止まない雨は無く、夜明けは必ずやってくる
「うーん……そろそろ不味いんじゃないかなぁ」
「だとしても、雨避けに出来そうなところも無いし、もうしばらく降らないように祈るしか無いね……」
あれから空模様は徐々に悪くなっていって、今は完全な曇り空になっちゃったよ。雲も随分黒くなってきてるし、雨が降り始めるのも時間の問題かも。
そりゃあ荒野だからって雨が降らないって訳じゃないけど、あまり降らないからこういう時は大変なんだよね。ずぶ濡れのまま、雨宿り出来るところを探すのって結構疲れるんだよ。下手すると風邪引いちゃうし。
だから二人で足早に街道を進んでるところ。昨日もそんなに寄り道しなかったし、二日くらい掛かるって言われてた道のりも大分来たとは思うんだけど、まだそれっぽいところは見えないかなぁ。
見えるのは、一枚の岩山だけ。この辺りは地面の隆起こそあれ、ああいう岩山はそんなに無いから目立つな。とは言っても、そこまで大きな岩山って訳でも無さそうだけど。
「ん? クリティあれ、あの岩山の麓にあるのって……」
「! どうやら、目的地は見えたみたいだね」
まだ遠いけど、建物らしい物が見えてきた。あれがサンズコールかな。じゃないにしても、今の状況じゃあそこに立ち寄らないて選択肢は無い。
「急ごう。もう何時雨が降りだしてもおかしくないよ」
「異議無し! もうちょっと、もうちょっとだけ降らないでよー」
本当に降らないでもらいたいね。まぁでも……厳しいかなぁ。
歩く足を更に早めて、見えた目的地へ急ぐ。見えたからって走ってすぐに着ける距離じゃまだないからね。
が、結局走る事になったのは言うまで無いでしょう。降るな降るなと思って雨を止められるなら誰だってそうするだろうし。
案の定、ぽつりぽつりと雨が地面を濡らし始めた。大地にとっては願ったりなお湿りだろうけど、正直勘弁して欲しいなぁ。
「うわ、降り始めちゃった! クリティ急いで!」
「分かってる! はぁ、宿がすぐ見つかれば良いけどなぁ」
そりゃあ、走るのは荷物の少ないセリナの方が速くて当然だよね。でも僕だって結構頑張って走ってるんだよ? こういう時、エウロスがあるのってきついんだよね。
不味いなぁ、だんだん勢いが増していく。こりゃ、町に着く頃にはびしょ濡れコースまっしぐらだね。乾かすのに時間掛かるのは覚悟しないと不味いか。
おまけに雨に濡れ続けると弾薬が湿気っちゃってね……カートリッジ内の火薬が濡れたら使い物にならなくなる。まぁ、一応予備の服で包んで、最低限の防衛はしてるんだけどね。限界はあるけど。
弾だって安くないんだから、無駄にはしたくないんだよ。と言っても、この弾はグリーンノアで倒した奴等から貰った、あくまで貰った弾だから元手はただだけどさ。
はぁ、ばしゃばしゃ雨を受けながら走るのが辛い。でも、もうちょっとだ。頑張れ僕、雨になんか負けるな! 僕っていうか、カートリッジ達!
「はぁっ、はぁっ、もうちょっとだよ!」
「り、了解!」
うぅ、体力の差を物凄く感じる。こういう時に自力の差っていうのが出るんだよね、これ。銃を撃つだけと、自らの力で戦うのでは体力の差は大きいか。
でももう少しだ、早く宿を取って休みたいよ全く。しかし雨だしなぁ、宿が満員って可能性はがっつり上がっちゃうんだよね。困ったもんだよ。
走って、そのまま町の中へ駆け込んだ。と、とにかく何処でもいいから軒下へ。雨宿り最優先だ。
「セリナ、こっち!」
「うん!」
ふぅ……やっと一息つけたよ。何の建物か知らないで飛び込んじゃったけど、結構大きいかな。
「はぁ〜、もうビショビショ。昨日はあんなに天気良かったのになんでこんなに降ってくるかなぁ」
「荒野の雨は、乾いた大地に嘆いた空の鯨が流す涙だ。なんていう昔話があったっけ。流すにしても、流し過ぎだって話だよね」
「あ、それ、雲の上の鯨って話だよね。あたしもちょっと聞いた事あるよ」
自分が暮らしてる海が干上がって無くなって、住む場所が無くなった鯨は空に登った。そこから、無くなった海と乾いた大地を嘆いて涙を流している……なんて話だったかな? まぁ、子供に話し聞かせるお伽話の一つだよ。
もちろん冗談で言っただけ。これでセリナがこの話を知らなかったら、何それ? って冷たい一言が返ってきてたところだろうけど。
冗談言ってないで、早く濡れた服着替えないと本当に風邪引くよ。この町の宿は何処にあるのかな?
「あら? どうしたのあなた達、ずぶ濡れでうちの前に居るなんて」
「あ、すいません。少し雨宿りしたらすぐに宿を探しに行きますんで……」
「宿? 宿を探してるの? だったら、うちもそうよ」
え? そうなの? なんだ……ならさっさと中に入って確認すれば良かった。
「本当ですか!? やった、クリティここに泊めてもらおうよ!」
「だね。二人なんですけど、部屋の空きってあります?」
「それなら大丈夫、寧ろ空き部屋ばかりで困ってるくらいだから。さ、入って」
促されるままに中に通してもらった。……ありゃ、本当に中にある食事用の席にも誰も居ない。結構広いんだから利用客が居てもおかしくないと思うんだけどな。
中の清掃もきちんとされてるし、ますます客が居ない事が不思議だ。何か理由があるのかな?
「そうねぇ、あなた達着替えはあるの? あるのならいいけど、無いなら何か貸してあげるわよ」
「あたしは……うん、なんとか大丈夫」
「えっと僕は、と。大丈夫そうかな」
「あら、なら部屋を用意すれば良さそうね。来て、案内するわ」
なんか随分淡々と親切にしてくれるお姉さんだな。ここの宿の人だろうけど、他に人が居るような感じもしないし、うーん?
