第七十一話 店主
校門を出ると、僕たちは安堵して走る速度を緩めた。泰助は関節を抜かれた生き物みたいにぐねぐねと気だるそうに後ろをついてきている。学校の周回のコンクリート塀に沿って僕らは駆け続けた。
風はなく、停滞した空気や時間を肩で割くように走る。背後では僕へ制止を求める悲鳴が続いているが、それも無視していた。空はまだ青く、どこからかカモメの鳴く声が響いていた。
しばらく歩を進めていると、やがて『よきつ屋』が前方に現れた。大きなシャッターが開かれていて、紫色の暖簾が掛かっている。薄暗い店内の奥のほうにレジがあり、頬杖をついて店主が居眠りをしていた。
「どうも、いつもお世話になってます」
暖簾のまえにつくと、僕は軽く挨拶をしてみた。けれど、どうやら熟睡しているようで、店主はこちらを向かない。ここまで無用心だと本土のほうでは楽々盗難が起こってしまうだろう。この裏井島だからこそ、ここまで無用心でいられるのだ。
少し店主の顔色を窺っていると、あとから泰助が追いついてきた。僕と肩を並べたかと思うと、両膝に手をついて喘ぐように息を上げた。
「もう、いいだろ」
普段のお返しだと思って走り去ろうかとも考えたが、さすがに僕もそこまで鬼畜ではなかった。居眠り店主を横目に今度はゆっくりと歩き出す。しかし、前方に意識をしていなかったせいか、一歩踏み出した僕はすぐに誰かとぶつかった。
その人間に顔をぶつけてしまい、僕は少し目がくらむ。仰け反って薄目を開けてみると、それは以前竹内が火傷をした時に世話になった医者であった。彼はまた一回り大きくなった腹を押さえて「何だあ?」と瞬きをした。
「あ、すみません」
僕は慌てて頭を下げる。すると、頭上から穏やかな笑いが返ってきた。「君たちは、またろくでもない事をしてるんじゃないのか?」
顔を上げると、にこやかな医者が白い歯を見せていた。
「いや、そんなことは……」
僕が引きつった笑顔をすると、ますます怪しんだ医者は、「本当かあ?」と言いながら踏み寄ってきた。僕は見えない壁を押すように両手を上げて拒否を示す。けれど、その瞬間に医者の視線は僕ではなく、僕の手に持たれているものへと転じた。
「ほう、お守りか」
医者の目が、どこか鋭く光った。