第六十九話 紙
うーん、なんかテキトーだなあ。
まあ、ストーリーは逸れてないからいいんだけど、完成したら大掛かりな改稿が必要だな、うん。
僕は恐る恐るお守りを取り出すと、結ばれていた紐をゆっくりと解いた。なかにはやはり何十にも折られた紙が入ってあり、僕はそれを見た途端に心音が早まるのを感じた。
紙を取り出して体操着と同様に机上へそれを置く。僕は一度呼吸を整えてから、泰助のほうを振り返った。彼はこちらに背を向けて廊下をじっと監視している。
前にもこんな状況になったことがあったことを思い出した。野雲さんを見た初めての晩だ。僕が配水管を伝って二階の窓までのぼる背後で、彼はふざけて鼻歌を吹かしていたのだ。
過去の泰助の幻影と目の前の泰助が少し被っているように見えた。しかし、過去と違う点を上げるとすれば、それは彼の目つきが真剣なところである。あの時は、まだこんなことになるとは予想もしていなかったから、泰助もふざけていられたのだろう。しかし、めぐりめぐって、僕たちは事件の真相を突き止めようとしている。
僕は決心すると、紙を開いていった。
最初は、前回と何も変わらない絵が描かれたままなのかと見間違った。けれど、よく見るとそうではない。金を持っていた人間――脇野の絵が消しゴムで綺麗に消されていたのだ。五人いたはずが、四人になっている。
これは、脇野への犯行をすでに終えたという意味ではないだろう。もしも、脇野へ何らかの所業をしたのなら、竹内や産田のように、被害状況の絵が描かれるはずだからだ。しかし、ただ消されただけということは、純粋に被害者候補から外されたということだと考えて間違いはないはずだ。
なぜ、外されたのか。
僕は少し表情を固まらせて考えこんだ。不謹慎ではあるのだが、性格や態度を考慮するのであれば、産田はともかくとして竹内よりは脇野のほうが敵に回されそうである。
「なにか、わかった?」
気付くと、泰助はこちらを見つめて僕の表情を窺っていた。いちいち説明していると時間が掛かりそうなので、僕は「あとでまとめて教える」とだけ言って視線を紙に戻した。
脇野が消えて、のこり被害者候補は二人となった。りんごを好む人間と、眼鏡にタバコを手にもった人間である。しかし、この二人はどちらも特定が難しい。りんごが好きな人間など見た目からでは判別がつかないし、眼鏡にタバコは人数が多すぎて判別がつかない。
僕は目を凝らして小さな変化も見落としがないように見てみるが、脇野の絵が消えたこと以外は何の変わりもなかった。
「あ」
僕が紙を凝視しながら眉をひそめていると、ふいに泰助が短くそういった。「なに?」と僕は悠長に返そうとしたが、その声にかぶさるように泰助が跳び上がって言った。
「野雲さんだ!」
僕は、ハッとなった。