吹き荒れる風の銃声
見渡す限り、乾いた風の吹き抜ける荒野が広がる世界。緑は滅多に無く、何処を見ても土の色が剥き出しの地面が続いていく。
そんな世界の只中を、大地に足跡を刻みながら歩いていく影が一つ。……杖替わりにしている、今にも折れてしまいそうな木の枝を頼りにはしているが。
「ひぃっ、ひぃっ、み、水ー……町、町何処……」
どうやらこの荒野を、水も持たずに旅をしている様子。それは勇敢ではなく、単なる無謀と人は言う。
しかし、本人も望んでそうしている訳では無いようだ。現に、彼は今精一杯生きる為に前進を続けているのだから。
そんな危うい旅を続ける旅人だが、その背には太陽の光を照り返し鈍く輝く黒き銃が、左の腰から下げられたホルスターには、眩い程に美しい一丁の白き拳銃が吊られている。
……この物語は、彼の物語。白と黒、相反する二丁の銃を持つこの旅人がどんな旅路を行くのか、しばしご観覧頂ければ此幸い。
では、語り部を彼に譲り、声のみの存在は舞台より降りましょう。願わくば、彼の旅路に幸多からん事を祈りつつ……。
も、もうかれこれ水が尽きてから3時間、喉乾いた……水、水が飲みたい。
お金が無いからって水をケチるんじゃなかった。大体、次の町までは3日くらいで着くって言われたのにもう旅立って5日だよ? そりゃあ旅の備蓄も無くなるよ。
うぅ、お腹は空いたけど食べる物も無し。絶対、絶対近くまで来てる筈なんだよ。何処にあるのさ、グリーンノアって町は!
「ひぃっ、はぁっ、……あ、あー!」
ば、馬車だー! やった、馬車が通るって事は、少なくともここは人通りのある所って事だよね!? 道を聞けばグリーンノアの場所が分かるよ!
「す、すいませーん!」
「ん? どぉ、どおー! ……驚いたな、こんなところに人が歩いてるなんて。グリーンノアから来たのかい?」
「違うんです、そのグリーンノアを探してるんです! ……え? 来た……って……」
「探してる? グリーンノアがあるのは、君が来た方だぞ?」
……はい? え、それ、どういう事?
「おかしいな、あの町はそう迷う事も無く着く筈だが……君、ちゃんと街道に沿って進んだかい?」
「い、いえ、実は……」
グリーンノアに向かってる途中に変な盗賊達に襲われて、それと戦ってる間に道に迷っちゃってたんだけど……そ、それにしたって、通り過ぎてるって……僕の馬鹿ー!
「そういう事だったのか。まぁ、それなら仕方無いだろう。良かったら、乗っていくかい?」
「いいんですか!? ありがとうございます!」
やった、良い人で良かったー!
「お代は銅貨10枚でいいからね」
ですよねー。銅貨10枚……それなら払えるかな。もう歩くのは嫌だし、払って乗っちゃおう。
「今ならサンドイッチと水も付けてあげよう。大分弱ってるようだしね」
「絶対乗ります!」
あぁ、やっぱり良い人だったよ……神様、精霊様、この出会いに全力で感謝します!
ここまでを支えてくれた木の枝とさよならして、馬車の主の男の人の手を借りて乗り込む。はぁ、座れるだけで本当に一息つけたよ。
「ん? 君は銃士なのか?」
「あ、はい一応。っと、名前も言ってないですね。クリティ・フォーマーって言います」
「クリティ君ね。……随分若そうだけど、君幾つだい?」
「歳ですか? 15です。持ってる銃と歳が釣り合ってないってよく言われるんですよね」
「15!? そんなに若いのに一人旅で、おまけにそんな厳つい銃を扱ってるのかい!?」
「あー、この銃は元々は父さんが使ってた銃で、一応形見なんです。形見って言うか、無理矢理使えって言われて渡されたような物なんですけど……」
本当、自分の背の半分位ある長さの銃をいきなり渡されても困っちゃったよ。まぁ、もっと小さい頃から銃の扱いは教わらされてたからなんとか使えてるけどさ。
「す、凄いね……っと、ちゃんと座ったかい? 揺れるから気を付けるんだよ」
「分かりました。お願いします」
「あぁ。よし、行くよ」
そう馬車主さんが言って手綱を叩くと、また馬車が動き出す。ごめんね引っ張ってるお馬さん、結構重くなっちゃうけど頑張って!