案内するって言うんだからついて行こう。と思ったら急に止まった。どうしたんだろ?
「部屋は相部屋でいいのかしら? それとも別?」
「そりゃあ、別の方がいいよね?」
「え、一緒でいいんじゃない?」
いや、不味いでしょそれは。だってこれから着替えるんでしょ? 相部屋は不味いよねどう考えても。
「彼女もいいって言ってるんだから相部屋でいいのじゃない? 因みに、部屋を別にするとお高くなるわよ?」
「えぇ!? ど、どれくらいで?」
「一泊は銅貨30枚、別部屋なら倍」
「相部屋でお願いします」
選択肢はありませんでした。銅貨60枚とか、グリーンノアで貰った報酬が全部飛んで、おまけにマイナスだしね。いや、セリナに自分の宿泊費を払って貰えば問題無いけどさ、多分払わないよね。だって相部屋なら払わなくてもいいんだから。
「あらあら、お若いのに熱々のカップルさんねー」
「そう見えます?」
「見えないからあえて言ってみたの。はい、この部屋よ」
「あ、ありがとうございまーす」
な、なんか独特な空気を持つ人だな、この宿の人。あまり気にしても仕方無いけど。
部屋の鍵が開けられて、今日お世話になる部屋に通された。うん、普通の部屋だ。ベッドも二つあるし、机なんかも二人分ある。服はここで乾かせばいいか。
「じゃあ、これが部屋の鍵ね。着替えたらどちらかでいいから、宿帳を書きに来てね」
「分かりました。ありがとうございます」
「えぇ、それじゃあごゆっくり」
うん、普通の受け答えをすれば、普通に良い人っぽいかな。後で忘れずに宿帳を書きに行こうか。
「はー、やっと濡れた服着替えられるよー」
「ん? うわぁ!? ちょ、セリナ何脱ぎ始めてるの!?」
「だってこのままだったら冷えちゃうでしょ? クリティも早く着替えた方がいいよ」
「ぼ、僕はセリナが着替えるまで部屋の外に居るから! 終わったら呼んで!」
伝えて慌てて部屋から出ました。もうベストを脱いで、その下のシャツのボタンを半分くらい外してたからね、流石に慌てるって。
まったくもってセリナは無用心というか無防備というか……一応僕も男なんだから、急に目の前でそんな事されたら戸惑うっていうのに。
とりあえず、部屋の前でもカートリッジの確認は出来るから、先にそれをやっておこうか。ついでに、これから着る服も出しておこっと。
荷物袋は革製だから多少は雨にも強いけど、やっぱり限界はあるよなぁ。入れてた服と敷き布で包んでおかなかったら、弾薬も手当て用の薬とか包帯もダメになってたところだったよ。雨に備えておいてよかったかな。
うん、カートリッジは弾倉に入れてたのもそのまま持ってたのも大丈夫そうだ。廃棄しなきゃいけない弾は無しっと。後はシャツとジーンズを一枚ずつ出して……ちょっと湿ってるのは我慢して着るしかないか。三着ある予備の二着まで濡れちゃってるんだからどうしようもないし。
靴も濡れてるけど、これは替えが無いから乾くまでは我慢して履いて……ジャケットは水吸って重いし、脱いで乾かすか。うわ、茶色だったのが濡れて濃い茶色だよ。もう少し雨曝しだったら荷物も全部アウトだったろうな。
「クリティー、入っていいよー」
「うん、分かったー」
やれやれ、本当に驚かせないでほしいよ。それじゃ、今度は僕が着替えさせてもらおうかな。
部屋に入ると、セリナが濡れてるベストを乾かす為にか、窓際で水気を切ろうとしてるみたい。僕も後でジャケットにやらないと、だね。
「もぉ、全く……あまり驚かせないでほしいよ」
「いやぁ、クリティがあんなに驚くと思わなくて。でも、そんなに気にしなくよかったのに。あたしは別に気にしないし」
「気にしてよ……セリナが困らなくても僕が困るから」
「そぉ? 分かった。あ、ならあたし宿帳書いてくるね。その間にクリティは着替えをどーぞ」
「そうしてくれると助かるよ。あ、それじゃあこれ、よろしく」
「なぁに? あ、お金か。分かった、行ってくるね」
先払いか後払いか分からないし、先に渡しておくのが吉でしょう。それじゃ、ちゃちゃっと着替えますか。
……よしっと。後はジャケットの水気を切って、ハンガーに懸けておこう。ポールハンガーが一つしか無いみたいだし、セリナのベストと一緒に置かせてもらうしかないか。
で、忘れない内に銃の水気も飛ばしておかないと。中に水貯まっちゃうと機構がおかしくなっちゃうよ。まぁ、ゼファーとエウロスの水気を飛ばすのは簡単だけど。
魔力リロードと同じように、両方の銃に魔力を通す。で、普段は弾丸にしちゃうその魔力を銃の内部で風に変換。それをトリガーを引いて銃から出してやれば、乾かしつつ水切り出来るから便利なんだよね。
お、ぽたぽた水が出て来た。まぁ、窓の外に向かってやってるから平気だよ。
「……ん、こんなもんかな」
よーし、水切り終わりっと。それじゃ、セリナが窓際のベッドを使うみたいだから、僕は内側のベッドの方の机に荷物置かせてもらおうか。
荷物袋も中の物も乾かさないとならないから机の上に広げて、と。でもこの後はどうしよう? 今日はもう何も出来そうにないかなぁ。
ん、部屋の扉が開いた。セリナが帰ってきたみたいだ。
「お帰り。ごめんね、宿帳と支払い頼んじゃって」
「ううん、それはいいよ。クリティもういいならさ、マリアレンさんが温かい飲み物作ってあげるって言ってたから、飲みに行こうよ」
