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第八十話 父

もう、最終回がみえてきましたねえ!

みなさん、ラストが予想できたりしますか?


 携帯電話の標準的なメロディが自室に響いた。


 僕は帰宅するなり玄関に靴を脱ぎ捨て、リビングから漏れてくる包丁がまな板の上で踊る音を無視し、急いで階段を駆け上がって自室に閉じこもった。ベットにダイブしてその反動で一回転しながらも、ポケットから取り出した携帯を開き、慣れない手つきで泰助へのメールを作成していた。


『犯人は野雲さんのお父さん』


 やつにはこの短文でも十分事情が理解できると踏んで送信した。詳しく事情を説明していたら時計の針が十二時を回ってしまいそうだった。ただでさえこの短文でも二十分かかってしまった。やはり、ここまで機械慣れしていないというのは、本土から離れた田舎の島だからこそだ。


 僕はメールを送信してしばらくはブラインド越しに見える淡い月をぼうっと見ていたが、とうとう眠くなってきて、眠気覚ましも兼ねて一階へ夕食を摂りにいった。リビングに顔を覗かせると、母は『あら、ランニングじゃなかったの?』と首を傾げた。確かに普段ならジャージに着替えて島を一周しているところだが、さすがに今日は時間も気力もない。


 リビングテーブルの端、父はいつもの自分の席で黙々と食事をしていた。ちょうどこちらには背を向けている位置で、テレビと真正面に向き合っている特等席だ。しかし、なぜかテレビの電源は入れておらず、特権を行使していない。父はもともと寡黙なほうで、首だけ動かして一度こちらに一瞥をくれたが、それきり皿の上にのったハンバーグの欠片とにらめっこしていた。


「いまラップをかけようと思っていたところだからちょうど良かったわ。はやく食べてしまいなさいね」


 母はそう言って手に持っていたラップを吹き抜けの台所へ戻しに行った。


 豆腐が練りこまれたハンバーグを平らげると、僕は食器をシンクまで運び、ごちそうさまと母に直接いってからリビングを出た。階段を億劫にのぼりながら、ふと泰助からメールの返信があるかもしれないと思い、僕は部屋へ急いだ。しかし、ベットの上に放られた携帯は沈黙したままで、新着メールは一通もない。


 しかたなく、僕はさきに風呂へ入ることにした。部屋の棚から普段着とパンツの代えを取り出し、階下へとまた降り立った。玄関とリビングをつなぐ廊下の途上には僕の部屋へと上がる階段と、トイレや洗面台、風呂場がある空間へと繋がるスライドの戸がある。僕はそこを通って先客がいないことを確認すると、脱衣して風呂場へと足をつけた。脱衣所ではまとっていた服がなくなり少しばかり肌が張るような寒さがあったが、風呂場には蒸気が立ち込めていて熱気が寒さを緩和させつように全身を包んだ。


 足元が湿っていて、僕は注意しながらシャワーの前まで進んだが、おぼつかない足取りだったせいか誤ってプラスチックのたらいを蹴ってしまった。コーンという音が空間に反響する。


 僕は手早く全身を洗うと、浴槽に入って身体を温めた。


 つかの間だが、頭のなかに漂っていた煩悩が無意識に掻き消される。やがて、また眠くなってきて僕は立ち上がった。水が音をたてて跳ね、僕の身体から浴槽内でと流れ戻っていく。


 風呂場からでた僕は用意しておいた服に着替えると、湯気をまとったまま脱衣所を出た。髪は短いほうなのでドライヤーは使わずに自然乾燥に任せている。なにより面倒がはぶけるし、今は泰助からメールがきているかもしれないと思っていたから、早く二階へ上がりたかったのもある。


 スライドのドアを開けると、ちょうど父と鉢合わせになった。父は小太りの腹をすでにさらしていて、パンツ一丁だ。肩にタオルをかけていて仕事で疲れきった表情をしていた。


 僕らは互いに「お」と短く反応すると、身体を横にして狭い通路をすれ違った。僕と父はあまり話さない。昔から母とはコミュニケーションをとっていたが、父とは皆無だった。陸上をしていたときは、まだ幾分か声をかけられていたものだが、高校生になって陸上をやめてからは話かけるタネがないらしく、何も喋らなくなった。


 そして、携帯の着信音が鳴ったのは、僕が部屋に戻ってきて携帯を確認しようとした、その矢先だった。


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