第五十一話 尾行
「なあ、オマエはやっぱり野雲さんが犯人だと思ってるのか?」
飢えた虎みたいな形相でカツサンドへとかぶりつく泰助へ訪ねてみる。今までの立ち振る舞いからして、こいつはまったく探偵らしくはないのだが、推理力やら観察力は確かに優れている。僕が野雲さんを犯人じゃないと思うのと反対に泰助が野雲さんを犯人だと決めつけるなら、その理由を聞いてみたかった。
「まあ、一応ね」
もぐもぐと口を動かしながら、その合間に泰助は答える。どこかへ平然すぎて確信はやはり持っていないようだった。
「理由を聞かせてくれよ」
「この前も言っただろ? 可能性として考えたらの話でしかないんだ」
「でも、僕は野雲さんと二人きりになっても、何もされなかった」
昨日、野雲さんの家へ上がりこみ、しかと肉じゃがを堪能させてもらった。もしも、野雲さんが無差別に犯行に及んでいるのだとすれば、あれほど手に取りやすい標的はいないだろう。なのに、僕は無害で産田が有害になるなんていうのは、少々うなずき難い。
「へえ、君は野雲さんと仲良くなったの」
見え透いたような、僕の思考なんて全知しているといった余裕の表情で、泰助はのんきに言う。「だから野雲さんの肩を持つわけだ」
「そうじゃないって、僕は純粋に野雲さんが犯人じゃないような気がしているだけだよ」
「じゃ、今日にでも調べてみる? 野雲さんが犯人かどうか」
さも当然のように泰助は提案する。
「どうやってだよ」
「尾行さ」
泰助はカツサンドを持ったまま両手を広げて尊大にいった。ウミガメぐらいしか尾行したことないから尾行技術は皆無だという事実には、素直に目を瞑れというのか。
「久しぶりに泰助らしい阿呆さが滲みでた回答だな」
「阿呆かどうかは、やってみなきゃ分かんないさ」
いつもならおどけて笑うくせに、今日は妙に張り合ってくる。それに、提案を冗談だと思い軽く受け流そうとしていた僕に、しっかり回答を要求してきた。
「で、どうなのさ」
「どうなのって……」
「いいだろ? 俺だって、そろそろ推理しいてるだけじゃ詰まらないんだ」
僕は、少し考えた。
犯人だと疑った時点で友達として忍びないし、そのうえで尾行をするなんてヘタしたら絶交かもしれない。もしかすると僕と野雲さんの仲が良くなっていることに嫉妬した泰助が、まさしく絶交を狙ってそんなことを言っているのかとも思ったが、さすがにそれはないので考えを押しつぶす。まあ、そもそも部屋を覗くという事実上での犯罪を行った僕としては、今さら良い面を被っている気にもなれない。どうせなら、いっそのこと尾行して、野雲さんの無実を証明してあげたほうが彼女のためなんじゃないかと思う。
「わかった。じゃあ、今日にでも尾行しよう」
「おお、そうこなくちゃ!」
そう言って、泰助は大きくカツサンドをかじった。