「あ、それ助かる。分かった、行こう」
んー、銃は置いていっていいか。流石に、宿の中で撃たなきゃならない事にはならないだろうし。
とかなんとか言いながら、やっぱりゼファーだけは持っちゃうけど。エウロスまで持ってるのは邪魔になりそうだから、それは流石に置いていくよ。
で、部屋から出て施錠してと。セリナもブラウエクレールを身に付けないでいるし、鍵はしておいた方がいいよね。
「そう言えば、クリティがジャケット着てないの始めて見たよ。ふーん……着太りするタイプ? なんか、がっしりしてるなぁって思ってたけど、ジャケット脱いだら普通だね」
「あのジャケットは厚手の革だからそう見えてもおかしくないよ。丈夫な分、水を吸っちゃうと重くて重くて。慣れちゃうと、こうしてシャツだけで居ると物足りない気もするんだけどね」
「へぇー。やっぱりさ、旅する為の装備って事だよね?」
「もちろん。すぐに破けるような服だったら、買うにしても繕うにしてもお金の浪費になるでしょ? それなら一着でずっと保つ服を買った方がずっと得って事。まぁ、僕の場合盗賊と銃撃戦になっちゃうとすぐにあっちこっち破けちゃうんだけど」
だから荷物の中には繕う為の裁縫道具なんかも用意してるよ。旅に必要な技術は大体は習得してると思う。……たった一つを除いて。
「ちゃんと何買うとかも考えてるんだねー。あたし、そこまで着る物の事考えた事無かったや」
「お洒落をしようとは言わないけど、ある程度丈夫さとかは気にしておくといいよ。丈夫さはイコールで服の防御性能にも直結するし」
「ちょっとやそっとで破けない服は、身を守るのにも適してるって事だね。なるほどなるほど」
何処までいっても服は服だから、程度はあるけどね。それ以上の防御力を求めるなら、それこそ鎧なんかを身に付ける必要がある。僕? 重い装備は銃以外はパス。
高い防御力っていうのは確かに魅力だけど、身軽さを失ってでも手に入れたいかって言われたら、僕の答えはノー。長旅……っていうか、人生それ即ち旅なり、な僕としては、装備の重さでの消耗って言うのは移動の妨げでしかないからね。
お金に糸目をつけないのなら、魔法で強化された法衣とか服って言うのもあるけど、それは本当に高級品。偶然手に入れるような機会が無ければ、到底手出し出来る代物じゃないって事だけははっきりしてる。……もし販売されてたら、金貨を山程積まないと買えない銃を二丁も持ってる僕が言う事でもないけどね。
っと、宿の入口に到着っと。まぁ、ここまでの廊下で少し話してただけだから、そりゃあ二言三言話してれば着くのは当然だけど。
「ん、彼氏君も来たわね」
「だから僕達はそういうのじゃなくて、旅の仲間ってだけですから」
「ふふっ、ごめんなさいね。でも、こんなに若い旅人の二人組なんて始めてだから、少しからかいたくなっちゃって」
「勘弁して下さい……あ、名乗ってなかったですね。僕はクリティ、今晩はお世話になります」
「セリナちゃんが宿帳に書いてくれたから分かるわ。私はマリアレン、ここの宿の店主よ。よろしく」
手を出されたから握手。っていうか、受付に居なくていいのかな? ごく自然にテーブルの一つに腰掛けてたけど。
「ん? 店主?」
「そうよ、この宿を切り盛りしてるのって私だけなのよ。だからこんなに人が来ないのも考えものだけど、あまり混み合われても困るのよね」
「あの……失礼ですけど、お幾つですか? マリアレンさん」
「あら、レディーに向かってその質問はナンセンスよ? なんてね。私は19、こんな宿を持つにしては、確かに若過ぎるわよね」
19!? 僕の四つ上でしかないの!? それで、町で一軒家の宿を持ってるとか……う、羨ましい。
「ま、話は温かい物でも飲みながらにしましょうか。ホットミルク作ったんだけど、クリティ君はミルク大丈夫?」
「大丈夫、というか好物です。あ、その分のお代を」
「宿泊費と込みでいいわ。ウェルカムサービスとでも受け取って」
それは非常に助かる。なら、遠慮無く受け取らせてもらおうか。
どうやら、宿の受付の奥がそのまま厨房になってるみたいだ。入っていったと思ったら、すぐにカップを三つ持ってマリアレンさんは戻って来た。
「わぁ、良い香り……これ、ミルクだけの香りじゃないよ」
「良い香りでしょ? 隠し味にシナモンが入ってるの」
「なるほど、雨曝しになってた僕達へ、って事ですか。助かります」
「へ? どういう事?」
「あら、シナモンの生薬としての効果も知ってるのね。残念、後で教えて自慢しようと思ったんだけどな」
そんなに詳しいわけじゃないけど、軽くなら知ってるのもあるさ。シナモンの薬効はずばり体を温める作用。後、胃の調子を整えるような効果もあったかな? 今の僕達にありがたいのは前者の効果だから、後者はうろ覚えでも問題無いでしょ。
受け取ったカップを傾けると、程良い温度と甘味のミルクが口の中に広がる。あ、これは美味しい。本当に美味しい。
「美味しいよー、これ。はぁ、生き返るー」
「本当、一息つくにはこれ以外無いって感じ」
「お褒めに預かり光栄よ。自分で作って飲むだけより、こうして感想を聞ける誰かに振舞うのは楽しいわ」
で、僕達が腰掛けた席にナチュラルに座ってくるのね。宿の仕事とか無いのかな? いや、そもそも利用客が僕達だけだったっけ。ならいいのかな?
