第九話 窓
「そういうことかよ」
僕は本人に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で囁いた。
いまさら泰助の思惑に気付いたからといって、作戦を取りやめにすることはできない。理由は主に三つある。一つ目は、作戦を実行しないと泰助が憤るから。二つ目は、ここで退くのは男として度胸がないように思えるから。そして、最後は憚るも僕自身、美少女の寝顔という世界共通の至宝に少なからず興奮を覚えていたからだ。
一歩踏み出し、配水管を両手で掴む。ひんやりと冷たい。
「ちゃんと見張ってろよ」
念を押すように言い、次に片足を壁に押し付けて、背をもたれるように重心を傾けた。管を掴んだ両手に一層の力を込め、もう片方の足も壁につける。ちょうど、管にぶら下がった格好になる。
そこから、手、足、手、足と交互に動かして、徐々に上り詰めていった。次第に手汗で蒸れるようになり、滑らぬよう注意した。体重を全て両手で支えているため、肩がちぎれそうなほど痛い。『無人住居の探索』の時はこんなに四苦八苦したか? と思いながらも、急いで窓辺へと向かう。
「お、誰か来たぞ!」
泰助がそう言って、僕は心臓が飛び出そうになった。
夜中に配水管を伝って壁を登る男がいれば、それが顔見知りだろうが何だろうが「こいつは変態です」と駐在さんに突き出されるに決まっている。
とにかく、配水管さえ登っていなければ、あまり怪しまれないはずである。僕は背中から転落する覚悟で手を離そうとした。もう少しで窓に手が届く距離だったのに、と少し遺憾が残る。
「嘘だよーん」
下りたら、手汗をぬぐうよりもまず先に彼を殴ってやろうと思った。人が二階付近から転落を試みそうになったことも知らずに「驚いたか?」としめしめ笑う泰助は、しがない団員の反感を売り切れるほどに大量買いしたということになる。
気を取り直して両手に力を込める。手を思い切り伸ばせば窓枠には届く距離だろうが、我慢してもうひと越え。さらに配水管を伝って、優に窓へと手が届く場所まで到達する。
一度、泰助のほうを見てから窓に手を掛けた。もしも、壊れているのであれば素直に開いてくれるはずである。