第六十五話 追い風
はあ、もっと主人公の過去を描写しとけばよかった。
泰助から電話が掛かってきたのは、僕が脇野の敷地から出てすぐのことだった。
「彼女はどうやら、真っ直ぐ家へ帰るらしい」
泰助のその第一声を聞き、僕は胸の奥でどこか安堵している自分に気が付いた。緊張して硬くなっていた肩がゆるみ、呼吸がしやすくなった気がする。しかし、これは野雲さんが犯人の顔を露呈しなかったから安心しているのではなく、僕の知らないところで決着が付かなかったことに安心しているのだった。
野雲さんが犯人であって欲しくないという気持ちは変わらないが、あのお守りの中身を見せられた以上、彼女を疑わないというわけにもいかない。どうせなら、しっかり調べて彼女の身の潔白を明らかにしたかった。そのためには、僕がしっかり納得できる決着がつかないといけない。だから、僕がいないところで野雲さんが現行犯逮捕されるなんてもってのほかなのだ。
僕は、自分の目で真実を見なければ納得なんてできそうもない。
「わかった。じゃあ、今日は撤退するか」
僕が言うと、すぐさま「そうだな」と返事があった。
「その携帯は持ってていいぜ。じゃあな」
耳元でツーツーと通話終了を知らせる音が鳴る。僕は携帯を耳から離すと画面を見た。そこに表示されたカレンダーを見て、もう冬だということに気が付く。太平洋側で南に位置するこの浦井島は、冬でも比較的には暖かいし過ごしやすい。けれど、僕はこの島に冬が訪れるたびに、どこか虚しい気持ちになるのだった。べつに何か起因する思い出があるというわけではないのだけれど、どこかしんみりとするのだった。
「もう冬か」
ふと、呟いてみた。僕は独り言なんて普段は吐かないから、自分でも少し驚き、同時にその行為がどこか年寄りじみていて笑えた。
帰路を急がせるような追い風が、ひゅうっと吹いた。