まだ終わっていない
キングは死を覚悟した。俺の人生短かったなぁ。なあ八千代、俺最初からお前に告白すればよかったよ。わざわざアンナに手紙託すんじゃなくてさ。
しかし突然、場違いな明るい声がした。
「ごっめーん!なすびちゃん!頼まれてた本持ってきたの!」
ほおずきだった。しかも妙な服を着ている。
きょとんとするなすび。もちろん彼は姉のほおずきにそんなこと頼んでなかった。皆が呆気に取られる中、思わず手が滑りましたとばかりに本を鏡花目がけて投げた。本は鏡花に命中し、彼女の手からナイフが滑り落ちた。さっとほおずきがそのナイフを拾い上げた。
「姉さん⁉」
「間一髪ね!えらい?褒めて褒めて!」
「はいはい凄い凄い」
棒読みでなすびが言ったので、ほおずきがナイフを振り上げ、
「こらぁ!命の恩人だぞっ!」
「姉さん、命の恩人は俺じゃなくてキングだぞ」
ほおずきがナイフを下ろしたところで、アンナが恐る恐る声をかけてきた。
「…あなたは?」
「私はほおずき。なすびの姉です」
アンナはそれを聞いてほっとしていたが、ほおずきが姉、と言った瞬間びくついた。
その時先ほどほおずきが入ってきた扉からまた誰かが入ってきた。髪の長い女性だった。
「ハナちゃん!レオンはまだ生きてるわ!」
「…え?」
鏡花が立ち上がった。アンナは入ってきた人物を見て戦慄した。梨子だ。
「ハナちゃんが、レオンのために危ないことやってるからやめさせるために死んだことにしておいてくれって、レオンから頼まれてたの。ごめんなさい」
鏡花は梨子に抱きついた。そして泣き出した。
「私こそごめんなさい…梨子姉さんやレオンに迷惑かけてばかり…」
キングがおずおずと質問した。
「鏡花ちゃん、姉さんいたの?」
「違うわ。私が勝手にそう呼んでるだけ。梨子姉さんには妹じゃなくて弟がいるわ。一つ下の弟」
アンナはそれを聞いて確信した。
こいつだ…。
鏡花はどこからともなく重たい封筒を取り出した。
「キング、お金返すわ。今までありがとう。騙したり殺そうとしたり、本当にごめんなさい。そうだ、彼女にちゃんと好きって言ったの?あなたどうせ、もう手を出したでしょ。ちゃんと言わないとだめだからね」
キングは真っ赤になった。
八千代も真っ赤になった。
なすびは冷静に今の台詞を考えた。
(キング、今否定しなかったな。つまりそういうことか、八千代が恥ずかしがってたことは…)
帰り道、皆ほおずきの運転する車で帰り、キングと八千代は同じところで降りた。なすびが「とりあえず爆発しろ」と捨て台詞を吐いて行った。たぶん自分だけ彼女なしということへのひがみだろう。
八千代が顔を膨らませていた。傍目から見ると何やら怒っているらしい。
「八千代、どうした」
「その…あの…私は…キングって、私の…こと…あの…」
じれったいなぁとキングは思った。しかし彼女の可愛いところでもある。
「好きだよ」
八千代はそれを聞いてトマトみたいに顔を赤くしてしまった。
***
鏡花は真っ先に礼音のもとへ向かった。彼の面会謝絶が解除されたと梨子から聞いて、居ても立ってもいられなくなったのだ。
「レオン!」
「ハナ…もう、心配いらない。ドナーもお金のことも…」
鏡花はずっとレオンのそばで泣いていた。
***
「どうしてあんな嘘ついたの?」
鏡花に、レオンから死んだことにしてくれと頼まれたと言ったが、あれはレオンが頼んだことではなかった。こいつの嘘のせいでこう言うしかなかったのだ。
「あと一歩であの女を殺せたのに」
「俺はあなたにそんなことしてほしくない。ずっと笑っていてほしいんだ。俺の隣で」
「バカ言わないでよ。もう、あなたは…」
こいつは馬鹿だ。何を思って私に協力しているんだ。こいつは私がなびくとでも思ってんのか。本当、おめでたいやつだな。…いや、あながち間違っていないかもしれない。私はこいつのことが…いや、もうやめておこう。私はあの女を殺す。愛しい弟と私のために。