外では、止む様子の無い雨が静かな音を立ててる。これ、明日までに止まないかもなぁ。下手をすれば、明日も雨かもしれないな。
「外が気になるかしら? 本当に、雨って唐突に降ってくるから困りものよねぇ。今日はもうお客さん来ないかも」
「そうすると、いつもはもっと客が居るんですか? いや、居ないと宿が維持出来ないでしょうけど」
「泊まり客ではないけど、仕事帰りにお酒飲んだりってお客は結構来るのよ。前は、汽車でこの町に来た旅のお客もよく入ったんだけど……」
「あ、汽車って事はここがサンズコールで間違い無いんだ。前はって、どういう事ですか?」
「それがねぇ……半年くらい前に、ここより大きな宿が町に出来ちゃって、そっちに宿泊客は殆ど取られちゃったのよ。全く、お金積まれたからって、うちがあるんだから町長もそんな許可出さないでほしいものよ」
なるほど、ライバル店が出来ちゃってこうなっちゃったのね。聞いた感じだと、外からの客はそっちの宿に取られたけど、昔馴染みの町のお客はこっちを利用してるみたいだね。馴染みのお客がそっちに流れてないって事は、新しいだけでそっちの宿は大した事無いのかも。
溜め息は吐いてるけど、そこまで深刻って様子でもないみたいだ。って事は、稼ぎは結構あるんだ……いいな。
「クリティ? どうしたの?」
「え? あぁ、将来的に宿とかやって生活するのも良さそうだなぁって、ちょっと考えちゃって」
「宿の運営に興味あるの? なんならうちで働いてく? ちょっと人手が欲しいなーとは思ってたのよね。あ、でもやってもらいたいのはウエイトレスだから、適任はセリナちゃんかなぁ」
「ウエイトレス? って、食事の取れるお店とかで料理を運んでる人の事だよね。……ちょっと面白そうかも」
「いやいや、セリナはやる事あるでしょって。それに結局、僕手伝う事無いって事じゃないですか」
「うーん、強いて言えば……あ、倉庫整理とか」
「宿じゃなくても出来るじゃないですかそれ……」
僕が呆れると、その様子を見てか、セリナとマリアレンさんは笑ってる。なんだかなぁ、僕が完全に弄られ役になってるんだけど。
「まぁ、引き止めるつもりは無いけど。二人共若いのに旅をしてるって事は、何か理由があるんでしょ?」
「はい。あたし、人を追ってるんです。あ、マリアレンさんはこの人を見掛けた事ってありません?」
あ、セリナ写真は持ってたんだ。マリアレンさんに追ってる相手を指差しながら見せてるけど、唸ってるって事は見た事無い感じかな?
「……あれ? これって」
「見覚えありました?」
「いえ、違うの。ちょっと待ってて」
? なんだろ? マリアレンさんがまた受付へ行った。ここから見える様子からして、何か探してるみたいだ。
「あ、あったあった。……やっぱり」
「やっぱり? 何かあったんですか?」
「これ見て。この写真」
写真? ふむ、家族写真かな。小さな女の子が中心で、夫婦だと思われる二人がそれの左右に写ってる。
あれ、この男の人……! あ、セリナの写真にも写ってる!?
「これ、うちの出て行った父親なの。三年前くらいに、調べたい事があるって」
「え、なんでこの写真にマリアレンさんのお父さんが!?」
「単純に考えて、こんな仲良さそうに写ってるんだから何かの仲間だと思うけど……マリアレンさん、何かその辺りで分かる事ってありません?」
「うーん、うちの親父ってあまり昔のこと話したがらなかったからなぁ。ただ、何かを調べる為に仲間と一緒に居た事がある、みたいな事は聞いた事あるかな。なんだったかな? 確か……マテ、コア?」
「マテコア? クリティ、何か分かる?」
うーん、マテコア? そんなの聞いた事無いよ。いやでも、ニュアンス的にそれかなぁって言うのは知ってるけど。
「確証は無いけど、マテリアルコアの事かなぁ?」
「マテリアルコア? 何それ?」
「あ、でもなんかそんなのだった気がする」
「セリナは分かってようよ、持ってるんだから」
「持ってる? あたしが?」
「マテリアルコアって言うのは、魔装具の要。持ち主の魔力を各種の力に変換してる核の事だよ。元々は、変換して発生させる力が自然と集まった石とかが使われるのが殆どかな」
つまり、自然界にある風や電気なんかの魔力が集まって凝縮した物がマテリアルコアの元。そういった鉱物や宝石がそれに該当するね。
採掘されたそれらを研磨して、磨き上げたのがマテリアルコア。マテリアルコアを研磨するのも、魔装具や魔銃の核にする為の技術を習得してるのもマテリアルスミスって事になるよ。
「あ、レオハートの事か。そういえば師匠からちょっとだけ聞いた事あるかも」
「レオハートっていうの? あのマテリアルコア。っと、話が逸れちゃうか。とにかく、多分マテコアって言うのはマテリアルコアの略称で合ってると思います」
「とすると、親父はそんなのを調べてたって事になるのね……まさか、あれを調べる為に?」
「……何か、関連のありそうな物があるんですか?」
「えぇ。このサンズコールには、陽呼びの高楼って呼ばれてる場所があるの。そこに、それっぽい物があるのよ」
陽呼びの高楼……この町をきちんと見てないからなんとも言えないけど、そんな高い建物あったかな? それらしい物は見えなかったけど。
「陽呼び……あ、それがあるからここはサンズコールって言うんですか?」
「んー、少し違うかな。そうね、話し始めたついでだし、この町が出来た経緯なんて聞いてみる?」
「また唐突ですね……何か関係あるって事ですよね」
「じゃないと話を振らないわ。聞くって事でいいわよね?」
セリナはもう頷いてる。僕も関係あるって言われたら聞かざるを得ないし、同意しておこう。
「じゃあ、少し昔話と行きましょうか。そうねぇ……昔々あるところに、昼も夜も無い程に、空をいつも暗雲が覆っている土地がありました」
「本当に昔話風に話していくんですか?」
「まぁまぁ、ここはマリアレンさんに任せて、あたし達は大人しく聞いてようよ」
むぅ、それを言われると、マリアレンさんに任せるしかないんだけどね。セリナを見習って、僕も話の腰を折らずに聞いてようか。
