第八十一話 四文字
携帯を開くと、僕は指先の感覚を頼りにメールボックスを開く。一度まちがえて送信ボックスを展開してしまい、慌てて受信ボックスに開き直した。泰助のメール本文を見るとき、その回答の内容に緊張している自分がそこにいた。
なんとなくだが、僕の考えを否定した文字が連なっていそうな気がする。なぜなら、泰助自信、すでに野雲さんの家族ぐらい調査しているはずだからだ。
『なるほど』
しかし、実際のメールの内容はこうだった。たた四文字。僕より遥かに短い文で応答をしてきた。しかし、『それはない』と思っていたものが『なるほど』であったことに僕は驚いた。
泰助の意表をつく意見を出したという優越感と、やはり野雲さんの父が犯人であったという事実への驚きが、しばらくは胸のうちに渦巻いていた。
しかし、その二つの感情が消え去ると、風に砂塵が舞って砂に隠れていた何かが地にむき出しになるように、ある感情が残った。それは易く言葉にできないが、野雲さんへの同情のようなものであった。
無垢な彼女が自らの父が犯人だと知ったとき、どういう反応をするか。少し考えただけで、心臓がズキズキと痛んだ。
僕は意識を逸らす。
泰助は、なぜこんな四文字を打つだけでこんなに時間が掛かったのだろう。気付いていなかった? いや、それはない。あいつは四六時中パソコンの前で卑猥な笑みを浮かべているやつだ。だから滅多に部屋から出ないし、部屋にいる以上、携帯が鳴るのには気付くはずだ。
面倒くさかったから、四文字?
いや、違う。
僕は機械なれしていないから、とりあえず短い文を送ってしまったけれど。泰助はなかなかの速さでボタンをタッチする。さすがにパソコンのキーボードまでとはいかないのだろうが、あいつは一応、そういう全般のことができる。
なるほど……か。
不思議と、推理で先を越されたという屈辱感や敗北感は文から伝わってこない。どちらかというなら、本当に納得したうえでの『なるほど』であるように思えた。
泰助は、いま何かの作業に追われてる?
ふと、そんな考えが浮かんだ。ありえない話ではない。今もなお、何かに打ち込んでいて、長々とメールしている暇はないからとりあえず四文字を送ってきたんじゃないだろうか。
しかし、考えてもきりはなく、とりあえずは明日になるのを待つしかなかった。
長い、夜だった。