第五十九話 選択
なぜ、野雲さんと脇野が一緒に歩いているのか。探偵団のしがない団員である僕には推測がつかなかった。野雲さんは制服姿で学生カバンを片手にぶら下げている。脇野も白地のTシャツにパーカーを羽織り、履きなれたジーパンに身を包んでいた。どちらも学校で今日見た服装のままだ。おそらく、学校が終わってから二人で一緒に居るのだ。
小動物のように茂みへ息を潜め、枝葉の隙間から二人が通り過ぎるのをじっと待った。声が次第に近づいてきて、ついに目の前を二人が歩いていった。
「もしかして、この家?」
「はは、そうだよ。これだけ大きいとよく羨ましがられるけど、正直母親と二人で生活するには大きすぎるんだよね、本当に困っちゃうほどにさ」
そんな会話の断片を耳にしながら、僕と泰助は目を見合わせた。
被害者候補の脇野と、犯人候補の野雲さんが共に居る。もしも僕たちが見ている状況が、犯行前の情景であるのなら、それは危機であると同時に好機だった。まさか僕たちが傍観しているとは野雲さんも思うまい。僕たちが見ている最中に野雲さんが犯行に及べば、決定的な証拠となる。
こうなったら、僕だって逃げるわけにはいかない。徹底的に調べて真実を知りたい。彼女が何者なのか、何のために島へ来たのか、犯行の理由は何なのか。彼女が犯人だと決め付けたわけではないけれど、ここまで来たら真相を暴かずにはいられない。
じっと蹲っていると、小学生の文化祭で保護者を対象にしたクラス企画のお化け屋敷を思い出した。僕は照明の消された教室で並べられた机の下に蹲り、通路を通ったクラスメイトのお母さんやお父さんの脚に触れ、ひやっとさせる係りをしていたのだ。けれど、僕は怖がらせる役であるはずなのに、自分が怖がっていた。僕は一度も誰かを驚かせることはなかった。一度も、机から手を伸ばさなかったのだ。
「おい、あいつら家に入っていったぞ」
泰助の声にハッとすると、僕は顔を上げた。茂みの向こうに二人の気配はない。僕らは音を出さないようにそっと立ち上がった。慎重に茂みから躍り出ると、斜めに射した陽光で僕らの影が公道に長く伸びた。空は水平線に近づくにつれてオレンジ色が掛かり始めていた。
「どうする」
泰助はまるで、全ての選択権を僕へゆだねたような言い方をした。いつもは泰助が団長面をしているから、僕から指示を出したことなんてないのだ。ただ、「どうすればいい?」なんて聞き返すような雰囲気でもなかった。
「今から別行動する」
選択を間違えればすぐさま泰助から訂正されるだろうと考えたものの、僕の考えが正しいのか間違っているのかも言わないまま、泰助は素直にコクリとうなずいた。