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第七十八話 世界

久しぶりに②連続投稿。


 どうしてこんなことに。


 人は、不測の事態が発生すれば、必ずそう思うだろう。さして推測しているわけでもないのに、どうしてこんなことに、を心の中で繰り返してみる。


 今の僕も、まったく同様だ。上大静脈を糸で縛られ、血液がせき止められているかのように、心臓付近がズキズキと痛い。お守りが握られた手が否応なく震え、無意識に硬直している。


 このまま、何事もなく家へ帰れると思っていたのに。


 荻江先生の、あの悪夢のような光景から逃げ出し、つかの間の平穏を手に入れていた僕の心が、一瞬で荒れ狂った。これは心の平和ボケというやつなのだろうか、ふと無意識でいるときに、いきなり絶体絶命のピンチが訪れると、まるで対処法が浮かんでこない。固まるしかない。


 もう目と鼻の先に自宅が見えているという地点で、角から野雲さんが躍り出てきたのだった。本当に迂闊だったし、思いも寄らなかった。完全に安心しきっていたのだ。まさか、野雲さんが現れるわけがない、と。


 しかし、今現在、野雲さんは目の前にいる。どうやら機能停止したロボットのように首を垂れて歩いているせいか、僕の存在には気付いていない。しかし、いくら僕が息を殺したところで、もう数メートル野雲さんが近寄ってくればさすがに気配に気付いて顔を上げるだろう。


 その時、彼女はどういう反応をするだろうか。


 検討もつかない。いや、僕は直接彼女には何もしていないのだから、ごく自然に振舞われるのが当たりまえかもしれない。しかし、問題は僕のほうだ。どんな顔をして接触すればいいのか。あいにく、演技はヘタだ。一度、俳優志望の竹内と自主制作映画を作ろうとしたが、僕の演技がヘタすぎて中止になったのだ。それほど僕は演技ができない。おそらく、どんなに自分を装って接しても顔には恐怖や嫌悪の表情が出てしまうだろう。


 そんなことを考えながらも、体は硬直したままだ。


 もう、どうすることもできない。


「あれ? 偶然だね、こんなところで」


 ついに、見付かってしまった。心なしか、俯いていたときの野雲さんの表情は暗かった気がするのだが、僕を見つけるなり暗かった表情は奥に引っ込めてしまった。ぱっと灯かりが点くように野雲さんは笑顔になる。


「いま帰りなの?」


「あ、ああ、うん。そ、そうだよ」


 返事をしながら、僕は自分を殴りたくなった。誰が見ても動揺してしまっている物言いになってしまった。体の動きも不自然だ。なぜ、返事をするだけなのに手を上げてしまうのか。自分で自分の行動がわからなかった。


 と、その時。


 僕は誰かに内臓を引っ張られているような感覚に陥り、額から血の気が引いた。その原因は、今ちょうど不自然に挙げた手にあった。そこには、野雲さんのお守りが持たれてあったのだ。


 もちろん、野雲さんが気付かないわけもなく。僕の手に持たれたそれを発見した野雲さんから顔の表情が消えた。「あ、それ」と歯の抜け落ちたような声を出してくる。


 僕は、世界が壊れていくような気がした。


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