第八十七話 敢行
「学校は? 何でこの時間帯にここにいるんだい?」
駐在さんは、自分の腕に巻かれた時計を人差し指でさすと、僕に見せ付けるようにした。どちらにしろ、この距離では何時か見えないが、正午すら回っていないのは感覚でわかる。焼き付けるような日差しは僕らの頭上にあり、道路に建物の影をくっきりと映らせていた。
「ちょっと用事があって」
自分で自分を殴りたくなるような言い訳だったが、この状況では他に良好な策はないだろう。ついさっきまで走っていたこともあって、僕は肩で息をしていてし、なによりアタマが回らなかった。
「用事って?」
「いや、言えません。それは」
僕は駐在さんの表情を窺うようにゆっくりとした口調で言ったが、問題の駐在さんは威厳を保ったままだ。ピクリとも動こうとせず、僕を通してくれる気概はないらしい。
事件なれしていない駐在さんとはいえ、さすがに僕が犯人だとは疑わないだろう。つまり、僕の行く手を阻むということは、これでも一応僕の身の安全を確保するためである。なんせ、この島には荻江先生の失踪の要となる、犯人がいるということが仮定されているからだ。
しかし、いま駐在さんに協力を求めるわけにはいかない。なぜなら、野雲さんの父親が犯人だと知れば、駐在さんはより僕を通してくれなくなるだろう。島民の安全のため、一定範囲への立ち入りを禁じ、本土から応援がくるのを待つのだ。
そうすれば、泰助が僕をこのチームへ入れた意味がなくなってしまう。
もちろん、僕らみたいなアマチュアが出しゃばって事件解決を図るよりは、警察にすべてを任せたほうが安全なうえ確実だ。それは、おそらく探偵団の誰もが心得ていることなのだと思う。けれど、僕らは敢行する。
それが、高尚探偵団だから。
駐在さんはしばらく僕の目を見据えるようにして、このままでは埒があかないものと思ったのか、自転車を道路の脇に停めなおして「なめられたもんだ」とつぶやいた。そして、また僕に向き直る。その目は、子どもを安全へ促す意思ではなく、単に悪ガキを叱る大人の目だった。
「君の学校の先生がいなくなったことは知っているだろう?」
「はい」
僕が平然とうなずくと、駐在さんは剃り損ねて青くなった口元を歪ませ、むっとした。しかし、すぐに真顔に戻って続けた。
「なに。日中の間だけしかフェリーが通ってないこんな島だ。夜の間に島の外へ行くことはできない。つまり荻江先生はまだこの島にいるんだ。なのに、未だ行方不明――これは事件だ。犯人もいる」
「そんなこと、分かってます」
僕が表情をぴくりとも動かさず、また平然に受け答えをすると、駐在さんはいきなり頭にかぶった制帽のツバを掴み、そのまま地面へたたきつけた。ヒールのかかとで鉄を踏みつけたようなコーンという音がして、小さくバウンドした制帽は裏向きでアスファルトへ転がった。
「生意気言うな!」
アスファルと通じて振動が伝わってきそうなほどの大声で、駐在さんは前のめりに怒鳴った。つばが飛ぶのも気にせずに大きく口を開け叱咤する彼は、のんびり駐在所で昼寝をしているいつもの駐在さんではなかった。