第七十二話 精神障害
「あ、いえ。これは僕のでは……」
僕は壊したおもちゃを親に見られないよう隠す子どものように、腕を後ろへ回した。しかし、変に隠し立てすればするほど医者は怪しみ、僕の腕からお守りを奪い取ろうとした。
「いや、これは違うんです!」
あまりに医者が固執してお守りの存在を気にするため、僕は咄嗟に走り去ろうとすら思った。このお守りの中身を見られでもすれば、今まで隠してきた事件の断片が露呈してしまう。
「まあ、見てもらおうぜ」
僕が困惑していると、背後で息を殺していた泰助が突如として言葉を挟んだ。僕は思わず目をまん丸にして後ろを振り返る。前回、大人には介入させないほうがいいと断言していたのは泰助だ。
「いいのか?」
「ああ、もう証拠は十分ある。少しぐらいは大人に意見してもらうのも手だ」
僕はまだ少し迷った。別に、この事件に自分が関わっているということに傲慢な気持ちはない。別に僕じゃなくても、他の誰かが変わりに真相を暴いてくれるのなら、それもいいと思っている。しかし、そういう自分の考えとは裏腹に、やはりこの事件に携わっていたいという自分もいた。もしも、この医者にお守りの中身をみせたとして、一連の事件が露呈したとすると、当然のことながら島中の騒ぎになる。本土のほうから警察がやってくるかもしれない。そうなったら、僕らはとっととお払い箱だ。僕らの知らないところで調査が進み、僕らの知らないところで犯人が逮捕される。僕らはその結果を耳に入れることしか叶わない。
そんなのは嫌だった。
「じゃあ、このお守りの中身を見せます。けれど、事情を察して口外はしないでください。絶対にここだけの話でお願いします」
僕は観念して後ろに回した手を前へ突き出した。医者はどうやら僕をからかっていただけのようで、まさか本当にお守りに何かが隠されていたとは思っていなかったらしい。「え? 本当に何かがあるのか?」と驚きの声を上げていた。
僕は丁寧な手付きでお守りから取り出した紙を広げ始めた。折り目のしわを広げるごとに、ちょっとした罪悪感が腹の底に湧き上がった。友人の悪さを先生に告げ口するとき、まるで自分が卑怯な手段を使っているような気分になるアレと同じだ。
やがて、僕は紙の両端を掴んで目一杯に広げると、静かに医者の視界へ呈した。
「ふむ。これは、軽い精神障害をきたした人間の絵だな」
医者は開口するなり、そう言った。