本当は私はあなたが嫌いだったの
「なぜこんなことをした?」
キングは鏡花を問い詰めていた。もちろん、八千代から聞いたことが本当か尋ねるためだった。鏡花は観念したという表情で、ばれちゃったか、とつぶやいた。
「私は手術のためのお金が欲しかっただけ。あなたが好きなんて思ったこと、一度もないわ。どうせ昨日は八千代さんと和解したでしょう。それで昼から登校してきたってことは何かあったんでしょ、昨晩」
キングはじっとそれを聞いていた。鏡花は、礼音が面会謝絶になったことを思い出した。もうすべてはそろった。こんな男はいらない。
「いいわよね、恋人が健康で。でもそれも今日で終わりよ。待っててね、礼音」
最後の一言は自分ではない誰かー鏡花の真の恋人にー向けたのだろう、とキングは思った。
***
稀血の女は八千代と別れて一人で家路についているのが見えた。やがて人通りの少ない路地に入った。稀血の女の帰り道はあの人に教えられて熟知している。あの人もどこかで車を用意して私とあの稀血の女を待っている。私はそっと稀血の女に近づいた。
誰かが近づく気配がした。アンナが誰だろうと思った瞬間、意識が遠のいた。
あの人が車の中から出てきて、突然倒れた女を介抱するかのように車に乗せて行った。
「この女、どこへ連れていくの?」
「…」
あの人…私も誰か知らないが、梨子姉さんいわく信頼のおけるパートナーらしい。やがて薄暗い倉庫に車は止まった。しかしこの人はなかなかこの稀血の女を殺そうとしない。
「どうして?どうして殺さないの?この稀血の女が死ねば礼音は助かる!」
私ー鏡花はあの人に訴えた。
「鏡花ちゃん。残念だけど礼音はさっき亡くなった」
***
八千代は一人で寝転がった。家には自分を除くと誰もいない。
(もし、キングと結婚したらどうなるかな)
八千代の頭の中で妄想が始まった。おかえりなさーい、ご飯にする?お風呂にする?それともわたし?とか私が言うと、キングが私を抱きしめて言うのだ、そんなの決まっているだろ、と。考えていたら恥ずかしくなった。
「ないないない!誰があんな馬鹿と結婚するかっての!あんな馬鹿、枯れ木にも山のにぎわいみたいなものよ!」
何だか落ち着かない。アンナに電話でもしてみるか、と電話をかけたが、一向に出る気配がなかった。諦めて携帯電話を机に置いた途端、電話がかかってきた。しかしかけてきたのはアンナではなくなすびだった。
「八千代!アンナが連れ去られた!」
「え?」
「今彼女は町外れの倉庫にいる。もうすぐそっちに行くから一緒に行こう」
八千代は事態が飲み込めなかった。しかし緊迫したなすびの声や不思議なアンナのネックレスのことを思うと、嘘を言っているとは思えない。アンナの言う万が一の事態が起こったのだ。急いで準備して家を飛び出すと、家の前にはもう既になすびが来ていた。
「こっちだ、八千代」
八千代は車に乗り込んだ。同時に知らない声が聞こえた。
「なすび、どこ行くの?可愛い子乗せて。ラブホテルとか?」
「冗談やめてくれ、姉さん。さっき言っただろ」
「後ろの子名前は?」
「八千代です!」
「八千代ちゃん!私の運転下手だけどよろしくね!私はなすびの姉の川田ほおずきって言うの!」
「姉さん!信号赤!」
慌ただしい車内に声が飛び交う。なすびはキングも呼び出すつもりらしく、電話をかけ始めた。なんでミーシャを呼ばないのだろうか。なんでなすびはアンナが誘拐されたと分かったのだろうか。警察はどうしたんだ。疑問はいくつもあった。
「八千代ちゃん、なすびの恋人?」
「違います!…ねえなすび、ミーシャは?」
「俺、ミーシャの電話番号知らないから」
私知ってるよと言おうとしたら車が止まり、ドアが開いた。キングがやって来た。こないだのこともあるので何となく気まずい。顔をそらした。なすびはそれを見て何かあったなと感づいた。
「こないだはごめん」
キングが謝った。
「そんなこと今言わないでよ!」
八千代は真っ赤になって言い返した。ほおずきはその様子を大いに楽しんでいた。青春っていいなぁ…。
「なすび!なんで警察呼ばないの!なんで連れ去られたって分かるの?私達で対抗できる相手なの?」
「八千代、俺は聖徳太子じゃないからな。」
それからなすびはアンナに言われたことを全て説明した。連絡が来なかったら誘拐されたか殺されたかのどちらかを疑え、警察はあてにならない、狙っているのはどうやら女のストーカーであること、その女に協力している人間が高校にいるらしいこと…と順番にかいつまんで説明した。
やがて倉庫についた。倉庫の中に恐る恐る入ったキングは驚いた。鏡花ちゃんがいるではないか!どうしてここへ。まさか彼女が実行犯なのか。
「鏡花ちゃん、どうしてここにいるんだ?」
「キングこそなんでいるの?」
鏡花はゆらりと立ち上がった。
「俺はアンナを助けに来た」
その間になすびと八千代が倒れているアンナを見つけた。
「そうなんだ。私ね…その女を殺すために誘拐した張本人なの。あーあ、そこの稀血の女さえ死ねばよかったのに」
鏡花はナイフをこちらに突き出した。
「私はあなたが嫌い。五体満足の彼女がいるあなたが嫌い。私の大切な人はいない。あなたにはいる。…あなたなんか、あなたなんか!」
鏡花が思いっきりナイフを振り上げた。
もう自暴自棄になっていた。キングは逃げ出せずにそこにいた。
「ーーー死ね!」