なんてお馬さんを労ってると、すっと僕の前にサンドイッチと水入りの水筒が出された。うわぁ、すっごく助かる。でもすぐに食べちゃうと喉詰まっちゃうしゆっくり食べよっと。
「そう言えば私が名を言ってなかったね。バム・メイスだ」
「バムさんですね。いやぁ、本当に拾ってくれてありがとうございます。あぁ、水が美味しい」
「それは良かった。にしてもその歳で旅とは……何か目的があってしてるのかい?」
「う、うーん……目的探し中というかなんというか……父さんが流れのガンスミスをしてて、物心着いた頃にはもう父さんと一緒に旅をしてたんで、そもそも家って言えるものが無くて……」
本音を言えば、仕方なく旅をしてるって感じかな。あ、因みに父さんが亡くなった理由も病気だから、別に父さんの仇を探して旅してるとかでも無いんだよね。
良い所があればそこで暮らしたいけど……それをする為に家を手に入れるにしても、お金も建てる技術も僕には無いから旅を続けるしかないんだよね。はぁ……。
「そ、そうなのか……」
「バムさんはどうなんですか? 馬車で旅をしてるみたいですけど」
「俺かい? 俺は、単なる物売りさ。後ろを見てごらん」
後ろ? 荷台の方の事かな? 布が被せてあるけど、ちょっと捲らせてもらってと。
うわぁ、剣や槍が一杯だ。へぇ、武器商人ってところかな?
「どうだい? 銃には劣るだろうが、なかなかの品が揃ってるだろ」
「凄いです! これ、グリーンノアで売るんですか?」
「買い手が付けば良いんだがね。売れなかったら、もっと先のイースクリフまで足を運ぶつもりさ」
「あ、僕が出た町だ。へぇー、なるほどなぁ」
馬車を使えば、旅路もそんなに大変じゃなさそうでいいなぁ。そんなの僕には買えないけどさ。
「……でも見たところ、君の銃は相当に手入れも行き届いてるし、私も銃を商品として扱う事もあるから言えるが、正直そこらの銃とは比べようもない一品だね」
「銃の扱いと一緒にガンスミスの仕事も手伝わされてたんで、銃を弄るのはちょっと自信あるんです。どっちも大事な得物ではありますから、手入れは結構マメにしてるんですよ」
「どっちも? おや、腰にも拳銃を吊ってたのか」
「はい。こっちは母さんが使ってた物らしいんです」
「らしいとは?」
「……母さん、僕を産んで亡くなってしまったそうで。この銃だけが、僕に母さんが居たって証拠なんです。父さん曰く、ですけどね」
銃に付けられた銘は、ヴァイスゼファー。白い西風って意味だって父さんは言ってたけど、僕は詳しくは知らない。でも、なんだかカッコいい名前だよね。
因みに背中の黒い銃はシュバルツエウロス。黒い東風って意味で、母さんの銃とは対になるんだぞって父さんは言ってた。拳銃の対になる銃がマシンガンって……どうなんだろ?
どっちも形見の銃だから、大事なのは変わらないけどね。
「あ、すいませんけどこれはどっちもお売りするのはちょっと……」
「おっと、そんなつもりで聞いた訳ではないんだ。大事な銃なら、買取額も吹っ掛けられてしまいそうだしね」
「あははは……あ、あれがグリーンノアですか!?」
「ん? あぁそうそう。あそこがグリーンノアだよ」
良かったぁ、やっと着いたよー。まぁ、着いても何かお金を稼げる仕事が無いと途方に暮れる事になるんだけどさ。
バムさんの馬車はその村へ入ってい……!? な!?
「バムさん伏せて!」
「な、うぉ!?」
危なかった、もう少しバムさんに伏せてもらうのが遅かったらバムさんの頭が大変な事になるところだったよ。
唐突に飛んで来た一発の弾丸は馬車の後ろへ抜けていった。でも、そこから次々に発砲音が鳴り響いて、撃ち出された弾丸が飛んでくる。このまま馬車に座ったままだと蜂の巣にされちゃうよぉ!
うわわ、馬車も暴走し始めちゃった! これはもう、飛び降りるしかない!
「バムさん飛び降りてぇ!」
「な、なんだって言うんだ、くそっ!」
左右に分かれるように馬車から飛び降りて、近くの民家の影に隠れた。……一時、銃撃は止んだかな。
「バムさん、大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ、なんとか!」
「よーし、運の無い馬鹿共! 俺達のパラダイス、グリーンノアに、よーこそー!」
……なんだあれ? 変な男が積み上げられた樽の上で騒いでる。その前には木箱で作ったバリケードに四人……盗賊、かな?