僕が黙って聞く姿勢に入ったのを確認するように、ちらっとマリアレンさんの視線が向けられて、咳払いをしてまた話を始めた。確認しなくたって、もう邪魔しませんよって。
「雲は厚く、まるで太陽を遮る為にそこにあるかのように広がり、大地は陽光の恩恵を受けられず、静かに腐敗していっていました……」
陽の当たらない大地か。そんな風になってるところは見た事無いけど、あまり良くない事が起こりそうな気はするかも。
「そんな暗雲の広がる地に、一人の旅人が訪れます。旅人は、その地の様子に大層驚き、大地が腐敗していくのを嘆きました」
「うーん、さっきから大地が腐敗って出てくるけど、どういう状況なのかな?」
「んー、雨は降るから土壌としては潤ってるけど、日の光が無いから植物も育たないし、カビとか菌も繁殖するだろうから……それらが地面を覆い尽くしてるような感じかな?」
「うぇぇ、それはかなり気持ち悪いかも」
あくまで僕の仮説って事になるけど、一応そういうような状態になってる洞窟なんかを見掛けた事があるから、あながち間違ってないと思うんだよね。
マリアレンさんも僕の説明を待って、頷いた後にまた口を開いた。合ってたって事かな。
「旅人は考えました。どうすれば、この地の腐敗を止められるかを。旅人は探しました。腐敗を止められるような物は無いのかを」
へぇ……大地が腐敗して侵蝕されていくようなのをどうにかしようとするなんて、かなり無茶な事をしようとした人が居たもんだ。僕だったら避けて通るだけで、どうにかしようとまでは考えないだろうなぁ、そんな所を見つけても。
「そ、それでどうなったんですか?」
「……方法を探していた旅人は、ある物と出会いました。古い、とても古い遺跡の中で輝き続けていた、まるで太陽のような輝きを放つ結晶に」
「結晶……!」
「それを手に入れた旅人は腐敗の地に戻り、その地にあった、そびえ立つ石の山に登りました。そこで旅人は、結晶に祈りを捧げます。太陽のように輝く石よ、どうかその光で、空に輝く太陽の光を導いてくれ、と」
えぇー? それは流石に無茶でしょ。幾ら似たように光る結晶を手に入れたからって、それに祈ってどうこうしようって……いや、それ言っちゃうと昔話とかお伽話とかもツッコミ所満載だって事になっちゃうけど。
「旅人は祈りました。寝る事も休む事もせず、ただ直向きに。しかし、空を覆う暗雲は尚も黒く厚く、空を覆ったままです」
「あぁ、良かった。これで奇跡が起きましたーって流れだったら納得いかないところだよ」
「えー? あたしはハッピーエンドがいいよー」
「はいはい、まだ話は続くんだから、もうちょっと聞いててね?」
「はーい」
おうふ、予想以上にセリナが話に食いついてた。僕が不真面目に聞き過ぎ? でも15にもなってお伽話チックな話されても、真面目に聞くって言うのもちょっとねぇ?
ま、なんだかんだマリアレンさんもセリナもノリノリになってるし、茶々を入れないで最後まで聞こうか。
「旅人が疲弊し、今にも倒れそうになった時に、旅人に問いかける者が現れました。どうして、そんなに陽の光を願うのか、と」
また唐突に現れたなぁ。いやもう何も言うまい、疑問は後で聞けば済む事だ。
「旅人は答えます。大地に陽の恵みが注がれれば、この地は見事に蘇るでしょう。私は、その美しい大地を見たいのです、と」
「そっか、太陽の光があれば植物は育てるもんね!」
「それに、太陽の光にはカビや菌の繁殖を抑えたり、滅菌しちゃう効果もあるからね。暗雲さえ払えば浄化されるって考えは間違いではないよ」
「問う者は、旅人に伝えました。この雲は、この地に雨を求めた者によって生み出されたものだ、人の望みはこの雲ではないのか、と」
あ、その場所に人も暮らしてたのね。いや、そうじゃないとその場所を元に戻そうとなんてしないか。
で、しかもそれはそこの人達の自業自得で起きていたと……まず旅人の前に、そこの人達がどうにかしようとするべき事だよね、これ。
「旅人は答えます。どちらかではなく、両方が揃い始めて命は輝けるのだと。ただ、人が雲を望み過ぎてしまったのならば、私が太陽に詫びよう。と……」
多くの人の過ちを一人で背負う、か……こういう考え方が出来る人が、後に英雄って呼ばれる部類の人達なんだろうね。僕には真似出来そうにないや。
「問う者は静かに目を閉じ、旅人の言葉を受け止めているようでした。そして目を開き、旅人にこう告げたのです」
「ど、どう告げたんですか?」
「人が、命が求めるのなら、私はまた命を照らそう、と。そう告げた問う者は光となり、暗雲の中へと飛んで行きました」
「そして暗雲の中で光が弾け、昏く厚い雲は消え去り、眩い太陽の光が大地に降り注いだのです。ってところですかね」
「むー、クリティ君、お話のオチを言っちゃうのは反則よ? まぁ、合ってるんだけど」
そりゃあそこまで聞けばそうなるだろうとは思うって。そもそもここの昔話なんだから、この町が残るようなオチじゃないと矛盾が出ちゃうしさ。
「じゃあ、その場所は助かったんだ!」
「じゃないと、このサンズコールの昔話にはならないでしょ? もし腐敗したままだったら、この町はとっくに滅んでるって事になっちゃうし」
「あ、そ、そっか。お話聞くのに真剣で、ここの昔話だって事すっかり忘れてた」
「ふふっ、セリナちゃんは可愛いわね。それならクリティ君? その後旅人がどうなったかは分かるかしら?」
「オチを言った事の罰ですか? そうだなぁ……町の名前がサンズコールになったって事は、旅人は土地の回復の為か、同じ過ちを繰り返させない為にその場所に残ったんじゃないですか?」
「大正解! その旅人がそこで暮らしていた人達にあった事を伝えて、土地を元通りにする為に一緒に尽力したの。その奇跡を称えられて、旅人は町を纏め支える者になっていって、何時からかここはサンズコールの町って呼ばれるようになったのよ」
なるほどねぇ。奇跡はともかくとして、マテリアルコアに関係してそうな物は確かに出てきたよ。問題は、それが今もあるのか、かな?
