第六十八話 体操着
何が幸せでこんな男と頬をくっつけ合う機械がまた訪れたのだろう。とまでは思わなかったものの、やはりこの状況は甚だ嬉しくない。
野雲さんの机をもう一度しらべてみよう、と言い出したのは泰助だった。いつもは生意気な産田までもが表情をがらりと変えて逃げ出すものだから、やはり裏があると泰助は踏んだのだ。けれど、誰も証言してくれる人間がいないため、結局は自力で捜査するしか手はない。よって、せせこましいロッカーのなかで共に息を潜めていたのだった。
しかも、今回は体勢が違い、泰助のアゴひげが時たま僕の頬に擦れるような位置だった。体勢を変えようにも足元では僕と泰助の両脚が交差されて複雑に絡み合っており、容易には身動きがとれなかった。
最後の生徒がドアを閉めて廊下へ去っていったあと、構わず飛び出してしまったのも無理はないだろう。泰助と僕の吐息が混ざったむさくるしい空間から出ると、まるで炎天下からクーラーの利いた室内に入れ替わったときのような感覚があった。
せめて泰助も僕とロッカーに二人きりでいることに嫌悪感をいだいてくれれば、少しはやりやすいのだけれど、彼は僕と違ってむさくるしい空気も平気なようで、僕だけが一方的に嫌な態度をとるわけにもいかなかった。本当は咳き込みたかったのだが、さすがに泰助相手にでもそれは失礼だろうと、必死に咳きを呑み込んだ。
「あれ、鍵が掛かってる。誰か戻ってくるかもな」
泰助は黒板の隣にある掲示板の方を指した。僕もつられてそちらを振り向くと、掲示板に釘が打たれていて、その釘に教室の鍵が垂れ下がっていた。本来なら、最後に教室を出た人が責任をもって職員室に届けるはずの鍵である。
「よし、わかった。俺がみはりしてるから。そのうちに机調べてみて」
泰助はそう言いつつ、はきはきと歩き出し、教室のドアへと張り付いた。ベタっと窓に顔をくっつけて廊下の先から誰かが歩いてこないか監視しているのだった。
「了解」
僕は素直に従って野雲さんの机を調べることにした。手順は先日と同様で、まずは机のなかを見てみる。すると、やはり何冊かのノートが出てきた。調べてみるが、やはりすでに提出できる状態にしあげられた宿題だ。
僕はノートを直すと、いよいよ本番だとでもいうように手提げ袋を見下ろした。取っ手から取り上げ、袋を恐る恐る開けてみる。すると、なかには体操着が入っていた。
「なあ」
僕は感情のこもっていない声をあげ、無表情で泰助へ顔を向けた。すると、泰助はこちらを振り向きもせずに「なに」と小さく返事をした。
「これは捜査だよな?」
「ああ、捜査だ」
よし、と僕は心のなかでガッツポーズをした。肩を跳ねるように上下させて気分を落ち着かせると、震える手付きで野雲さんの体操着へと手を伸ばした。罪悪感に満ちた手から体操着は机上へと並べられた。
今日は午前のうちに体育の授業があったから、その使用後の体操着であろう。心なしか、どこか締めっているような感覚さえある。それが、妙に艶めかしかった。
しかし、いつまでも変態的な余韻に浸っている暇はなかった。
なぜなら、体操着が退けられた手提げ袋の底に、例のお守りが佇んでいたからである。