あ、暴走したバムさんの馬車があいつ等に回収されちゃった。お馬さん、無事かなぁ?
「ヘイ! どっちの奴も手を挙げて大人しく出てきな! じゃなきゃ撃つぞ、じゃんじゃん撃つぞ!」
「物騒だなぁ……バムさん、どうします?」
「どうって言っても、俺は銃なんか無いし、どうしようも無いな」
「分かりました。じゃあ僕が行きますんで、静かになるまで絶対に出てこないようにしておいて下さいね」
「行くって、あれに向かっていくつもりかい!? 無茶だ!」
無茶だって言われても、あんな奴等に従って良い事なんてある訳無いもん。だったらやっつけるしかないよね。
ゼファーとエウロスを手に持ってと、弾薬はそんなに使いたくないけど、使ったらあいつ等の貰えばいっか。よし、行ってみよう。
民家の影から飛び出して、まずはゼファーで樽の上の馬鹿っぽい人に牽制しよう。エウロスはマシンガンだから、狙って撃つのには向かないんだよね。
「な、出て来た!? しかも銃持ち!? や、野郎ど」
「こっちの方が速いよ!」
「ひぃぃ!? う、撃て! 撃てー!」
わざと頬を掠めるように撃ったら、それは当然慌てるよね。で、リーダーだと思われる馬鹿っぽい人が慌てて指示したから隊列は少し乱れるよね。
そこにエウロスを撃ちながら突撃ー。ゼファーで相手の銃を撃って弾きたいけど、そこまで狙えるかな?
「ちょ、な、なんだこの弾幕は!? うぅ、撃てー! 撃ち返せー!」
あ、助かった。向こうからわざわざ姿を晒してくれるなら狙いやすくなる。
けど、もちろん僕にも銃が向けられてるんだから弾丸が掠めていく。弾幕のお陰で相手の狙いは定まってないだろうけど、直撃すればもちろん命に関わるんだし、的を絞らせないように走り回らないと。
っと、エウロスに込められてた弾が切れちゃったか。ま、実弾は、だけどね。
「……バレットセレクト、エア!」
「!? なんだあの銃、弾が、見えなくほごぉ!?」
「セゴット!? なんだ、撃たれた!?」
「あ、兄貴! あのガキが持ってる銃、魔銃だ! ただの銃じゃ……へぼぅ!」
「喋ってると舌噛んじゃうよ!」
そう、僕の持ってるエウロスは普通の銃……としても使えるけど、実はもう一つの特殊な銃でもあるんだ。
「は、ハイブリット!? 馬鹿な、超高級品をなんでこんなガキが持ってやがるんだ!」
この世界には、大きく分けて二種類の銃がある。一つが普通の銃、薬莢を備えた金属の弾丸を、薬莢内の火薬を炸裂させる事によって撃ち出す物。
そしてもう一つが……魔銃。持ち主の魔力を銃に込める事によって、それを弾丸にして撃ち出す魔法の銃。それが、この世界には存在してる。
そして僕のシュバルツエウロスはそのどちらの特徴も持った、ハイブリットって言われる本当に特殊な銃。この世界にある銃は、ハイブリットを基に研究されて作られたって話があるくらいだからね。
なんで父さんがそんな凄い銃を持ってたのか、それは知らない。だって話してくれなかったんだもん。そもそも渡されるまでハイブリットだって事も知らされてなかったんだもん。
さて、それじゃあそろそろ終わらせようか。……因みになんで最初から魔銃の方でエウロスを使わなかったかと言うとね? 簡単に言うとリロードをしてたって事。僕が魔銃を使うのが下手なのか、エウロスに魔力を溜めておけないんだよね。だから、使う時に溜めるしかないの。今回は飛び出しちゃったけど、本当は魔力を溜めてから突撃して、魔力弾が尽きたら実弾に変えるのが僕の使い方だよ。
飛び出した理由はもちろんバムさんを危険に晒させない為。下手に時間を掛けて、あいつ等がバムさんを撃ち始めると危ないし。
さて、空気の弾丸で二人を撃ったら銃撃が止んだ。僕がハイブリットを持ってるって分かったから、怯んじゃったみたいだね。
だったら特大の一撃で終わらせるとしようか。……ゼファーの、風の一撃でね。魔力のリロードも終わったし。
「いきなり襲ってきたそっちが悪いんだからね。後悔の恨み言は、聞かないよ」