「で、話を私の父親が調べようとしてた物に戻すけど、話の中で旅人が見つけた結晶っていうのがあったでしょ? あれが、この町の岩山の上にあるのよ」
「それって、太陽のように輝く石っていうのだよね? クリティ、そんな光出てたっけ?」
「雨が降る前に岩山は目視で確認したけど、それらしい光なんて無かったと思うけど……」
「うん、結晶自体はもうずっと前に光らなくなったらしいわ。今はただの白い結晶が置いてあるだけなんだけど、うちの親父はあれを随分気にしてたのよね」
だからこそ、本当にそんな力があった結晶体なのかを調べる為にマテリアルコアの研究者になった、か。確かに筋道はある程度通るけど、そんな昔話を本当に信じて調べるなんて事する人居るのかなぁ?
「……あれ? そうすると、師匠もマテリアルコアの事を調べてたって事になるのかな?」
「そうなるのかな? って言うか、セリナのお師匠様は写真に写ってるの?」
「うん。あ、クリティにもまだ教えてなかったっけ。師匠は、この人。ゼルセン・フォーピースが名前だよ」
へぇ、今僕達が追ってる男と肩を組んで写ってる人がそうだったのか……この様子を見たら、仲間同士で手を掛けるなんて事起きそうに無いように思えるんだけどな。
なんにせよ、また一つ手掛かりが出来たよ。マテリアルコア、それがこの写真の7人を結んでる。まぁ、だからどうで、追跡の足しになるかって言うのはまだ分からないけど。
「マテリアルコア、か……時々やけに難しそうな本読んでるな、とは思ってたけど、そんなのの事を調べてたとはね。代々守ってきたって言っても、あれはもうただの水晶って言っても差し支えない代物なのに」
「ん、守ってきたって、どういう事ですか?」
「あぁ、さっきの話に出てくる旅人はシルベリアって名前なんだけど、私がそうなの」
「へ? どういう事?」
「え……まさか!?」
「私のフルネームは、マリアレン・シルベリア。一応陽呼びの旅人の末裔って事になってるらしいわ」
ま、末裔!? だから昔話もペラペラ出て来たって事か! はぁー、驚いたなぁ。
「さっきの昔話も、うちのご先祖様っていうのが作って残したんですって。正直、嘘っぽいわよね。本当に小さい頃からずっと聞かされてたから、すっかり覚えちゃった」
「すごーい! なら、本当にその旅人は居たって事なんだよね! ならさっきの話も本当なんだ!」
「いや、今マリアレンさんが言ったでしょ? 確かにシルベリアって人は居たかもしれないけど、話は作られたものだって」
「そういう事。その旅人の血を引き継いでる証拠みたいな物も無いし、事実は分からなくなってしまってるのが現状。仮にそうだったとして、しがない宿の店主には必要無いものよ」
「えー、格好良いのに勿体無いなぁ」
「先人が凄い事をしたからって、一族皆がそうならなきゃいけない訳でも無し、ってところですかね」
「そういう事。でも、暇潰しのネタくらいにはなるから、持ってて悪くもないけどね」
暇潰しと来ましたか。確かに、話しながら結構な時間は経ったかな。こっちとしては暇じゃなくて、貴重な情報が得られたし、有意義な時間だったけど。
これだけ話しても雨の止む様子は無し、か。これは、二日くらいはここに泊まるのを覚悟しなきゃならなそうだね。お金はあるから泊まるのは大丈夫だけど、情報収集が出来ないのは痛いか。
「あっ、と。流石にそろそろ晩ご飯の用意でもしようかな。一応飲みに来るかもしれないお客のツマミも作っておきたいし」
「外、結構降ってるけど誰か来るんですか?」
「ここでの一杯を飲まないと今日が終わらない、なんて言う人も居るくらいなんだから、一応ね。二人はどうぞごゆっくり」
「そうしよっか。クリティどうするの? 部屋に戻る?」
「戻ってする事も無いしねぇ……もう少しここに居よっか」
「うん、賛成。どうせ食べるのがここなら、ここに居た方が早いもんね」
そういう事。やる事が無い時に無理に何かをするのは、それこそ労力の無駄って奴だもん。何も出来ないなら出来ないなりに、ゆっくりするしかないよね。
「それにしても、師匠がそんなのを調べる仲間と一緒に居たなんて初耳だなぁ。マテリアルコアかぁ」
「まだそうだった可能性が高いってだけで、断言は出来ないけどね」
でも、そうだとすると、セリナの装備であるブラウエクレールを作ったっていう事にも納得出来る。研究をしてたんなら、昨今のマテリアルスミス程度の技術くらい持っててもおかしくないだろうし。
「そう言えば、クリティの銃にも付いてるの? パッと見じゃ、レオハートみたいなのは付いてないみたいだけど」
「ん? あぁ、ゼファーとエウロスのコアは銃の内部にあるんだ。寧ろ、それを軸に銃を作ったように出来てるから絶対に取り外しは出来ないし、見せるってなると一度完全にパーツにバラさないとならないから、ちょっと僕が持ってるだけのツールじゃ難しいんだよ」
「そうなんだ……でも、その銃の中にあるって事は、そんなに大きくないって事?」
「うん、コア自体は小石くらいの大きさしかないよ。ただ、魔力の変換能力はずば抜けて高いらしいけど」
これは、父さんと一緒に行ったきちんとした工房で見せてもらったし調べた事だから本当だよ。その工房の人達は、そんな大きさのコアがそんな能力を持ってるのは異常だーとかなんとか言ってたっけ。
まぁ、これは現在研磨されて生み出されるコアとは違う、もっと昔の、それこそこういうハイブリットが作れる技術があった頃の代物になるから、それを研究してやっと生み出してる今とは相当技術のレベルも違っただろうしね。
因みに、現在生み出されてるコアの場合は、その出力は大きさに依存してるみたい。つまり、大きければ大きいほど強力な力を生み出すって事。魔銃も、高い威力を求めると物凄い大きさになるみたいだよ。ゼファーみたいな高火力で小さい銃は、大昔から残ってきた遺跡の中にあったのくらいしか無いのが現状だね。
そう考えると、大昔の技術って本当に進んでたんだなぁ。まぁ、それの所為で、1000年前に一度文明は滅んだらしいけど。
っと? そんな事考えてたら誰かが入ってきたぞ? でもこの人……あ、また入ってきた。この人達、殆ど濡れてない。外、大分雨降ってるのに、どうして?
