第八十六話 高揚
高尚探偵団が一丸となって荻江先生を捜索しているということを知っているためか、無意識にも島全体が慌ただしいと感じてしまう。千治さんを筆頭にした西チームは海岸線に沿って捜索し、東チームは国道沿いに茂った林を探したあと徐々に住宅街にも捜索範囲を伸ばすだろう。富岡先輩が身を置いた南チームは捜索範囲が狭い代わりに聞き込み調査もかねている。泰助がリーダーを務める北チームはさっそく膨大な武美山の土地を歩き回っているに違いない。
四つのチームがそれぞれ東西南北をしらみつぶしに捜索していると思うと、僕もうかうかしていられないと駆ける足もおのずと早くなっていくように感じられた。一方、隣で歩調を合わせる金髪の男は、僕の脚力を見て意外そうな顔をしていた。
「おいおい、そんなに飛ばして大丈夫か?」
と、いいながらも息が上がりつつあるのは僕ではなく金髪の男のほうだ。
「もっとペース上げれますよ」
僕が得意げにいうと、「げ」という声を出して金髪男は首を振った。「タフな団員だぜ、まったく」
おそらく、団員は団長に劣るという意識が根付いているようで、その考えから泰助より僕のほうが出来損ないだという推測があったのだろう。確かに、推理力や直観力の面では僕は劣るかもしれない。突き詰めれば探偵としてん素質なら十分に泰助の勝ちだ。しかし、体力の面や学力の面では僕は泰助に負ける自信がない。
僕は、見せ付けるようにペースを上げた。一刻も早く野雲さんの家へ行かなければならないというのもあったけれど、自分の能力を誇示したくなったのも事実だ。
――見てこい、真実を。
今まで僕という人間を雑巾のように扱っていた泰助が、はじめて僕の意向に沿った意見を出した。事件のより正確な解決ではなく、僕のわがままに付き合うようにして、合理的判断を捨てた。
あいつが、はじめて僕のために動いた。
その、意味不明の記念事項が、僕の心の奥底に火をつけたようだった。体内のどこかでぐつぐつと何かが煮えるような気配がある。それは、僕を苛立たせるかと思いきや、むしろ落ち着かせるようだった。落ち着いた高揚、どこまでも走っていけるような感覚。
しかし、その感覚はすぐにせき止められた。
もうすぐ目的地の野雲家にたどり着くから徐々に走る速度を緩めていたというのもあるのだが、一番の理由は目の前に駐在さんが躍り出てきたということだ。
「ちょっと、待ちなさい君」
自転車から降りた駐在さんは、立ちふさがるようにして僕を待ち受けた。いつもはのんべんだらりとして頼りない風貌の駐在さんが、どことなく真剣な目つきだ。おそらく荻江先生捜索の途中なのであろう。
僕は、何も言わずに、ただ睨み付けるよう駐在さんを見た。しかし、それが犯行的な態度に見て取れたのか、駐在さんはさらに眼光を光らせた。