第五十三話 ノート
日直が戸締りをしたあとのため、教室のドアや窓は全て鍵が掛けられている。調査をし終えたら、僕らは鍵を開けて廊下に出て、職員室に行き鍵を拝借し、さらに鍵を閉めなおさなくてはならない。面倒なことだが、誰にも見付からずに野雲さんの私物を見るには放課後しかなかった。
「よし、誰もいないな。それじゃあ調査するか」
泰助は透明のフラフープを回しているかのように、腰をくねくねさせながら揃えられた生徒机の合間を抜けていく。なんとなく宇宙人が歩行しているみたいで、その宇宙人はこれから美少女の私物を漁りにいくのだ。
こいつの仲間だと思われたくないなと心から思った。
「うへへ」
「その変な笑い方はやめろ。まるで僕までもが変態みたいじゃないか」
すでに野雲さんの席の前にたどり着いている奴を駆け足気味に追いかける。野雲さんの机を見つけるのは容易いことだ。彼女は机の横のフックに恋愛映画のビジュアルが描かれた手提げ袋を掛けてある。映画館なんて行ったことのない僕でも話の流れぐらいは知っている有名な映画だった。
「お、ノートが四冊か」
机の中にあったのであろう野雲さんの私物を机上に並べた泰助の脇に立ち、一緒になってそれを見下ろした。A4サイズの赤と青のキャンパスノートがそれぞれ二冊ずつあり、それらはまるで新品のように艶やかであった。
泰助はおもむろに青いノートの一冊へ手をかける。折り目のついていない表紙をめくると、そこには一画一画を定規で書いたような、かくかくとした文字が罫線に沿って所狭しと書かれていた。どうやらそれは国語のノートのようであった。
「あれ? 国語って宿題あったよな? 漢字の書き取りのやつ」
「ああ、別のノートに書いてくるんだろ」
そう言って、ノートの端にラクガキでもないかと探すように泰助はページをパラパラとめくる。僕はそのうちにもう二冊目の青いノートを手にした。胸元でさっそくページをめくってみる。
「お、これは英語だ――って、英語も宿題あったよな」
未だに国語のノートに執着する泰助に声を掛けてみる。すると、泰助は「彼女、なかなか周到だね」と独り言のような返事をした。
「何が?」
「彼女、もう宿題全部終わらせてるんだ」
泰助は、そう言って赤いノートの二冊も続けてめくってみせた。中身は数学と理科である。数学は今週末に提出する宿題があり、理科は来週一発目の授業でノート提出があった。
四つのノートを順に見る僕に、泰助は言った。
「ノートの一番新しいページを見てみ。もう宿題を終わらせているんだよ」
言われてから、僕は手に持った英語のノートの記された中で最新のページへめくり飛ばした。すると、そこには確かに宿題として出された問題が和訳文とともに書かれていた。
「それで、当日に忘れないように置いて帰ってるってことか。さすがだ」
やはり彼女は敬服に値する。「というより、結局は何もでてこなかったって事だよな」
「つーか、犯人が犯人の証拠を裏付ける重要な私物を置いて帰るわけないしね」
「……オマエなあ」
提案者はいつの間にか被害面していた。何が彼女の裏面を位置付ける私物を探せばそれだけで可能性は高まるだよ。全然ダメじゃないか。
やっぱり泰助は泰助のままか。彼自身言っていたしな、用意が良いんじゃなくて、運が良いだけだと。一時期は探偵らしいとも考えたが、それは見当違いということにしとこう。