第九三話 おかしい
僕は警察の突入部隊をイメージして、部屋に入るなり犯人を取り押さえようと思っていたが、肩に力が入りすぎていたせいか、勢い余ってドアノブを持ったまま僕は前のめりにつまずいた。ギギギと木が軋む音がしたかと思うと、視界はもう切り替わっていた。
部屋は四畳半ほどの広さで、足元にはクリーム色のカーペットが敷かれてあった。部屋に入れば右手も左手も本棚が並んでいる。本棚は一段目から七段目まで所余さず本が詰め込まれており、僕なんかだとおそらく一年あっても読み終わらない量がある。しかし、逆に言ってしまえば本棚以外には何もない。部屋の奥にデスクがあって、そこにパソコンが一台置かれているだけだ。何とも質素な部屋である。まるで、小さな図書館だ。
犯人は、いない。
デスクのすぐ後ろの壁には割と大きな窓が取り付けられており、庭のほうからの日差しを取り込んでいる。天井にはお洒落な球体の電灯がインテリアとして設置されており、古風な書斎のなかで唯一際立っていた。電灯は入り口のドアの脇にスイッチがあり、それをオンにすると球体は弱々しくも光を発した。
僕は本棚に詰め込まれた文庫の数々を、目で追ってみた。ほとんどが茶色やグレーの背表紙でほこりに被れたような本ばかりだったが、そのなかには僕でも知っているような有名著書もまぎれてあったりした。
棚の奥のほうも見てみようと思い、僕は部屋を横断した。デスクの脇を抜け、更に奥の棚に目をつける。しかし、僕はデスクを通り過ぎて奥の棚へ目を向ける一瞬、視界の端に何かが映ったことを悟った。人形だ。
僕はその姿を確かめるように振り向いた。
入り口からではパソコンのモニターが邪魔で見えなかったものの、確かにその人形は、俯き気味に椅子へ腰かけていた。背後の窓からの射光のせいか、人形の顔は翳って不気味だった。黒く沈んだボタンの目が、床の一点を見つめ続けている。
僕はまっさきに一階のリビングにいる人形を想起した。あの人形と違って目の前の人形は男だ。黒い短髪に青いTシャツを着せられている。Tシャツはどうやら実物であり、人形はそれほどまでに大きかった。大人の等身大はある。
何かがおかしい。こんな大きな人形が家内に二つもあることだってそうだけれど、まるで僕が侵入することをあらかじめ予知していたかのように父母共々家にいないなんて。しかも、玄関の鍵は開けっぱなしだ。この島は平和ボケというやつなのか、ほとんどの人が外出時も鍵をかけないが、よくよく考えると野雲さんの両親がそんな慣習を知りえるはずもない。
やはり、何かがおかしい。
と、その時。僕のポケットが震えた。