第五十七話 豪邸
「おい、もう少しそっちに寄れよ」
僕は眉を潜め、隣で大きなあくびをする泰助の肩を押した。蹲踞の格好だった泰助はバランスを崩して片手を枝草の散らばった地面へとつけた。
わけあって、脇野の自宅前である。
例の紙に描かれた人物たちが被害者候補だったとしたら、襲われる危機のある人物は三人。リンゴを持った人間、タバコに眼鏡の人間、そして脇野である。他二人が誰なのか分からないことが難点だが、とりあえず今分かっている脇野だけでも、早いうちに手を打っておこうという話になったのである。
よって、学校から飛び出した僕たちは、脇野に事情を話しに行こうと彼の自宅まで来たのだ。君の身が危ないと正直に言い聞かせて、用心させようという対策だった。
けれど、インターホンを鳴らすと母親が出てきて脇野はまだ帰ってきていないと知らされた。どこかで道草食っているんだろうと踏んだ僕らは、こうして脇野家の豪邸の隣にある小さな茂みに身を潜めているのだった。
茂みからは、道路と堤防を挟んで海が見える。海は堤防に遮られているので、眺めがいいとは言えないが、それでも宝石を並べたように堤防の先がキラキラ光っているのであった。
潮騒が僕の心を浮き足立たせているようだった。それは、少なからず『脇野がすでに襲われている』可能性があったからだ。僕たちは放課後しばらく野雲さんの私物を物色していた。だからそれなりの時間を要しているし、その間に脇野は帰宅しているはずだ。それなのに、未だに帰ってきていないというのは、やはり単に寄り道しているか、襲われているかだ。
しかし、そんな焦りを見せている僕の横で、泰助は大きなあくびをするのだった。目を細めて暢気に口を開ける仕草がどこかカバみたいで憎たらしい。次にあくびをしたらその口に葉っぱを詰め込んでやろうかと考えたぐらいだ。
「でも、あとの二人は誰なんだろう」
僕は、何の気なしに泰助へ訪ねてみた。なんとなく、彼なら知っているような気がしたのだ。
「さあ、タバコで眼鏡を掛けている人間なら人数が搾れそうだけど、リンゴはもはや意味不明だからな――リンゴが好きっていう意味なら清水じゃないか? あいつ、リンゴ好きだぜ?」
清水はクラス委員長を務めるクラスの優等生だ。うちは男子よりも女子のほうが比較的に成績がいいが、清水というクラス一番のおかげで男子の平均点はようやく女子と良い勝負になるのだった。
「へえ、清水リンゴ好きなんだ」
僕は意外な事実に驚いた。清水は自分で自分のことを話そうとしないから、彼のプロフィールは誰もあまり知らないのだ。
「ああ、えっと。盛岡だったっけな? 岩本だったような気もする。……いや、やっぱ清水だな――でも岸部だったかもしれない」
ダメだこりゃ。