「っひゃー! おい見ろよ! ボロ宿に似合いの光景じゃねぇか、なぁ!」
「……何あれ? お客じゃないみたいだけど」
「ふぅん……あの様子だと、この宿の経営を邪魔したい連中みたいだね。面倒なのが居るもんだなぁ」
雨にさほど濡れてないとこから考えても、同じ町の中か、そう遠くないところから来たのは明白。そこから考えるに、さっき話してる時に聞いたもう一つの宿の回し者だろうね。
「おいアレン! いい加減こんな店辞めちまえよ! お情けでパレッシさんが雇ってやるって言って下さってるんだからよぉ!」
「……あんた達も懲りないわねぇ。だからここは辞めないって言ってるでしょ? それに、アレンって呼ぶなとも。また叩きのめされたいの?」
「へっ、そんな減らず口を叩くのは、こいつを見てから言うんだな!」
ん? なんか安っぽい銃を抜いたなぁ。バレルの短い回転式拳銃。ゼファーやセリナの銃に比べたら玩具もいいところだよ。
「どーだぁ? こいつを向けられりゃ、お前だって手出し出来ないだろ? んー?」
「……それをこの店の中、しかもお客の前で撃とうって言うんだったら、本気で容赦しないわよ」
「客? おや、客なんか居るのかと思ったらガキが二人も居るとは、大繁盛じゃねぇか! ぎゃはははは!」
ったく、大人しくしてれば良い気になっちゃって。マリアレンさんの迷惑にならないようにしてようと思ったけど、黙っててもこいつ等が迷惑になるなら、やっちゃおうか?
「おいガキ共。俺達がこんなちんけな宿より良い所に連れてってやるから、大人しくついて来な」
「断る。大体、あんた等みたいなちんけな連中の案内で行く場所なんて、それこそちんけなんじゃないの?」
「なんだと? おいガキ! この手に持ってるのが何か分かって」
言い切る前にゼファーを抜いて、男が向けてきた銃を撃ち落とした。まったくもって下らない、恐らく今僕が抜いたのさえ気付かないような素人相手に一発弾を無駄にするなんて。
「い!? 痛ぇ!」
「形勢逆転。大人しく帰るならよし、じゃないなら頭に風穴開けるよ?」
「な、このや……ぐわっ!?」
「あたしが席から立ったのも気付かなかったの? 腕の差は分かったでしょ。さっさと帰らないなら、腕や足の一本か二本でもへし折ってやろうか?」
銃を持ってなかったもう一人は、セリナが足払いをした後に組み伏せました。本当にいちゃもん付けるだけの下っ端だったみたいだね。
二人で脅しを掛けたら、馬鹿共は見事に怯んだ。やれやれ、無駄な労力を使わされたもんだ。
「く、くそっ、こんな事してただで済むと思うんじゃねぇぞ!」
「ありきたりな捨て台詞なんていいから、さっさと消えてよ。でないと本当に撃つよ?」
「はい、あんたも」
「ち、畜生! 後悔しても知らねぇからな!」
はい、馬鹿なゴロツキの排除終了。僕達のまったりとした時間を邪魔して後悔するのはお前達の方だよ、ってね。
っと、走り去るお馬さんの姿を発見。馬まで乗ってここまで来たのか……盗賊でもないのに銃をあんな下っ端そうなのが持ってたりってところを見ると、向こうの宿が儲かってるのは確かそうかな。
「驚いた……あなた達強いのね。っていうかクリティ君、銃なんて持ってたの?」
「旅に危険は付き物って奴ですよ。それ相応の装備が無ければ、世渡りなんて出来ませんって」
「にしても嫌な奴等だったなー。マリアレンさん、大丈夫?」
「えぇ、あいつ等の茶々入れはこれまでも何度もあったから平気よ。今回は拳銃なんか持ってたから、もし追い払おうとしてたらちょっと手古摺ったかもしれないけど」
どうやって追い払うのかは知らないけど、どうであれ銃は銃。当たり所が悪ければ致命傷になるんだし、マリアレンさんが無茶をしなくて済んだんなら上々の結果だったんじゃないかな。
で、撃った分の弾は奴が落としていった銃から頂こうか。大体こういう銃は……うん、六発弾が込められてる。プラス五発なら一発撃ったお釣りも十分だね。
ついでだし、これは使えないようにシリンダー外しておいちゃおう。弾さえ込められなければ、銃もただの金属の塊さ。
ん、また外からバシャバシャって足音が聞こえて来た。あいつ等が銃を拾いに来たかな? また相手するのも面倒だし、脅して追い返しちゃおうかな。
「うっはぁ! ってうわーお!?」
「おっと? あれ、予想が外れちゃったかな?」
「ま、待て待て! 俺は怪しいもんじゃない! 宿が無くて困ってる正義の味方だ!」
……いや、えっと、自分で正義の味方っていう人間は怪しいに該当するんじゃないかな? まぁ、銃は下ろしてもいいか。お客みたいだし。
「とりあえず……失礼しました」
「おぉ、分かってくれたか少年! 流石俺、溢れ出す正義のオーラが少年の非行を防止してしまったぜ」
これは、ツッコミ待ち? 面倒だからツッコミなんかしないよ僕は。
「っというか、また物騒な物を持ってるな、少年。悪い事は言わない、危ないからお兄さんに渡しなさい」
「え、それはお断りします。っていうか、誰ですかあなた?」
「俺か? ふっふっふ、よくぞ聞いてくれた! 俺は正義の賞金首狩りギルド、『プレアデス』に所属する正義の賞金稼ぎ! ブレムス・ソーデイムだ!」
「……クリティ、この人絶対に関わったら面倒臭いタイプの人だよ」
「……うん、僕もそう思う」
プレアデス、ね。こんなところでその名前を聞く事になるとは思わなかった。僕も名前は知ってるよ。
世界各地に自分達の仲間を送り込み、そこに居る賞金首や悪事を働いてる連中を退治する集団。そんなの嫌でも噂なんかが耳に入ってきてもおかしくないさ。
とは言っても、個人的には好きになれない集団だよ。悪党を倒す為なら、なんでもするって言うのも有名な話だからね。
でも……目の前のこの人がそれ、ねぇ? 事実だとしても、末端の構成員ってところが関の山かな?
