第七十六話 下半身
「間違っていたって言うと?」
僕が訪ねると、泰助は鼻と上唇の間にえんぴつを挟むような表情をして、肩をすくめた。
「いや、だからって新しい推論が浮かんだってわけじゃないんだ。ただ、俺の推理には少し間違いがあるなと思っただけ」
「……そっか」
僕がそう返事したきり、周囲から音が消えた。
しばらく、無音が続く。教室で突っ立っている荻江先生の様子が気になったが、自分から腰を持ち上げる気にはならなかった。
夕暮れ時の、すこし寂しくなるような雰囲気があたりに漂っている。
「なにか、聴こえないか?」
ふいに、泰助が声を発した。
気付いたように耳を澄ますと、確かになにか物音が響いている。どうやら窓ごしに教室のなかから響いてきているようだった。教室のなかには荻江先生しかいない。
ガタガタと机が床を引っ掻く耳障りな音が鳴る。次に、はっきりと荻江先生の声が聞こえる。
「ちくしょう!」
僕は思わず肩を跳ねさせた。普段の荻江先生は女子を贔屓目に見がちだが、べつに男子に厳しいというわけでもなく、基本的には誰にでもやさしい先生だ。その荻江先生が畜生と吐き捨てている。
「なんだ? 何で怒ってるんだ荻ちゃん」泰助は目をまん丸にして教室内を気にした。しかし、ヘタに覗くと荻江先生に気付かれてしまうので迂闊には顔を出せない。
そうしているうちにも、荻江先生の声が続く。少し声のボリュームは落したみたいだが、まだ窓越しには十分聴こえてくる。
「野雲め、ぜったい、おまえを!」
体を激しく動かしているのか、荻江先生の声は変な途切れ方をしていた。「おれの、ものに、してやる!」
腹にぐっと力が入った。
机がしきりにガタガタと鳴っている。荻江先生の途切れ途切れの声。
いやな予感がした。
僕は、そのいやな予感から逃げ出したくなって、少しうつむく。焦がしたような色の土が眼前に広がる。
「嘘だろ」
頭上から泰助の震える声が聞こえる。どうやら、我慢ならずに窓から覗いてしまったようだ。そうして、泰助は僕の腕を揺さぶると「オマエも見てみろよ」と急かした。
つられて、僕は腰を持ち上げる。
そして、教室内を眺め、目をむいた。
荻江先生はベルトを緩め、ズボンをふともも辺りまで下げて、その下半身を、野雲さんの机に激しく擦り付けていた。荻江先生が腰を動かすたびに、机がガタガタと音を立てた。