第六十三話 電話
「そうか、ならいいんだ」
僕はこれ以上の詮索は無意味だと悟った。おそらく、何を言っても『野雲さんの言うとおり』ということで済まされてしまうだろう。
「もう帰るのか?」
僕が帰ろうとして立ち上がると、竹内はそういった。あまり引き止める様子はなく、どちらかというのなら、喜々とした物言いである。
「ああ、協力ありがとう」
僕が彼に背を向けてドアノブを握ったとき、竹内は不意に何かを呟いた。意識して聞かなかったから何といったのか分からず、僕は振り返ると「どうしたの」と竹内の顔を覗き見た。彼は拳を強く握り、うつむくようにしていた。
「俺は、これ以上、調査して欲しくない」
「なんで?」
問うと、竹内は声のトーンを一段階下げて応えた。
「それが、みんなにとって一番いい選択だと思うんだ。このままそっとして置いたほうが、俺は、いいと思うんだ」
僕と決して視線を合わせようとせずに、竹内は俯いたまま言った。苦い飴でも舐めているかのような顔だった。
「忠告ありがとう。でも犯人は捜すよ。次の被害者が出る前に」
あと、三人。身が危険な人間がいる。僕たちはそれを阻止しないといけない。僕ら意外
に阻止できる人はいない。
「違うんだ。何もしなければ、何も起こらないんだって」
竹内は、僕を諭すように呟いたが、僕は無視して部屋からでた。竹内はあのお守りの中身をしらない。この事件は突発的なものではなくて、故意に進められているものなのだ。おそらく、野雲さんによって。
▼
泰助から電話が掛かってきたのは、竹内の家をあとにした数分後だった。背に残照の光を受け、長い公道を歩いていた。遠い水平線に漁船が走っているのが見え、僕は何となくそれを眺めていた時だった。オレンジ色の空にカモメが何十羽も羽を広げているのを横目に、ポケットから鳴り響く携帯を取り出した。
「はい、もしもし」
僕が応答すると、すぐさま泰助の声が返ってきた。「おい、野雲さんが出てきた。今、玄関で脇野のやつとさよならしてるところ」
どうやら、脇野は無事らしい。
声を潜めて話す泰助は、どこか必死だった。僕もうかうかしていられないのだと思い、咄嗟に駆け出す。どうすればいいのか泰助が言うのを待ったが、それ以降向こうからは何も言わなかった。また、僕に指示を出せと言っているようだった。
「じゃあ、オマエは野雲さんを追いかけてくれ。僕は脇野に事情を聞いとくから!」
「了解!」
そうして、電話はプツリと切れた。
携帯をしまって走る速度をあげた。ポケットに入っている携帯が走る反動で何度も僕のふとももを叩いた。ささいな重みしかないけれど、携帯を入れているほうに自分の重心が傾いているような気さえしてくる。
僕は、久しぶりに中学生時代を思い出していた。