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第七十話 花壇

そろそろラストスパートかけますか!


 耳を澄ますと、確かに上履きの底が廊下を擦る音が響いている。しかし、注意深く聴くと、それは二人分の足音だった。野雲さんのほかに、まだ誰かがいるのだ。


 ともあれ、僕はこの状況を目撃されることだけは避けようと、机上に広げた紙を折りたたんで布袋に戻した。


「おい、先生もいるぞ! 荻江先生!」


 ただでさえ浮き足立っているというのに、せかすように泰助が囃し立てる。僕は放置されたままの体操着を視界に入れると、慌ててそれを袋に押し込んだ。体操着を物色したことがバレたら、野雲さんの前に荻江先生にどうにかされてしまう。


 荻江先生は、半年前に本土の都心からやってきた先生だった。本土にいたころに受け持っていたクラスはイジメが酷く、荻江先生はイジメられた生徒の保護者から『イジメを看過した』として批判を受けたという。それでストレスが溜まっていたところに、この島での仕事を勧められ、気晴らし程度に研修へ来たという。泰助からの情報だから信じれないけれど。


 荻江先生はまだ年齢も若い優男で、女子生徒から人気がある。同様に荻江先生自身もいささか女子を贔屓目で見がちだ。とくに野雲さんに対しての態度はまるで親ばかのお父さんみたいである。そのせいか、クラスの男子たちは荻江先生を敵視していることも少なくはなく、何かと授業妨害を企てていた。


 もしも、野雲さんの体操着を勝手に触ったことがバレれば、さすがの優男もただではおかないだろう。


 しかし、僕は体操着を押し込んだあとに、まだ自らの手中にお守りが持たれていることに気付いた。お守りは元々、手提げ袋の底――体操着のしたになければならないのだ。


 僕は慌てて体操着を取り出して入れ替えようとしたけれど、次の瞬間には肩を捕まれていた。泰助だということは気付いたけれど、それでもビクついてしまう。


「間に合わなくなるぞ。とりあえず窓から逃げる。日直が鍵を掛け忘れたってことにしておこうぜ」


 ぐいっと引っ張られて僕は大人しく泰助に従うしかなかった。もうすぐそこまで野雲さんは来ているのだろう。楽しげに笑いあう先生と生徒の声がドア越しにも聞こえてきた。


 僕たちは駆け足で教室の反対側の窓へ向かい、有無を言わずにガラス窓を開け放った。

泰助は億劫そうに脚を上げて窓枠をまたぐと、急ぎであるにも関わらず「ふう」と息を付いた。


「早くしろって!」


「いや、運動不足だときついね」


「いいから早く!」


 押しのけるように泰助を外へと出すと、僕もすばやく外へ出た。僕らが降り立ったのは裏庭の花壇のうえで、湿った土を踏みしめた僕らは逃げるようにその場から去った。


 僕は、走りながら手にもたれたお守りを、不安な心持で見つめていた


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