「あら、お客さん? 今日は珍しいわね、雨が降ってるのに」
「お、君は宿の人か。いやぁ、汽車でここまで来たのはいいんだが、その近くの宿が気に入らなくてな。こっちまで来れば別の宿があるんじゃないかと思って来たんだ」
「もう一つのって……さっきの連中の宿かな?」
「だろうね。何が気に入らなかったのかは知らないけど」
あ、どうやらこの人もここに泊まるので決まりみたいだね。マリアレンさんに手続きをしてもらってる。まぁ、僕等にはそう関係無い話かな。
マリアレンさんはこの人、ブレムスさんだっけ? を部屋へ連れて行くみたい。で……なんで僕に火に掛けてある鍋を任せていくかなぁ。
うん、今晩はシチューみたいだ。良い香りだけど、僕って料理はからっきしなんだよね。焦げ付かないように鍋を混ぜてるのくらいは出来るけどさ。
「こういうのをお客にやらせるって言うのはどうなんだろ? いいのかなぁ?」
「んー、いいんじゃない? どっちみち後であたし達も食べるんだし。っていうか、そんなに早く混ぜると溢れるよ、クリティ」
「え? うぁっち!」
「あーもーほらー、大丈夫?」
「だ、大丈夫大丈夫……」
この辺の加減が分からないんだよ……もー、早くマリアレンさん帰ってきてー。
……テーブルの上には空になった皿が4枚。うん、シチューは美味しかった。美味しかったけど……。
「いやー、美味かった! こんなに美味いシチューは食った事無かったぞ!」
「……マリアレンさんはいいとして、なんでこの人も一緒の席で食べてるの?」
「い、いいんじゃない? 独りぼっちにしちゃうと、なんだか気不味くなりそうだったし」
「まさか私があなた達と一緒に食べようとしたら、当然のように同じ席に座ってくるとは思わなかったわ」
本当にね、ナチュラル過ぎてびっくりしたもん。まぁ、そのまま食べちゃってから言っても仕方無いけどさ。
おまけに食事中にこっちの事も質問してくるし、聞いてもいないのに自分がここに来た理由を話してくるしで喧しかったよ。僕、どっちかと言うと静かめに食事するのが好きなんだけどな。
「しっかし食べながら聞いたけど、二人とも、いくら人を探してると言ってもその歳で旅なんて危険だぞ? そういうのは大人に任せて、家に帰った方が絶対にいいぞ! うん! なんだったら君達の探し人、プレアデスで探してしんぜよう!」
「帰る場所があればそれでもいいかもしれないけどねぇ……」
「こればっかりは誰かに任せる訳にはいかないもん。旅を止めたりしないよ」
「旅の理由は人それぞれよ。この子達にはこの子達の旅の理由があるんだし、他人が首を突っ込む事ではないのは確かね」
「うっ……」
いやぁ、女性陣二人は強いね。ブレムスさん何も言えなくなっちゃったよ。僕が口を挟む必要も無さそうだし、これ以上は物言いをつけないでおこうか。
それに、セリナがプレアデスに頼むって言ってたら僕は止めてたろうしね。正義を口にしている連中ほど、その正義の定義が歪んでるもんだからさ。
いや、これは僕の偏見も含んでるかな。あまりプレアデスって組織を僕は好きになれなくてね……。
「で、でも! 何か困った事があったらいつでも言ってくれ! ここで会ったのも何かの縁だ、なんでもバシッと俺が解決してやるぜ!」
「は、はぁ……」
「そこはかとなく頼りにならないように感じるのはなんでかしらね?」
「うん、なんかあたしもそんな気がする」
ま、まぁ、この人が悪人じゃないってのは確かかな。少なくとも、こっちに危害を加えようとはして来ないし。
さて、夕食も食べたし、今日はもう後は部屋に戻って休むだけかな。部屋で明日の予定なんかも考えたいところだし。
「それじゃ、そろそろ部屋戻ろうかセリナ」
「えー」
「えー」
「えー」
「……とりあえずブレムスさん、男のそれはアウトです」
っていうかなんで三人とも不服そうなんですか。どの道後は寝るだけなんだし、いつまでもここに居る訳にもいかないでしょ。
「する事も無いんだし、もう少しお話してようよぉ」
「お話って言ったって……何を?」
「ならば俺の今までの武勇伝をば!」
「あなた達はどういう経緯で仲間になったの? さっきの連中を倒した様子からして、息はぴったりみたいだけど」
うん、完全にブレムスさんがスルーされたのは気にしないでおいていいかな。僕達が仲間になった経緯なんて、そんな大それたものじゃないけどね……そもそも仲間になったの二日前だし。
でもまぁ、他に話す事も無いし、その辺を話していくとしようか。もう夜だし、そう長く付き合わされる事は無いだろうしね。