第八十三話 前期
「どこにいくんだよ!」
いい加減、我慢がきかなくなって僕は泰助に掴まれた手を振りほどいた。海岸沿いの道で、潮騒に包まれながら僕たちは対峙する。
朝のHRが終わるなり僕を学校から連れ出した泰助は、有無を言わずに僕を引っ張っていた。僕は何度もどこへ行くのか訪ねたが、「見てからのお楽しみ」と言われてあしらわれた。
しかし、荻江先生がいなくなって僕自身迷走していたこともあったのだろう、髪をかきむしりたくなるようなイライラが続いていて、ついに我慢できなくなったのだ。
「どこに連れて行くつもりなんだよ」
「すぐそこ」
僕が言うと、案外あっさりと泰助は答えた。答えると同時に前方を指差し、僕の視線を促す。そこには、港があった。いつものようにプレハブ小屋が佇んでいる。ちょうど、ずっと遠くの海から船が向かってきていた。
「本土に行くのか?」
「違う、違う」
泰助は微妙に笑んでから首をブンブンと振った。「本土のやつらが来るのさ」
僕は意味が分からずに首をかしげる。すると、泰助はまた構わず僕の腕を引っ張った。どうやら『急ぎ』らしい。いちいち説明している暇がないといったところだろう。
だとすると、やはり起因しているのは荻江先生だ。泰助は一刻もはやく荻江先生を救出しなければならないと危惧しているのだ。
被害者は、死ぬか死なないかの瀬戸際で放置されているから。
早く見つけないと手遅れになってしまう。本土の警察が派遣されてくるのを待っている暇はないのだろう。もちろん、駐在さんが一人で捜索するのも限界がある。
なるべく早く、行動しなければならない。
おそらく、今港へ向かっているのだって、何か意味あってのことなのだろう。
意気投合した僕は、走る速度をあげて泰助の前にでる。逆に泰助を引っ張る形となり、急いで港へ向かった。
右手に見えるテトラポットが、やがて埋め立てされた港へ変わる。プレハブ小屋の受付窓には、港ばあちゃんがにこやかな顔で座っていた。
「おやおや、学校は?」
「それどころじゃない、見逃して」
とはいえ、港ばあちゃんに見逃してもらっても、担任は見逃してはくれないだろう。先ほど教室から脱走するとき、担任の制止を無視して飛び出してきたのだ。帰ったら、カミナリが落ちること請け合いである。
ブウーン、という船の汽笛が聞こえる。フェリーは一度横に逸れて、港と平行になるように停船する。あまり大きな船ではないが、それでも乗客が満たされることはない。ぽつりぽつりと顔見知りが島へ戻ってくるだけだ。
本土への旅行から帰ってきた高齢者たちが、僕らに気付いては軽く会釈する。泰助は、そんななか誰かを探していた。
「誰もいないぞ?」
一息ついて、船が本土に踵を返そうとしたときだった。
フェリーから本土へ掛けられた階段を、珍しく若者が下りてきた。最初はひとりかなと思ったが、二人、三人、四人、と何人も降り立ってくる。全員が港の地を踏んだ時、その数は十六にも及んでいた。僕としては呼吸も忘れるほどの団体客だ。
「よう、久しぶりだな。おまえら」
しかし、ふいにそう言われ、僕ははっとする。よく見ると、この団体はいつか離島していった島の先輩だった。ちょうど、去年卒業した人たちもいる、本土の有名大学に受かったと知らせを聞いていた先輩もいた。
「どういうことだよ」
僕は、圧倒されて小さくなった声を泰助に向けた。
「どういうことかって? 助けを求めたまでさ」
泰助は得意げに続ける。
「前期、高尚探偵団をね」