第七十四話 グラウンド
お、この調子で文章を直していくか!
気付くと、僕はすでに踵を返して今来た道を走っていた。遥か後ろからもう遅い、と呼び止める泰助の大声が追っかけてきたが、それすら振り切るように僕は腕を振った。
いつもなら、島の周回をぐるりと一周しても呼吸に乱れはないというのに、たかが学校からよきつ屋までの道のりを往復しただけで息が途切れ途切れだった。おそらく、走っていなかったとしても息は荒かったに違いない。
僕は困惑と焦りからか、どんどん体力を消耗していった。
肩から先が僕のものでないかのように、上下に振るわれている。どちらかというなら、遠心力で動かしているようなものだ。ただひたすらに前へ進みたいという気の表れのようで、振るわれる腕を筆頭に、僕の全身が必死に学校の教室を向かっていた。
あっという間に門を通り過ぎ、僕は今一度校内へ足を踏み入れる。小さなグラウンドを横切るときには、すでに疲労困憊。走るフォームもめちゃくちゃだった。頭が鉛のように重く感じられ、一歩踏み出すごとにうな垂れたり空を仰いだりした。視界では空の青とグラウンドの茶色がなんども差し替えられる。
こんな体で現場へ出向いたところで、僕になにができようか。荻江先生を助けるどころか自分の身までもが危険だ。少なくとも、産田の供述では犯人はスタンガンを所持している。むやみに攻撃をしかければ反撃にあうのが関の山だ。
心身ともに過労状態に陥っていると、いつの間にか走りは一定化される。できるだけ動くのが辛くないフォームになり、最も疲労している筋肉を休ませようとする。すると、体はぎこちない動きになり、やがて、その動きが型にはめられる。脳がそのフォームを覚え、それを繰り返すようになるのだ。まるで、工場のロボットのように、えんえんとその動作を繰り返す。まるで、僕の身体が走る燃焼機関になった ようだった。
すると、ようやく楽な走り方が型にはめられだした時にはグラウンドの端に辿りつき、そこにはコンクリートのスタンドが待ち構えていた。この時間で覚えた楽なフットワークをいきなり崩されることになった。
僕は大きく足を上げて一段目をまたぐ。すると、使っていなかった筋肉がキリリと痛んだ。しかし、僕は我慢して歯を食いしばり、いち、にい、さんという掛け声で一気にスタンドを駆け上った。
スタンドを登りきると、今度は金属を噛んだような気持ち悪い痛みが腰に感じられる。まるで、腰の筋に針金を通されたようだった。
後ろを振り返るが、泰助はそこには居なかった。もしも彼が僕を追いかけていたとしても、おそらくあの体力ではまだグラウンドに影を落すことすら叶わないだろう。もしかしたら、僕が事件を解決して一段落したところで、ようやくグラウンドに駆け込んでくるかもしれない。おそらく、それほどまでの距離が離れているだろう。
「よし」
僕は独りでも犯人と対峙する覚悟を握り締め、そう言った。