第七十九話 溺愛
ありゃりゃ……ってな感じの第七十九話です。
「それ! 私のだ!」
心臓にまで響きそうな甲高い声を出しながら、野雲さんは僕の手に持たれたお守りを指差した。彼女自身、僕の手にお守りがあることは予想外の事態であるようで、表情は固まっていた。
対する僕は、口を開くことすらできない。
僕がお守りを持っていれば、彼女は僕が既にお守りの中身を見ていることを推測するだろう。ともなれば、彼女が一連の事件の犯人であることに僕が気付いていることになる。もちろん、彼女は僕の口を封じに掛かるはずだ。竹内や産田にしたように、もしくはそれ以上のことを企む可能性だってある。
「え、えっと。さっき道で拾ったんだ。そ、そっか。野雲さんのお守りだったんだね」
僕は端から見ればロボットのパントマイムをしているんじゃないかと疑われるぐらいのカクカクとした動きでお守りを野雲さんに差し出す。「じゃ、じゃあ、返すね」
その瞬間に、僕の手の内からお守りがもぎ取られ、野雲さんの手中へと移る。僕からお守りを取った彼女はそそくさとそれを学生服の胸ポケットへ仕舞い込み、また僕に向き直った。そして、言う。
「中身とか、見てないよね?」
「え? ああ、あ、うん。さっき拾ったばっかりだし」
僕が言うと、野雲さんは胸を撫で下ろすようにして溜息をついた。溜息といっても、おそらくそれは安堵からくるものだろう。僕はそれを見て、やはり野雲さんが犯人なのではないかと思った。なぜ、お守りの中身を見たかどうか訊く必要があろうか。
しかし、僕のその推測は、次の野雲さんの一言で一気に逆転した。
「よかった。このお守りはお父さんから『いつでも大事に持っておけ』って言われてて、私も中身は見ちゃいけないし、他の人にも絶対に見せちゃいけないの」
「え」
もう、言葉がでなかった。
お父さん?
ということは、野雲さんのお父さんが――お守りの所持者。
「なんだか知らないけど、このお守りはすぐに効力が切れるから、毎晩パパに返して、新しく効力をつけてもらってるの。私自身よく分からないけど、嫌だとか面倒とかいうとお父さん泣いちゃうもの。だから、しょうがなくお守りごっこに付き合ってあげてるんだけど」
効力をつける。あの残酷で残虐な絵のどこに、何の効力が含まれているというのか。毎晩新しく効力をつけてもらう、というのは、ようは絵を最新版に書き換えているということか、お父さんが。
考えているうちに混乱してきた。
「でも、最近は学校に忘れて帰っちゃったりして、お父さんに怒られてるの」
そうして、てへへと笑う野雲さん。そんな場合じゃないだろと思わず怒鳴りそうになったが、なにしろ野雲さんはお守りのことなど知らないのだ。
つまり、要するに。犯人は、野雲さんのお父さん。
「もう、お父さんったら、私のこと溺愛しすぎなんだから。お守りを持たせるのもそうだけど、普段の学校での出来事とか、男の人とどういう関係にあるかとか、全部聞き出そうとするのよ」
そういえば、言っていた。野雲さんは父に溺愛されていると。
そうだ。
この島に来たのは、野雲さんしかいないと思っていたけれど。野雲さんが来たのと同時に野雲さんの両親も島に移住しているのだ。僕たち探偵団はそれを見落としていた。
自分の娘を愛しているがゆえ、その愛娘に近寄るハエどもを父が払っている。という感じなのだろうか。だとしたら、生きるか死ぬかの寸前で放置されているというのは、『こうなりたくば、慎め』という暗示効果があったのかもしれない。
「ごめん、ちょっと用事あるから、帰るね」
僕はまだ何か言いたそうな野雲さんを遮って、僕は駆け出した。ポケットに入れたその手は、すでに携帯をつかんでいた。