第六十話 携帯電話
授業中になんとなく考えてみたら、かのすかは九十八話で最終回を迎えることになるようだった。
「あと二話がんばれよ!!」という話である。
僕の考えはこうだった。
さすがに家の中までは監視できない。しかし、だからといって、襲われるかもしれない状況を看過することも僕らはできない。だから、一人はここに残って監視を続け、もう一人は別に情報を収集するのだ。情報収集といっても、僕の考えでは収集相手は竹内だけだった。
彼に白状してもらうのが、手っ取り早い。
「どっちが、見張り役?」
藪の中でじっと蹲っているのは、意外に酷なものだ。けれど、泰助は自分が見張り役でもさして嫌ではなさそうな顔をして僕を見つめた。もちろん、竹内への情報収集は僕が行いたいのだけど、おいそれと団長に指示していいものかと少し憚った。
今までは彼の探偵生命をいかに絶やそうかと策を練っていたというのに、ここにきてそんな気遣いをしている自分に気が付いた。それで、なんとなく可笑しな気持ちになる。
「いいぜ、俺が監視しててやるから、どこにでも行ってこい」
泰助は、僕の胸中を読み取ったのか、潔く背を返して茂みへ向かった。僕は普段と違う泰助の反応に不安を抱き、何が原因でそんなに僕を持ち上げるのか問いただそうとした。しかし、なんとなく言葉に詰まってしまう。
「あ、そうだ」
茂みに片足を突っ込んだ状態で何かを思い出したように泰助が天を仰ぎ、やがて僕のほうへ向き直った。「えーと」と呟きながらポケットを探っている。
「お、あった――ほれっ」
ポケットから探り出したものを泰助は僕に向かって投げた。それは宙に放物線を描きながら、くるくると回り、僕の手中へと着地した。僕は大きさにしては重量のあるそれを、ゆっくりと手を広げて確認した。
「なんでケータイ?」
つやのある黒い携帯電話を泰助は寄越したのだった。
さすがに裏井島にも電波は届くのだけれど、あまりメールや電話でやりとりをするほど距離が離れている友達がいないのだ。クラスメイトのなかにはわざわざ本土へ行って携帯を買う人もちらほらいるようだけれど、どっちにしても使う機会は滅多にないようだった。
それよりも、なぜ泰助が携帯電話を二つも持っていて、そのうえ僕に渡したかのほうが謎だった。僕はわざとらしく首をかしげてみせると、泰助の応答を待った。
「なにか動きがあったら連絡するから。それ持っといて」
「いや、何で携帯を持ってるんだ?」
僕が納得できずに眉をひそめると、泰助は「まあ、いいからいいから」と手を振った。僕は手元の携帯を見下ろし、黒いフレームに映った自分の顔を眺めた。
「じゃ、そういうことで」
声につられて携帯から茂みのほうへ視線を戻すと、ちょうど泰助が暗がりに入り込んでいくところだった。僕は彼が完全に視界から消えると、ゆっくりと携帯を開いた。黒い枠に縁取られた画面に海の写真とカレンダーが映っている。両親の携帯電話なら触らせてもらったことがあるが、まるで初めて携帯に触ったかのような感覚が指先から伝わってきた。
慣れない操作に戸惑いながらも電話帳を開くと、タ行に一件だけ名前があり、見てみるとそれは「団長」というものだった。名前の最後に星マークまでつけていて、いかにも高尚探偵団を表現し損ねている出来だった。
僕は携帯をポケットへしまい、もう一度茂みのほうを見ると、やがて真っ直ぐ伸びた公道のうえを走り出した。