第六十六話 揉む
翌日、僕は泰助と産田を連れたって屋上へ向かった。最近は学校の昼休みをほぼ屋上で過ごしている。毎回のように肌寒い環境だが、今日は風がなく、日が照り付けていた。遮るものがない屋上には満遍なく光がそそがれていた。
僕は金網越しに青い海を眺め、大きく息を吸い込んだ。冷たい空気が肺を撫でてキシリトールガムを口に含んで深呼吸をしたような気分になる。僕は片手に持たれた弁当袋をベンチへ置くと、後ろから歩いてくる二人へ振り返った。
泰助はいつも通り、屋上まで上がってきたことに億劫そうな表情をしていて、産田のほうは訝しげである。
竹内に聞いても何もつかめなかったので、今度は産田に事情を聞こうと思ったのだ。しかし、こうして直々に呼び出すと、やはり何かとって食われるのではないかと産田は睨みを利かせている。
僕の隣に泰助が座り、後からきた産田は泰助の隣へ腰掛けた。もともと二人掛けのベンチであると同時に、産田はすでに二人分の体躯をしているので、端に座っていた僕は押し出されるようにして弁当箱ごと緑色のテニスコートへとはじきとばされた。
「トトロがオマエは!」
思わず突っ込みをいれてしまう。そのお陰で産田は少し緊張をほどき、「ははは」と笑った。僕のように弾かれはしなかったものの、ベンチの隅へ押しやられた泰助は迷惑そうに横目で産田を見ながら弁当箱へと手をかけていた。どうやら今日はカツサンドではないらしい。
「話はあとでするから、まずは弁当を食おう」
僕はそういい、テニスコートで安座という状況を甘んじることにした。
「揉むっていう字を考えた人は変態っすよね」
僕が卵焼きを口に入れたところで、沈黙を破るのが目的であるように、産田そんなことを言った。
「なんだそれ」
一向に泰助が相手をする気配がないので、僕が代表して対応することにした。どうやら僕の「なんだそれ」という反応は産田のなかでは正しい反応であるようで彼はふんふんと鼻を鳴らした。
「いいっすか。揉むっていうのは手へんに柔らかいって書くんですよ。これって女性の胸部を触ったときの男性の心情そのものじゃないですか」
さすが産田だ。またどうしようもなく阿呆な話を振ってくる。彼はこういう変態な会話であれば丸一日を一貫しても舌の根は乾かない。昼夜の隔たりなくこういうネタを突っ込んでくるのが産田であることはクラスの全員が心得ている。この事実を知らない人がいるとすれば、それは野雲さんぐらいだろう。
「まあ、そうかもしれないけれど」
僕は呆れたように鼻息を漏らした。
「俺はこの事実に気付いたとき、冥王星あたりまで精神がぶっとんだっすよ」
驚いたときのように仰け反る産田は、「あ、それとそれと」と話を続けた。
「捲るっていう字もあるっすよね。手で巻く。絶対スカート! 絶対スカート!」
産田は興奮したように目を見開く。僕は見ていられなくなり、「あ、それとそれと」と言いながら一方的に会話を続けようとしている産田を制止した。
少し、気を入れ替え、僕は真剣な目つきを産田に呈す。
「野雲さんのことだ」
産田の表情が、誰の目にも明らかに、固まる。