第七話 無人住居の探索
この作品も構成的な面からすると、閉鎖空間と悪罵少女に似ているかもしれない。
それから、三十分ほど茂みのなかで泰助と罵り合い、蔑み合い、傷つき合ってから作戦を決行することになった。まだ家の住人が寝ていないという可能性は否めないが、さすがにこれ以上はじっとしていられないし、すでに笑い死にに値するほどすねをくすぐられていたのである。おそらく、明るみですねを見てみれば、ほのかに赤くなった肌に爪で引っ掻いたような白い痕が見て取れることだろう。掻きすぎて血が滲んでいるかもしれない。
「おい、本当にこんなことして大丈夫か?」
戸締りだってしているだろうし、もしも見つかったときのことを考えるとゾッとする。ろくな仕事もなくのんびりと過ごしている駐在さんのお世話になりかねない。
「もちろん限度は守るさ。不法侵入といっても庭までしか踏み入らない」
そう言って、泰助は茂みから立ち上がった。ようやく、泰助の姿があらわになる。彼の髪や肩には枝葉がついていた。
「庭からどうやって美少女の寝顔を見るんだ?」
疑問をぶつけながら、つられて僕も立ち上がる。
泰助は家の方を指差して、僕の疑問に答えた。
「二階の窓をよく見てみろ――あ、今は見えないか。電燈が点いていたときはちゃんと見えてたんだけどな。……あそこの鍵は開いているんだ」
「そういうところは抜け目ないのな」
当然だろう、とでもいうように泰助は首を傾けた。
「君は探偵の素質がないな」
「この場合は変態の素質だ」
ほのかに月明かりから照らされた泰助の顔は、どこか自慢気で癪に障る。
ところで、二階の窓からどう覗くというのか。カーテンも退けないと部屋の中は見れないであろう。庭までしか侵入しないというのであれば、窓を開け、カーテンを退け、そこから部屋には入り込まずに、寝顔を見るということになる。なんだそれ。そもそも、僕たちはなんで犯罪行為に及ぼうとしているのだろうか。
「とにかく、善は急げだ」
泰助はそう言うと茂みから飛び出し、靴音もひそやかに先陣をきる。腰をかがめて忍者のように門前まで行くと、壁に背をつけて僕に「こっちに来い」と手で合図を出した。「この所業のどこが善なんだ!」と言いつつ、指示の通りに茂みから這い出て、道路を横切り、泰助と肩を並べて壁に背をつけた。
「いいか? 以前の『無人住居の探索』をイメージするんだ」
そう。なにを隠そう『無人住居の探索』の舞台となったのが、この家であったのだ。僕が小学校の頃にこの家の住人は本土に引っ越した。それから今まではずっと空き家だったのだが、今日を機に無人でなくなるらしい。
「あのときは、どうやって侵入したかな?」
泰助が卑猥に笑む。
どうやって侵入したのだったっけ? 僕は少し考えてから、「あ」と声を上げた。
「そうだ。二階の窓の鍵が壊れて閉まらなくなってたから、配水管を伝って侵入したんだ」
「そうそう」
泰助は感慨深そうに頷く。なるほど、つまりは活動内容を記憶していたがために、この男は鍵が開いていることを知っていたのだ。脳の記憶容量の使い所が間違っているような気がしてならない。