こっちの、ゼファーが魔銃だって言うのは生前に父さんから聞いたよ。母さんはゼファーを使うのが最高に上手かったって自慢話と一緒にね。もちろん使い方も教わったよ。
エウロスの魔銃としての機能は銃の時と同じでマシンガンなんだけど、ゼファーは違う。溜めた魔力で撃てるのは、たった一発。それに、溜めるのもエウロスより時間が掛かる。
でも、魔力を溜めて魔銃になったゼファーは拳銃なんて呼べる代物じゃない。一言で言えば……大砲かな、分かり易く言えば。
一発に溜められた魔力全てを込めて放つ、圧縮した乱気流のキャノン! その一撃は、木箱のバリケードなんかじゃ耐えられる筈なんか無い。
「我が放つは希望運ぶ西よりの風の咆哮! いっけぇぇぇぇ! トゥル、ブレンツ!」
「はぁっ? な……」
そりゃあ驚くでしょう。拳銃サイズの銃から、大砲の弾みたいな大きさの風の圧縮弾が出たんだから。
でもそれ、見た目以上の破壊力だよ。だって、何かに着弾したら弾が解放されて……。
「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁ!」
「どんなものでも吹き飛ばす位の風が発生するからね」
拡散した風によって、バリケードだった木箱もろとろ襲ってきた連中は吹き飛んでもらった。多分死なないだろうけど……もう少し手加減すればよかったかな?
とりあえずこれで終わりっと。あの集団に襲われたみたいだけど、この町大丈夫かなぁ?
あ、バムさんの馬車は大丈夫かな? ……うん、バリケードは吹き飛ばされたけど、馬車もお馬さんも大丈夫そうかな。あいつ等が邪魔になるからか、遠くに停めてて助かったよ。
「バムさーん。馬車、取り戻したよー。……あれ、バムさん?」
ありゃ、口開けたまま固まっちゃってる。怪我はしてなさそうだから大丈夫そうだけど、そんなに怖かったかな?
「バムさん? バムさーん」
「はっ! お、俺は一体!? なんだかとんでもない物を見たような気がしたんだが……」
「大丈夫?」
「あ、あぁ、大丈夫、大丈夫……って違う! クリティ君、今のは!?」
「あーその……僕が一人旅を続けられるのは、今のがあるからって言うのが大きくて……ごめんなさい、驚かせちゃいましたよね」
「ほ、本当に驚いたよ! なら君はただのガンナーではなく……」
「はい、魔銃士です」
さっきガンナーかって言われた時にはいって言ったのも間違いじゃないよ。エウロスとゼファーは普通の銃でもあるから。……って言うのは、ちょっと言い訳くさいかな?
そう、僕は風の魔銃士。二丁の風のハイブリットを使える、旅の目的探し中の旅人です。
安住出来る場所が無いのって、これの所為もあるんだよね。だってこんなの持って町とかで暮らしたら他の町の人達怖がっちゃうだろうし、一箇所に留まるとゼファーとエウロスを狙って襲ってくる人とか居るかもしれないしさ。
それならこの二丁を手放せばいいって言われればそれまでだけど、形見だからそうも行かなくてね……まだ当分は旅を続けるしかないかなぁ。
「はぁぁ……その歳で一人旅を出来るのには何かあるとは思ったけど、そこまでの強力な力を持ってるなら納得したよ」
「その所為で大体怖がられるんですけどね……あ、町の様子を確認したいんで、協力してくれませんか? 町の人達、無事だといいんだけど」
「そう、だね。分担して確認するとしようか」
多分盗賊はもう居ないだろうし、バムさんと別行動でも大丈夫でしょ。何かあったらすぐに助けに行けるようにはしておくけど。
「と、その前に。少し傷の手当てをした方がいいだろう。君、痛くはないのかい?」
「え? あー……まぁ、これくらいは結構盗賊と戦うことになるとしちゃうんで」
「……15で本当に凄いね、君。でも助けて貰った礼もあるし、まずは手当をしよう。町の探索はそれからでもいいさ」
まぁ、あの盗賊……だと思われる集団の銃弾が掠めて、あっちこっち切れてるから手当てして貰えるのは嬉しいかな。さっき言った通り、もう慣れちゃってるのもあるけど。
それじゃあバムさんに手当てして貰ったら町を調べようか。ぜ、全滅とかしてないよね? だったら嫌だなぁ。