他のグループの実演を舞台袖から見守る。どのグループも各組から選抜されただけあって、上々の仕上がりだ。
「うわぁ……みんな上手だなぁ。どうしよ、緊張してきたっ」
手のひらに三回人という字を書いて、ごくりと飲み込む三河。
各グループの実演後には、演出科の生徒からの質疑応答、あるいは批評がある。
洗練された感性を持つ演出科生ならではの、厳しい指摘が飛びだす様を見て、いやがおうにも緊張が高まる。
誰かが後ろに立つ気配がして振り向くと、鞍干だった。
鞍干たちのグループはトリ前、オレ達の直前だ。
「まったく……あんな奇抜な方法で残るなんてなぁ」
即座に相模が割って入ろうとするのを、そっと押し返す。
大丈夫、もう喧嘩なんてしない。そう目で訴えると黙って身を引いてくれた。
「鞍干……出番、もう次だな。頑張れよ」
励ましの言葉をかけると、鞍干は肩透かしを食ったような顔をした。嫌みでもなんでもない。舞台に立つ人間を応援する気持ちは本心だ。
鞍干は舌打ちすると、居心地悪そうに頭を掻く。
「その独創性は認めてやるよ。だけどな、芝居は奇をてらえばいいってもんじゃない。演技で魅せるモンだ。おれはアンタの演り方は好きじゃない」
今度はオレが面食らう番だった。
鞍干は好きじゃないという言い方をした。ってことは、少しは評価してくれたと自惚れていいんだろうか。
客席から湧き上がる拍手が、前のグループの実演終了を告げる。すぐにマイクを使った質疑応答が始まった。
支度を始めようとする鞍干の背中に呼びかける。
「確かに、未熟なオレ達が残るためには奇抜さで勝負するしかなかった、認めるよ。だから鞍干達の芝居から学ばせてもらうよ、正攻法の演り方を」
鞍干は肩越しに視線だけ投げてよこす。
「いいぜ、見てな」
そう言い捨てて、空いた舞台に飛び出して行った。
その背中を見送って、相模がホッと胸を撫で下ろす。
「あー、またドンパチやらかすつもりかと思ったぜ」
「さすがにしないって。『喧嘩は舞台の上で』、だろ?」
心配をかけてしまった相模に両手を合わせた。
「見て。アイツがいるよ」
袖の隙間から客席をのぞいていた陸奥が、嫌そうな声を出した。見れば、客席の最前列に天野の姿が。
「……今のところ、まだなにも発言していないな……挙手すらしていない」
不気味だと言いたげに、伊達が緩く首を振る。
「気にしたってしょうがあるめぇよ、俺達は俺達の演り方で演るだけだ」
相模の力強い言葉に、四人で頷き返した。
まもなく、鞍干たちの実演が始まった。
鞍干達のグループは正攻法をとり、悲壮感溢れる芝居を展開する。アドリブも少ない。
あの単調なシナリオをほぼ忠実になぞっているのに、各々が持つ演技力で、観る者をぐいぐいと芝居に引き込んでいく。
最後は子供達が無言で頷き合い、沈黙のうちに強く生きていこうと誓い合う、見事な感動のストーリーに昇華してみせた。
「……さすがだな」
伊達がぽつりと呟く。
口惜しいけど、今のオレ達にあの芝居はできない。
それでも、オレ達は今できる演り方で精一杯演じきるしかない。
鞍干達の質疑応答が終わった。そのほとんどが技量の高さを褒め称えるものだった。
「よし、行こうぜ!」
相模が突き出した拳に、それぞれの拳を突き合わせる。
いよいよオレ達の芝居の幕開けだ。
まずは子供役の相模と陸奥が、舞台へ乗り込んでいった。




