第六十七話 臆病
「なにがっす?」
大粒の飴玉を思わずゴクリと呑み込んでしまったかのように、産田の表情は強張っていた。反応としてはまさに竹内と同様で、やはり何か裏があるように思えた。
「今日、オマエをここに連れた理由だよ」
僕は構わずに言った。「野雲さんのことで訊きたいことがある」
かすかに、産田の腰が持ち上がる。
「な、なんすか。訊きたい事って」
やはり、おかしい。野雲さんが犯人であるのなら、竹内や産田がなぜこうも臆病な反応をとるのだろうか。もしも彼女が犯人であることを二人が知っていたとしても、それを庇う必要がどこにあるというのか。それに、どちらかというのなら、彼らは野雲さんではなく、自分を守っているようにすら、見えるのだった。
「単刀直入にいうけど、産田は野雲さんにやられたのか?」
まるで、僕がそういうことを事前に察知していたかのように、産田は「そんなわけないっしょ!」とあごの贅肉をぷるぷる振るわせた。
「誰に襲われたのか、本当に心当たりがないのか?」
弁当のおかずを品定めするように眺めていた泰助が、一瞥をくれることもなく横から訊いた。「だいたい、あんな物静かな草原で、襲われたのに犯人の顔を見ていないなんてありえるのか? 後ろから誰かが歩み寄ってきたら嫌でも気付くだろう。ましてや犯人には隠れる物陰すらないんだからな」
泰助の言うことはもっともだった。何もない平原に一匹の牛がいたとして、それを食料とするライオンが背後から近づいていたとする。草木が覆い茂る草原であったならば、藪に身を潜めながらライオンは着々と距離を詰めるだろう。しかし、もしも舞台が隠れる場所さえない平原であったなら、獲物はさすがに気付き一目散に逃げていくだろう。
泰助がいいたいのは、そういうことだった。
「いや、あの……俺は」
突然、産田はもじもじし始めたかと思うと口をつぐんでしまった。泰助の指摘に返す言葉がないのだろう。
「正直に言ってくれよ」
僕はとどめを刺すように、悟らせるような声でいった。
すると、産田は一瞬何かを言おうと口を開き、やめた。結局はためらってしまったようだった。
「なんなんだよ」
僕は急かすように産田を促してみたが、それでも駄目だった。まだ何か口を割らせる手はないかと策を練っていたが、その眼前で産田は立ち上がった。
じっと僕を見る産田の瞳には、いつもの生意気な雰囲気はなかった。臆病な小動物のようで、まるで産田ではない。
「できれば、もうこの事件には探りを入れないでくださいよ。そのほうが、みんな幸せですって。俺も、竹内も、彼女も、そして、多分先輩たちも」
大量に食べ残した弁当を抱え、逃げるように産田は屋上を去っていった。