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私はあなたが好きでした  作者: 珀桃
深まる三角関係
10/20

伝えられない思いを伝えたくて

八千代は放課後アンナに話しかけた。

「アンナ、私、お母さんのお見舞いに行くから先帰ってて」

「そう、大変ね」

八千代の母は一週間くらい前から入院していた。


***


 梨子姉さんは大丈夫だって言ったけど、やっぱり鏡花は不安だった。こういうときはレオンのところ、行こう。鏡花はそう思った。だから、レオンが入院している病院へ向かった。


「レオン、元気?」

「ハナ!今日は調子が良いんだよ」

レオンはベッドから上体を起こした。

「あのさ、前に言ってたお金のことなんだけど、遅くなりそう」

「そんなにバイトばっかり頑張らなくてもいいんだよ」

レオンにはキングを騙して恋仲になったことは言っていない。バイトと言ってごまかしている。本当の事を言ったら彼は間違いなく怒るだろう。なぜなら、彼は、私の事が好きだから。

「ねえ、ハナ、いつになったら俺の事好きって言ってくれる?」

レオンは私を抱き寄せた。カシャッ、と小さな音が聞こえた気がした。

「えっ?あ…そ、そのうち、ね」

もちろん、私だって彼の事が大好きだ。


もともと私たちは幼馴染で昔から仲が良かった。しかし、中学生の時、レオンが重い病を患った。移植手術を施せば助かるらしいが、レオンの血液型はケーゼロと呼ばれる特殊なもので、ドナーがいないらしい。そして、手術費用も出せないという。私はただ、彼を救いたい一心で何でも手を出していた。そして、キングに出会った。金をたくさん持っているらしいが、その金をロボット研究などという道楽に使うらしい。そんなことより、一人の命を救うために使ってやるべきだと、私は思うのだーーー。


***


(すごいもの、見ちゃった!)

八千代はスマートフォンを見た。そこにはつい先ほど隠し撮りした、キングの彼女になった女と見知らぬ男が抱き合う様子が写っていた。まさか、母親の見舞いでこのような副産物が得られるとは思っても見なかった。

(この女、二股かけてんのかしら。最低ね!)

でも誰に相談するべきか。けんかしたばかりのキングに言っても聞き耳を持つかどうか分からない。写真も合成とか言い張るかもしれない。なすびは…まあ、置いといて、やっぱりアンナしかいないだろう、という決断に至った。


翌日、八千代は早速アンナに相談した。


「やっぱり、それはキングに言うべきよ」

「やだ!キングとあの女が仲違いするまで待つ!ラブラブの時に言ったってどうせ信じてくれるわけない!」

「策士ね、八千代…」

アンナは半ば呆れているようだった。


***


しまった、と思った。本屋で本選びに時間をかけ過ぎて、その間にバケツをひっくり返したかのような土砂降りの雨が降るなんて、思ってもみなかった。傘はもちろん持ってない。雨宿りするにしても、いつになったら止むのだろう?いっそのこと、てるてる坊主の真似でもしようか?

アンナは本屋の前でぼうっと突っ立っていた。すると、本屋から誰か出てくるのが見えた。なすびだった。なすびは目ざとくアンナを見つけると駆け寄って来た。

「傘、忘れたの?入れてあげようか」

「遠慮するわ」

「じゃーん。実はここにもう一本傘が!」

得意気に折り畳み傘を披露するなすび。もしかして計算尽くだったのか?とにかくアンナは傘を借りて二人で歩き始めた。

「何の本買ったの?」

「ゲームの攻略本」

「小説とか読むのかと思ったわ」

「読まないよ、あんな難しい本。アンナはそういうの読むの?」

「私ね。倉橋由美子の『聖少女』って本を読んだわ」

「へえ。どんなの?」


「近親相姦の話」


アンナはふうっと息を吐いた。


「なすびはさ。近親相姦、ほんとにあると思う?父と娘とか、妹と兄とか、母と息子とか。…あるいは、姉と弟とか」

なすびはすぐに答えなかった。


雨が一段とひどく降り始めた。二人の間に静寂が広がって、雨の音がひたすら耳に響いた。しかし、その静寂もすぐに断ち切られた。


「アンナ!」

なすびの顔が曇る。

アンナの顔が微笑む。

「ミーシャ!」

「遅かったから迎えに来たよ」

「なすび、傘ありがとう。私、ミーシャと帰るから」

「え、あ、うん…」

そしてアンナはためらう事なく、ミーシャの傘の中に入って行った。


俺の傘には入ってくれなかったのにな。なすびは何とも言えない気持ちになった。二人に背を向けて帰路を急いだ。


「ねえ、今日、泊まっていい?」

「いいよ。アンナはあっちのベッドで寝たら?」

「私は…ミーシャと一緒がいい!」

「…え?」

「あのね、ミーシャ。一緒に死ねたらいいね。」

「は?」

アンナはミーシャの腕を掴み、喉に軽く手を当てた。そしてそのまま、腕を掴んだ手を引っ張って彼を押し倒した。アンナは期待を込めた目で見つめた。ミーシャは凍りついていた。

「ねえ」

ミーシャは動かなかった。

口が開くのが見えた。ああ、無理だ。アンナは悟った。

「や、やめてくれ、やめてくれ!頼むから…俺には彼女がいるんだ!嫌だ、嫌だ、嫌だ!」

「ミーシャ。私だってば。あの人じゃないよ」

「やめろ!もうこんなことしたくない!」


それからミーシャはしばらくの間ずっと、『あのひと』にやめろと叫び続けた。


やっぱりミーシャにはあんな手紙が来たことは言えないな。アンナは『ニゲラレルトオモウナヨ』の便箋を思い出した。


やっぱりキングにこのこと言うべきだろうか。いや、言わないでおこう。八千代はスマートフォンで隠し撮りした写真を見つめた。


当たって砕けろ、でアンナに告白してしまおうか。いや、言えない。あんな仲睦まじい様子を見たら…なすびは悩んだ。


こうして夜は更けてゆくのであった。

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